静かに眠れ

 この三連休は天気がぐずつくという予報を見た気がしたのですが、洗濯物がよく乾く、青空が続く連休となりました。
 暖かな陽気と雲のない空を見ていて、青く晴れた空、と歌い始めるフォスター作曲の『主人は冷たい土の中に』を思い出しました。

Round de meadows am a ringing
De darkey's mournful song
While de mocking bird am singing
Happy as de day am long
Where de ivy am a creeping
O'er de grassy mound
Dare old massa am sleeping
Sleeping in de cold, cold graound

草原に響きわたる
黒き同胞たちの哀歌
マネツグミたちは楽しく
戻らぬ日々を歌う
ツタの生い茂る
草葉の陰の墳丘に
あの優しかった主人は眠る
冷たい、冷たい土の中に
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

 先週、2020年11月13日に俳優の窪寺昭さんがお亡くなりになりました。

 初めてそのお芝居を観たのは2013年5月の舞台『戦国BASARA3宴』の織田信長役。それから2014年8月の『ジーザス・クライスト・レディオ・スター 俺が彼女(ヤツ)を救う!!』のプロデューサー役だったか……パンフを探さないと思い出せない……そして先日の舞台『富豪刑事bul』。これまでの十年に満たない自分の観劇人生の中に、窪寺昭という俳優は、色々な機会を経て、幾度も登場してきました。
 自分は、つい先月の饗宴『Führer』で、彼の芝居を観ませんでした。Wキャストのうち、もうひとりの糸川さん出演の回を一度観て、それきり。
ですから、2020年10月初旬に観た舞台富豪刑事の坂守信雄役が、自分の中の最後の窪寺昭さんとなりました。

 自分は、職業としてはその業界に縁もゆかりもない、ただ観劇が好きだという、単なる一観劇ファンです。
 自分の人生の中に、本のページを捲る中で出会った単語の一つのように、或いは、綴られた物語の中の登場人物の一人のように、そんな風に出会ったのが舞台であり芝居であり、窪寺昭さんであるのです。それでも、たった一秒か永遠かのような芝居に、もしくは心臓を握られたような叫びに、はたまたコロコロと変わり続ける表情に、視線を取られ心を抜かれ、時に笑い時に泣き、言葉もでない程につばを飲み込むしか出来なかったこともありました。今まで自分が観てきた窪寺昭という俳優の芝居その全てが、あの日あの時観劇したあの自分に、最高の一瞬を、永遠のような一瞬の連続を与えてくれた、そのことに大きな感謝をしています。
 他に、言葉はありません。あるならば、もっと前に、手紙なりなんなりで本人にお伝えすればよかったのです。此処にあるのは、書いている自分を落ち着かせ納得させるためだけの、自分のための言葉しかありません。

 思い出すものは沢山あります。
 つい先日観たアニメ映画『羅小黒戦記』。それは在る種、選んではいけないとされる術を選んでしまったヒトの物語。誰が悪いだとか善いだとか、そういう話ではなく、寂しさを怒りに変えて踏み込んでしまった誰かの選択の果て。
 或いは、これは随分前の作品ですが2012年の舞台作品で、小手川ゆあ氏の漫画原作の舞台『ライン』を思い出しました。

『15時に、新宿東口で人が死ぬよ』
拾った携帯にかかってきた謎の予告に導かれるまま、
トールとフドウの2人は、日常と非日常の境界線を疾走する-。

小手川ゆあ原作の青春サスペンスストーリーが満を持しての舞台化。
「アンラッキー・デイズ」の西永貴文脚本・演出で、新たなものがたりが始まる。
http://reizendo.com/goodsstation/line.html

 シアターサンモールで一度観劇しましたが、未だにDVDを買うことが出来ないでいる作品です。
 何処にでもあって何処にも存在しない此方側とあちら側を線引する不可視の「一線」。それを踏み越えることを選んでしまった誰かと、それを止めようと走り続ける人達の物語。走り続ける、抗う側であって欲しいと思うし、自分もそう有りたいと願いながら、いつだってその一線は目の前にある。どうかそのラインを越えないで欲しかったと、何度も思ってしまう。原作漫画は渋谷を舞台にしていましたが、舞台版は新宿を駆け回る脚本になっており、今も東京メトロ丸ノ内線で新宿御苑前を通る時、急ブレーキがかからないか思い出したようにヒヤリとすることがあります。
 今はもう、これは自分の中にある一線を見ないふりをするか、見据えてそれでも抗うか、走り続けるか、兎に角自分の中のものと対峙するのにこれからも何度も思い出すでしょう。

 これからもきっと、自分のために言葉を綴ることしかできないし、しないでしょう。これは、自分のための記事です。自分のなかの言葉と向き合うための記事です。

最後に、窪寺昭さんが所属していた劇団の主宰であり、自分が敬愛する演出脚本家・西田大輔氏のコメントのリンクを貼ります。

https://disgoonie.jp/20201123.html

 青く晴れた空、白い雲。そよかぜ優しく、昔を語る。
 思い出す、あの笑顔。眠れよ静かに、静かに、眠れ。

 今はただ、窪寺昭さんが、安らかに眠られますよう、願います。