忘れ得ぬヒーロー
高3の冬休み、塾の帰りだったと思う。
夜遅く疲れ切って山手線に乗った。
車内は少し混んでいて、ドア前にはディズニー帰りと思われる若い女の子グループがたむろしていた。
彼女らの前を通って、通路を奥に進み、席の前に立つと、笑い声がする。
「なんでブスほどガーリーな服着るんだろ!?」
正確には覚えていないが、こんな感じの。通るときにジロジロ見られたので、嫌な予感はしていた。
私のことかな〜。
私は当時バイト禁止の高校に通っており、お小遣いは化粧品に全振りしていたので、服はほとんど姉のお下がりである。
そのとき着ていたのは、姉がアパレルバイトの社割で買ったウールのコートだった。
ウエストで切り替えてふんわり広がるAラインで、背中にリボンを模したベルトがついている。
まさにワンピースのような可愛らしいコートで、美人で華奢な姉にはよく似合っていたが、私には全く似合わなかった。
なんとなく、チラッと声のする方を見てしまった。
4人組か5人組か忘れたが、全員ニヤついた顔でこっちを見ていて、やっぱり私のことを言ってるんだとわかった。
私がわざわざ見てしまったことで、彼女らの悪口はますます盛り上がってしまった。
私はただ聞こえないふりをして、血が凍るような思いで立っていた。
窓に反射する自分の顔には何の表情も浮かんでいなかった。
窓越しに、隣に立っているサラリーマンにじっと見られていることに気づいた。
180cmはあろうかという大柄な中年男性である。
ああこの人も私のことブスと思ってるのかな。
目がばっちり合ってしまって気まずくてすぐ逸らしたと思う。
次の瞬間、
彼は一歩後ろに下がり、90度向きを変え、
彼女らに背を向け、
彼女らと私の間に立ち塞がるような形で、
通路に仁王立ちになった。
何が起きたのかわからなかった。
サラリーマンは素知らぬ顔で携帯をいじっている。
コートで膨れた大柄な身体は、彼女らからの視線を完全に遮ってくれた。
庇ってくれているんだ。
赤の他人に悪口を言われることはたくさんあったが、庇われたことは初めてで、衝撃を受けた。
私が降りるまで彼はずっと仁王立ちをしてくれていた。
その時は涙なんか一滴も出なかったのに
家に帰ってから泣いた。
善意ってマジであるんだ。
こういう人たちのために
生きていきたいと思ったし、
頑張れると思った。
こういう人になりたいと思った。
今でも思い出すたびにちょっと泣ける。
仁王立ちする彼の姿は善意の象徴として胸に焼き付いている。
大事な思い出である。
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