【β版】千葉篤胤の転生記_07
篤胤(アツタネ)は思う。昨日は上総からの帰路でどこで記憶が落ちてしまったかはわからない。毎度毎度の強制睡魔自体には慣れた。きっと今度の目覚めも誰かの中なんだろうけど、それは起きてみないとわからない。そしてその誰かと一緒に意識があるのか、完全に自分しか意識下にいないのかも起きてみないとわからない。そして今回の目覚めで見える光景は… 馬上は馬上でも原っぱでもなけば館の中でもない。壮大な建物に挟まれ広い道に人も馬も、いや馬より牛が多い。やけに朱色がかった建物が多い。下総っぽくないとしたら…京ですかね。
「はじめまして。僕の中へようこそ。これは初な経験ですね。興味深いよ」
またまた篤胤の中に語り掛けがくる。いつもの通りどなた様でしょうかと問いかけてみると「胤頼(タネヨリ)です。便りによると六番目と兄弟順を答えることってなってますね」とのこと。胤頼って京にいる人で同い年っていう事以外の前情報ないんですが。聞くしかないので胤頼に聞くことにした。上総広常に胤盛(タネモリ)と会いに行ったのは篤胤にとっては昨日の事だが、それはもう1か月以上も前のことらしい。場所はやっぱり京だった。胤頼は幼少の頃より京で暮らし、位も持っていて、従五位下という端くれではあるが貴族の一員クラスらしい。これは元が公家の一族か西国平氏でない人で克この若さでは異例中の異例。本人曰く「そんな序列なんて誰かが勝手に決めたこと」と飄々としているし、この位があるとなにをするにも何かと便利のようだ。一方、胤頼から篤胤に聞いてくる事は師常(モロツネ)や胤盛とどんな話をしていたとか兄弟の反応の事ばかりだった。あまり篤胤自身の事への問いはない。そこらへんは下総からの手紙で本人なりにキャッチアップしているから特に聞かなくても理解十分らしい。
「そうだね。今日はこれから源頼政様へ会いにいくんだ。彼はこの平氏の世で数少ない朝廷内にいる源氏だよ。もうおじいちゃんでもうすぐ出家して家督を譲る事にしたらしい。そのご挨拶に行くんだ」
源氏は朝廷から撲滅したかと思いきや実はいたことに篤胤は驚いた。どうもこの源頼政は源氏がフルボッコになった平治の乱でぎりぎりに平清盛側に切り替え生き永らえたとか。それから20年切々と朝廷に尽くし、和歌でもそこそこ有名な御仁で70半ばの今、ようやく引退を決意したようだ。胤頼としては頼政から源氏の動向をキャッチたいようだ。
「でもなぜ頼朝様なんだろうね。頼朝様なんて伊豆で幽閉されてんだよ。兵もいないし。源氏で何かあるとすれば甲斐にいる源信義様だよ。そこそこ人望もあるし。聞いたところにいると木曽にいる源義仲様も恐ろしいくらい強いらしいよ。その中でかっての源氏の棟梁である義朝様の息子とはいえ、頼朝様だけじゃどうにもならないね。下総のみんなはやる気満々らしいけど、ちょっと考えてほしいよね。篤胤、本当に頼朝様で合ってる?」
胤頼からそういわれても篤胤としては義仲は聞いた事あるけど信義は全く知らないし、結構源氏って方々にいるんだなとそれすら初耳だった。続けて胤頼が篤胤に語る。
「まあ、いまこのまま源氏の誰かがなにをしてもちょっとした争いがおこるだけですぐ鎮圧されちゃうね。とはいえ何か起こるときは一気に蠢くんだろうけど。世を謳歌している平清盛様だって帝達の争いを渡りに渡って今があるんだから」
篤胤は今まで遭った下総の面々と胤頼はなにか考えるところが違うなと感じた。とっつきやすそうでとっつきにくい。なんか同い年っぽくないし。頼政宅につき、居間へ通されてしばらくしたら頼政が現れた。たしかにおじいちゃんだがヨボヨボ感はなく70半ばとは思えない様相だった。胤頼から一通りの儀礼の言葉や祝い物を渡したりしたのち、少し雑談めいた話を交わしていたが、特に各地の源氏の動きにつながる話なんてなにも出ず、すんなり暇して頼政宅を後にした。帰り道に胤頼が篤胤に語りかけた。
「頼政様、なんも話してくれなかったね。でも出家して自由に動きたかったのかもしれないね。篤胤、せっかく京に来たんだ。うーん。来たっていうのも変だけど。僕の中にいるうちにもう一人会っておこうよ。末っ子なんだけど日胤(ニチイン)っていうんだ。八幡宮にいるよ。君のこの立ち代わり憑りきって賽の目みたいでいつ日胤と巡り会えるかわからないし、僕も久しぶりだから会いに行こうよ。そうだそうしよう」
胤頼(と篤胤)は日胤の元へと向かうことになった。
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