占領下の抵抗(注 ⅹ )
ⅹ こうした文脈での「日本人の血を信頼し」という言葉は、仮に日本語が完全に滅んでも、それでも日本人の血があれば、というふうにも読め、一種の恐ろしさも感じます。
しかし対談では
と言っていて、より積極的な混淆言語を想定しているようにも読め、
志賀がどのようなものを想定していたのか、はっきりしません。
というような発言は、フランス語の構造が日本語よりも合理的であると理解していたようにも取れます。志賀自身の考えにも混乱したところがあり、そこにはフランス語の構造が日本語よりも合理的であるというような、西欧中心主義的な考えも若干混じり合っていたのかもしれません。
しかしこの対談では
と言っていて、『国語問題』がまともに相手にされないことに苛立った放言という側面もあるように思います。