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25.千切れたページ(お題:ザリガニ)

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数ヶ月ぶりの達弘とのランチで山中はテンションが上がっているようだった。すっかり体調も戻って職場に復帰して、いつもの様子に戻っている。

相変わらずサラダから律儀に食べながら、山中は話を続けていた。x

「でな、結局あんまり記憶がないんだよ。気味が悪いけど、まぁなんだ、とりあえず元気になったからいいだろう」

「奥さんだいぶ心配してただろ。ちゃんと休ませてやれよ?」

うんうんと頷きながら、山中はサラダを頬張る。

「で、どうなんだ。例の事件は何か進展があったのか?」

「うーん、相変わらずだな。何もないよ。そろそろ潮時だ」

「まぁ、そうなるよな」

達弘は山中からもらったあの白い本が、自分の同級生が書いたもので、事件にもかなり関わっていそうだということを話さなかった。本当なら山中にももっと聞きたいことがあったが、これ以上この件に関わらせるのは、彼の奥さんにも申し訳が立たないからだ。
この事件はもう山中には関係のない話だと、達弘は自分に言い聞かせる。

「愛ちゃんは元気か?お前がいない間寂しがってたろ」

ようやくメインのカレーにスプーンを刺した山中の手が止まって、こちらを軽く睨みつけてくる。

「寂しがってくれたならよかったけどな、全然なんにもなかった感じなんだよ。よく考えたら、仕事で忙しい時も平気でこれくらい家に帰れないこともあるからな、いつも通りだったみたいだよ。でもそのおかげで、さっさと仕事復帰しないとって思えたけどな」

「まぁ、変わりないなら良いな」

山中との他愛もない会話がかつての自分を取り戻させてくれるような気がして、達弘は少し安堵していた。ここのところ何かと精神を揺さぶられてばかりだった。

「そういえば、お前、ザリガニって飼ったことあるか?」

唐突な話題に戸惑いながらも、小学校の時に学校でザリガニを飼育したことを思い出した。アメリカザリガニが1人1匹配られて育てた覚えがある。

「娘がよ、幼稚園の遠足で採ってきたのよ。こんな寒くなってから水辺で遊ばせるのもどうかとおもったけど、なんか懐かしくてな。小学生の時飼わなかったか?」

「あったな。みんなすぐ死なせちゃってたけど、俺のやつはかなり長生きしたんだよな。大した世話をした覚えもないから不思議だったけど、何年か生きてたぞ」

「あったよなぁ。大人になって改めて飼うとさ、アクアリウムみたいなのちゃんと作りたくなって、昨日3人で買いに行ってきたよ」

すっかりと元の日常に戻っている山中にホッとしつつ、そちら側には簡単に帰れそうにない自分にも気が付く。

山中と会話をしつつも、窓の外に「白いマフラーの女」を探す自分がいる。10月も末になり、だんだんとマフラーをする人が増え始めているから、もはや探す云々の話ではないはずだが、先日風間の家でみた「白いマフラーの女の挿絵」を見てから、頭の中でどんどんとその存在が具体的になっていく。

「そうだ」

山中が次の話題を切り出した。

「俺の捜索願いを出した時に、会社に若い綺麗な刑事さんが来たって聞いたぞ。中條さんの新しい部下か?俺まだ会ってないんだよ。お前なんか親しげだったらしいじゃんか。今度紹介しろ」

高校生がそのまま大人になったような山中のノリが時々うざったくもあるが、これもまたかつての日常を思い出させてくれるからありがたい。

「別に親しいわけじゃないけどな。例の事件で情報共有しただけだ」

達弘は「例の事件」というワードを出してしまったことを後悔したが、それを悟られないようにあえてそのまま知らぬふりで続けた。

「中條さんもだいぶ元気になってきたらしいな。今度俺も一緒に顔見にいくよ。そん時にその子がいたら、な」

何やら満足げに最後の一口のカレーをかき込んで、山中の食事が終わった。

「でもよぉ、改めて思うけど、あの事件ってなんだったんだろうなぁ」

山中の方から例の事件について話題が出てきてしまった。達弘はやや動揺しつつも、あまり会話を広げないように、かつそっけなくなり過ぎないように注意しながら会話を続けるしかなかった。

「なんだったんだろうな」

「そういえば俺が入院していた病院にさ、『寺島ゆきこ』って名前の看護師さんがいて、めちゃくちゃびっくりしたんだよな。でも写真と顔が全然違うし、それとなく話してみたけどやっぱり別人だったんだわ。不思議なこともあるよなぁ」

山中のその話は初耳だった。あの病院に寺島ゆきこと同姓同名の人物がいたなんて、本当にただの偶然なのだろうか?
この事件に関わっていると、いろんな物事が繋がっているようで、何一つ繋がっていないような感覚になって、ひどく混乱してくる。周りのものが全部あの事件につながっているような気がするのにも関わらず、一向に真実めいたものは見えてこない。そもそも自分が一体何を知りたいのかすらわからなくなってくる。

「でもなぁ、なんかどこかで見たことある顔だった気がするんだよなぁ。どこで見たんだろうな」

「さぁな。看護師さんなら、どこか他の病院で見たことあるかもしれないし、わからんよ」

そうだな、と言いながら特に合図したわけでもなく2人とも会計するために立ち上がって帰り支度を始めていた。なんとなく、食べ終わってひと段落した気配というのは共有できるものである。

コートのポケットから財布を取り出した山中が何かに気がついた様子を見せた。

「どうした?」

「いや、なんかポケットに入ってた。レシートかな」

山中はポケットから出したその白い紙切れを広げた。ハガキくらいのサイズの紙で、何か書かれている。

達弘はその書かれているものを見てゾッとした。

「なんだこれ、女の絵か?」

山中が見ていたのは、紛れもなく先日辰弘が風間の家で見たそれだった。

白い表紙の本に書かれていた、白いマフラーの女の絵だ。

「おい、これって白いマフラーの…」

山中が言い終わるより先に達弘はその紙を奪い取った。

なにするんだと山中が言うよりも早く達弘が先に言う。

「お前からもらった本、1ページ抜けてたんだよ。ああよかった、これがその1ページだ。ありがとうな」

達弘は自分でも酷いセリフだと分かっていながらも、とにかくこれ以上この件に山中を関わらせたくない一心だった。

山中もそれを感じてくれたのか、それ以上特に突っ込んでくることもなく、そのまま会計を済ませて仕事に戻っていった。

「あんまり無理すんなよ」

山中は自分のことを棚に上げてそう言い残して次の現場へ向かった。

残された達弘はまだ落ち着かない気持ちのままで、山中から奪い取った紙切れをポケットから出して広げた。

白いマフラーの女。

淡く、美しい絵だ。

この事件の発端となった、死亡した2人の最後のメッセージ履歴に残っていた「白いマフラーの女」というキーワードと、そのやりとり相手である寺島ゆきこ。

2人の死は特に事件性はなく、寺島ゆきこに関しては調査されていないが、名前だけで実態がつかめない。かつての職場にも現在の寺島ゆきこの足取りを知る者はいなかった。

山中が入院先の病院にいたという寺島ゆきこは、この人物とは関係がないようだが、念の為一度会いにいっても良いかもしれない。

そして、この白いマフラーの女が描かれた本を作った人物、達弘の中学の同級生である星野葵にも会わなければならない。この絵が一体なんなのか、今回の事件に関わる人がなぜこの本に出会うのか。それともこの本に出会ったからこの件に巻き込まれていくのか。それともただの偶然なのか。

そもそも、全ての事象は元から全くつながっておらず、全てがただの偶然だったということもありうるかもしれない。と言うよりも、むしろそうであってほしいとも思う。全てがただの自分の妄想なのだとしたら、自分が全てを諦めればそれで終わる話だからだ。それが1番楽な話である。

ふと、手の中の白いマフラーの女の絵に違和感を感じた。

先日風間の家で見たものと、何かが違う気がする。

絵の中の白いマフラーの女と目線が合った時に、その違和感の正体に気がついた。

確か風間の家で見たこの絵の女には、顔が描かれていなかったはずだ。しかし山中から奪い取ったこの絵とは目が合う、つまり顔が描かれているのだ。

星野が自費出版で100冊作ったと言っていたが、もしかしたら1冊ずつ違う細工をしていたのかもしれない。だからこのページが抜けやすくなっていたとしたら、山中のポケットに1ページだけ取り残されていたのにも納得がいく。

しかしなぜ、この絵にそんな細工をする必要があるのだろう。
早急に、星野葵に会わなければならない。

達弘は再び風間に連絡をすることにした。

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