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【怨みはないけどウラメシヤ #05】枯れないオトメゴコロ【お題:カメラ】

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床に散らばった引き出しの中身は、主に筆記具のようだった。中には万年筆もあり、落下の衝撃でインクが出てしまっていないか心配にもなったが、どうやらすっかりインクも乾いてしまっているようだ。
その他には竹でできた物差しや、いくつかの鉛筆と消しゴム、メモ紙のようなものもあった。それらを拾ったりかき分けたりしたいところだが、引き出しを引いた時のようにはまだ思うようにものに触ることはできず、近くから覗き込んだりするくらいのことしかできなかった。
それでもぱっと見でばあさんの探していたようなものは見当たらず、俺は残り5つの引き出しを睨みつけた。

こいつは思っていた以上に重労働になるぞ。

俺は覚悟を決めて、他の引き出しもやっつけることにした。先ほど開けたところの一つ下の引き出しに狙いを定め、また先ほどと同じように自分の体を強く意識して取っ手に手をかけた。
今度は上の引き出しもないおかげかスムーズに開いて、引き出しを落とさずに済んだ。

2段目のその引き出しの中には白紙の便箋と封筒のセットのようなものが詰まっていた。一番上のセットがぐちゃぐちゃになっているのをみると、先ほど上の引き出しに引っかかっていたのはどうやらこいつだったらしい。
この段に入っているのはどれも小綺麗な便箋のセットで、先ほどの万年筆といい、ここの親父は随分とまめな人物だったことがわかる。
そして残念ながらこの段にはそれ以上のものは入っていないようなので、次の引き出しを調べることにする。

俺は先ほどと逆に引き出しを閉めようとしたが、引くのと比べると圧倒的に重たく、どう押してもうまく仕舞うことができなかった。このままでは一番下の引き出しを開けることができない。どうしたものか。

俺は一旦こちら側の引き出しを諦め、反対である机の右側の引き出しを開けることにした。
反省を生かし、一番下の引き出しから開けていく。

一番下の引き出しは上の二つと比べると三段分くらいの深さがあり、さらに重たかった。俺はあるはずもない全体重をかけて少しずつ引き出しを引いていった。

そしてようやく八割ほど開いたところで、中に入っているものを認識した。

そこには古いフィルムカメラがあった。詳しいことはわからないが、随分と立派なものに見える。それ以外にはおそらくそのカメラの周辺機器と思わしき物がいくつかあったが、ばあさんの探し物らしきものはなかったので、また次の引き出しに手をかけた。

次の引き出しには先ほどのカメラで撮ったであろう写真がたくさん出てきた。アルバムに入りきらなかったものなのか、もともとアルバムに綴じていなかったのかはわからないが、そこそこの量が入っている。
上の方にあるいくつかの写真には、若い頃のばあさんらしき人物の映ったものもあった。白黒で時代を感じる写真であるが、ばあさんは十分面影があった。

もしや、これらの思い出がおやじがばあさんに残したものだなんていうオチなのかと思いつつ。残りの一つの引き出しを開けることにした。

右側一番上の引き出しに手をかけたとき、これまでとは意味の違う重さを感じた。最初の引き出しの引っ掛かりとは違い、最初から開く気配がない。
引き出しをよくみてみると、鍵穴があることに気がついた。どうやらこの引き出しには鍵がかかっていて開かないらしい。

さすがに、今の俺にこの鍵を開けるのは無茶か。

少し途方に暮れた感覚もあったが、自分には疲れるなどといった概念がないのだということにもすぐに気がついた。どんなに力一杯引き出しを引っ張っても、どこも痛くないしどこかが筋肉痛になる心配もない。
ともすれば、とりあえずやれるだけ時間をかけてやってみるしかないだろう。

自分が見ず知らずのばあさんの頼み事にここまで一生懸命になっていることに気がつくと、何をしているんだろうとも思ったが、そもそも今の自分の存在そのものがイレギュラーな状態だと思えば、こうしてやることがあるというがいかにありがたいことかと身に沁みた。

俺はとりあえず先ほど中途半端になってしまっていた左側二段目の引き出しを、一段目と同じように引き出し切って床に落としてしまうことにした。ばあさんには悪いが、今の自分の器用さではこれが最善手である。

ごとんっ

鈍い音を立てて引き出しが床に落ちた。幸い中身はさほど散らばらなかったが、肝心の三段目の引き出しの前が一段目と二段目の引き出しの残骸で埋まっていて、このままではまだ三段目を空けることはできなさそうだ。

俺はほとんど体当たりのような状態でそれら二つの引き出しをやっとの思い出避けると、ようやく本丸に手をかけた。

左側一番下の重たい引き出しをゆっくりと開けると、そこにはいくつかのお菓子の缶のような物が詰まっていた。手前の一つは蓋が開いていたので覗いてみると、そこには誰かから受けとったであろう手紙が入っていた。

封筒を開けることは叶わないが、どうやらこの左側の引き出したちは、それなりの人数とのたくさんの手紙のやり取りのために使われていたということがわかる。

俺は手紙など書いたことがないが、これがどれほどマメなことなのかは想像するに容易かった。

俺はまた「手紙など書いたことがない」という自分の記憶を見つけたことにハッとした。少しずつだが確実に、自分の過去を知っていることに安心を覚える。

俺は再び部屋の中を見渡してみた。

床には俺が散らかした引き出しの中身が散らばり、机の引き出しもそのほとんどが開けっぱなしの状態で、最初部屋に入った時と比べると随分と荒らしてしまったものだと反省をした。

しかしすぐに、でもこれはばあさんがこんな無理難題をふっかけてきたのが悪いと頭を切り替え、最後の右上の引き出しの鍵を探すことに頭を切り替えた。

他の引き出しの中にそれらしいものは見当たらなかったが、いかんせん細かいものを全て見ているわけではないので、まだ可能性はある。可能性はあるが調べきれないもどかしさを感じつつ、他の場所に鍵がないかと見渡してみる。

またあの鏡が目に入ったが、やはり自分の姿は映っていない。改めて自分は幽霊であるということを実感する。いっそのことここに自分の姿が映ってくれさえすれば自分のことを思い出せそうなものだが、どうにもそううまくはいかないらしい。

俺は本棚の方も探してみたが、鍵は見当たらない。

流石にお手上げ状態だなと思っていると、階段を上がる足音が聞こえてきた。ばあさんが上がってきたのだろうか。
足音は着実に二階へと辿り着き、俺のいる部屋の前までやってきた。そして、俺が聞くことのなかったドアノブが回る音と、ぎぃぃという音と共にばあさんが部屋に入ってきた。

先ほど外で会った時と同じ格好をしている。二階の寒さ対策はばっちりなようだ。

「あれまぁ、随分と派手に散らかしてくれたねぇ」

俺は詫びをいれて、ついでにばあさんのせいだぞと言おうと思ったが思いとどまった。

「それにしても、あんたがこれやったんかい。はぁぁ。あれだね、ポスターガイドとかいうやつみたいさね」

俺はばあさんの間違いを指摘することもせずに状況を説明した。

「その机の中が怪しんのだが、鍵がないんだ」

「おぉそうだった、それを思い出してね。ほれ、これだろう」

そういうばあさんの手の中には、小さな真鍮の鍵があった。なんだ、ばあさんが持ってたのか。結局最初からばあさんが自分で探しに来ればよかったんじゃないか。

ばあさんはそそくさと机の鍵を開けて、引き出しを引いた。

中には、これまたお菓子の缶が一つ入っていた。

そしてその缶の下に、一つ便箋が敷かれていた。ばあさんは缶を机の上にだすと蓋を開け、中身をみた。中には写真や手紙が入っていたが、どうやら誰か一人とのやり取りや写真らしい。

ちらっと覗き込むと、そこには若い頃の親父らしき人物とその隣に同じくらいの年頃の女性が写っていた。しかしそれは先ほどみた若い頃のばあさんとは別人のようだった。

俺は慌てて離れてばあさんの様子を見てみた。
特別嬉しいでも悲しいでもなく、ただ真剣な面持ちでばあさんは手紙や写真をパラパラと見ていた。
ばあさんは俺がそんなばあさんの横顔を見ていることに気がついて、話始めた。

「あぁ、これかい?これはね、あの人の許嫁だった人だよ。あの人は高校に上がる時に許嫁をおいて田舎からこっちに出てきてね、卒業して仕事に就いたら結婚してこっちに呼び寄せるはずだったんだ」

手紙や写真をめくりながら、ばあさんは淡々と続ける。

「でもね、相手の方が病気でね。一緒になる前に亡くなってしまったのよ」

ばあさんが初めて少し寂しそうな顔をした。
その手元には、学生服のおやじと、相手の女性が並んで写っている写真があった。

「わたしがあの人に出会ったのは、そのあとさ。その話は初めに聞いていたから知っていたけども、私としては知りたくなかったことかもしれないね」

ばあさんはそう言いながら缶の中に手紙や写真を仕舞った。
そして、引き出しに残されていた缶の下に敷かれていた一通の便箋を手に取った。

便箋の面には、なにかふにゃふにゃとした文字が書いてある。

「これは、あたし宛だね」

どうやらそれはばあさんへの宛名だったようだ。
ばあさんは封のされていない便箋の中身を取り出した。

「これが、あの人が残したものなのかね」

そうボソリとつぶやきつつ、ばあさんはじっとその手紙を読んでいた。
ばあさんの表情はやはり嬉しいでも悲しいでもなく、ただ真剣な表情である。
俺は中身を知りたい気持ちもありつつ、それは野暮だと自分に言い聞かせ、ふわふわとしながら部屋の中を手持ち無沙汰に眺めていた。

「まったく、男ってのはどうしてこうも馬鹿なんだろうね」

手紙を読み終えたばあさんは、愚痴っぽく言った。

「俺の恥ずかしい青春が入ってるから、誰にも見られないように捨ててくれとさ。こんな恥ずかしいこと頼めるのはお前しかいないって。まったく、乙女心ってものをちっともわかっちゃいないね」

そういうとばあさんは手紙と缶をさっさとしまって、床に散らばった引き出しや筆記具を見ながらこちらを見た。

「あんた、これ片付けられる?あたしもう足が冷たくてたまらんくてね。一旦下に戻るよ」

ばあさんはそういい残してさっさと部屋を出て階段を降りていってしまった。
俺はてっきりもっと感動的な結末をイメージしていたものだから、呆気に取られてしばらくぼぅっとしてしまった。

寒さを感じたところで我に帰り、床に散らばった残骸を改めて確認した。

たぶん、片付けるのは無理だろう。

俺は部屋を後にして、ばあさんに謝ることにした。

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