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2024年5月 長野湯治旅3

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 山を降りる。当然風が冷たい。痛いくらいに指先が冷えていく。が、留まっていても寒いだけなので、とにかく標高を減らしていく。30分ほどして下界へと降りてくる。田植えを終えたばかりだろう、田んぼの景色である。日射しは温かだが、体は芯まで冷えている。そうして地図を眺めつつ、チェックしていた村のピザ屋さんへ。外は少し風が出ていたけれど、日射しを浴びたかったのでテラス席に座らせてもらう。頼んだのはおまかせピザ。チーズピザやら、トマトにハムやらコーンやら。とても美味しくいただきました。
 さて、これからどうしようか。ちょっと村を散策しましょうか。といってもバッテリー残量がまずいからそこまで動き回れないが……と、歩道に巨大なマスカット、を模したバス停。何でも女子美術大学と連携して、アートで村を盛り上げる企画とのこと(そういや山田温泉のパンフレットにも女子美デザインのものがあった)。遠い街並みを見下ろしつつ村を行き、農園の売店でりんごのドライフルーツを購入。そうして山ん中の山田温泉への帰路に着くわけだが、上り坂である。バッテリーは残20%である。みるみる減っていく。行きに寄った子安社を過ぎ、山の中に入り、あと数%。前方に見える看板は山田温泉の──終了である。がくんというよりは、ぎにゅうと力が入らなくなった。というわけで、押して、参る。まぁあと1kmないので特に悲嘆に暮れることもありません。山田温泉の入り口である、渓谷にかかる真っ赤な橋を渡り、坂道をのぼっていけば温泉郷。Eバイクを借りた観光案内所である。
「戻りましたー。橋の手前でバッテリー切れましたー」と帰還報告。これは別に非難でなく自慢です。
「え、どこで? バッテリーがない? そんなはずは……」と驚いた声が上がる。おそらくEバイクのバッテリーを使い果たしたのは、自分が初めてじゃなかろうか(三年前は50%消費程度)。というかレンタルで標高1752mまで行ったのも自分が初めてじゃなかろうか。他のバイクを用意しましょうかとまで提案して下さったが、もう無理、もう疲れた、あとは温泉で休むだけである。
 というわけで歩いて1分もしない旅館に戻り、連泊で荷物そのままのお部屋へ。宿の温泉でも良かったけれど、宿泊者含む山田温泉関係者のみが入れる外湯があるので今回はそこを利用してみようかと。フロントで鍵を借り、タオルだけを手にすたこらと近所の滝の湯へ向かう。ガララとガラス戸を開ければ、もう湯船。周囲に脱衣用の棚がある程度で、本当にただ古びた木枠の湯船があるばかり。しかも男湯のほうは曇りガラスでもないので、外から丸見えですわ(まぁそんなに人がいないのだけれど)。で、だ。まずはかけ湯だが、やっぱりあっつい。水で埋めてもあっつい。しかもそんなに水で埋めないでねと注意書き。何これ。とりあえず風呂桶を片手に、割と深めの浴槽を底のほうからかき混ぜる。草津の湯揉みと同じ要領である(行ったことないけど)。むろん腕もあっつい。足湯すら難しい。いくらかようやく水を入れたところで肩まで入ってみるが、あぁこれは無理です。やっぱ旅館の温泉に入ろう、というわけで撤退である。旅館の方が「駄目だったか」と笑って下さる。我慢比べ、という単語まで飛び出してくる。そうして今度は宿の湯へ。どうしてか昼間は適温で。窓の外の緑を眺めながら、あたたまる。お疲れさまでした。
 あとは部屋に戻って昼寝をするなり、呆けるなり、ゲームをするなり、実況動画を見るなり。この何にも追われない感じが良いのです。夕飯は須阪の松葉屋そば店さんよりソースカツ丼を届けてもらう(宅配はこの旅館のサービスです。味噌汁もつけてくださった)。ソースカツ丼は好きで良く食べるが、ここのはかなり美味でした。満足満腹。
 夜、ランニング姿になって、温泉郷、共同浴場の大湯のまわり(1周約200m)をぐるぐると走る。昼間のサイクリングで疲れてはいたけれど、旅先でジョグをするのが好きなのです。山に入ると獣が出る、とのことなので、温泉街から離れずに、ゆっくりとしたペースで黙々と周回する。大湯の建物内部からはざぶざぶと温の音が。一度だけ山田温泉入り口の赤い橋まで下りて橋の中間から渓谷を見下ろす夜空を。ちょっと雲が伸びていたけれど、星々があちらこちらに。うむ。そうして30分ちょいのジョギングを終え、むろんもちろんそのまま旅館の温泉へ。至福の過ごし方である。

3日目

 7時半に朝ごはん。今日はサバのホットサンド。3年前と同様に美味しい。そうして最後の温泉。昼夜朝昼夜朝と6度浸かりました。他にも宿泊客はいらした様子だったけれど、毎度貸切状態のいいお湯でした。そうして荷物をまとめ、部屋を片付け、お世話になりました。送迎前に三年前もそうしたけれどちょろっと温泉郷を巡る。少し外れにある牛窪神社で手を合わせる。裏の山からは蝉の声が降ってきて。
 さぁ宿を発ちます。今回は須坂駅前まで送っていただきます。車窓から過ぎていく村の風景を眺め、この道を歩いていくとは狂ってんな、ということを思う(三年前は須阪から歩いた。まぁ運動量でいえば、今回の旅の方が上だけれど)。さて、女将さんにまた泊まりに行くと思いますとお別れを告げ、送迎車を降ります。三日間、ありがとうございました。山田温泉。東京からは近いし安いし宿は寛げるし、湯治をするにはもってこいの温泉地だと思います(本当は男鹿半島旅でゆったり休みたかったのだけれど、あれは少し慌ただしい旅だったからねぇ)。本当、またお世話になるでしょう。
 とはいえ旅はまだ終わりません。前回は通り過ぎるだけだった須阪の町を堪能しようかと。いうわけで、まずは乾いた傘を手に観光交流センターなる場所へ(新しく買ったちょっと良い傘なので、気分的には晴れててもお荷物とは感じませんでした)。町の案内を受け、地図をもらいます。ついでに物販コーナーを覗いてみたら、八幡屋の須阪限定モデルの七味瓶があり、しかも国産唐辛子とか珍しいことが書いてあるので、お土産に購入。で、蔵のある町並を歩いていきます。というか、陽射しが割と強くなかなか暑いです。寒かったり暑かったりと、慌ただしい旅温で。まず立ち寄ったのが、まゆぐら。そうです。須阪はお蚕(かいこ)さんの歴史を持つ町です。2階には色々と養蚕の道具などが展示されていて、中でも興味深かったのは二つ。まずは須阪市内の養蚕神を祀った場所の分布地図。全36箇所ということで、町民たちの養蚕に懸ける思いが浮かぶようではありませんか。もう一つは、女工哀史はあったのだろうか、という考察文。お蚕といえば野麦峠に代表されるような悲話が有名だけれど、過酷な労働であるとはしつつも運動会やどこかへの参拝等、慰労のための行事は催されていたようで、働きづめというイメージとは少し違う。自分はそういった行事の写真で工女さんの表情がどれだけ柔らかだろうてなことをチェックしたのだけれど、まぁはっきりと笑顔と認められるものは見当たらず。とはいえ当時カメラに撮られるって、いくらか緊張する出来事だったと思うので、工女さんの笑顔の有無だけで断じることはできませんね(女工というのは歴史的に見下した響きのある呼称とのことで、須阪では工女と呼ぶようにしているそうです)。階下に戻るとお茶と漬け物のもてなしが用意されてました。良い機会なので質問。展示物の中で、お蚕の匂いについて語られているものがあったけれど、それってどういう匂いだったんだろう? と。あまり良い匂いそうな表情はされていなかったけれど、初日に立ち寄ったスーパーツルヤでは蚕の佃煮が売られていて、その匂いなんだとか。お蚕まで食べるとは……なかなか面白いお話が聞けました。ありがとうございました。その後は三年前に立ち寄った墨坂神社に参道の手前から一礼をしたり、須阪祇園祭で使われる笠鉾を見たりと、町中を散策します。そうして昨晩いただいたソースカツ丼の店先を通り(まだ開いてない)、酒蔵の前を過ぎ(この旅でもう酒はいいや)、豪商屋敷の入場料にうなり(千円はちょっと高いかな……)、今日のお昼ご飯に到着。ウェイウェイ餃子。陽キャのノリではありません。微微。中国語なのです。というわけで中国、温州の味を伝える餃子専門店。三年前から目をつけてました。11時過ぎということもあって客は自分のみ。注文したのは焼餃子と水餃子のセット定食。これがまぁ、めっちゃ美味かった! ニンニクも使っていないということだけれど、とってもジューシーでした。最後に、美味かったぁ! とお伝えし、須阪駅前から歩いて来たと言ったら、びっくりされたご様子でした。山田温泉に湯治の際はまた寄ろう。
 というわけであとは駅まで帰るばかり。同じ道を戻ってもつまらないので、少し道を外れてみたら「劇場通り」刻印された外灯が。劇場? 地図には載ってないけれど……。となれば、昔──。帰りにまた観光交流センターに寄って聞いてみようかと思ったけれど、電車の時間が際どかったので、すたこらと須阪の町を行きました(あとで調べたら、かつてこの地に須阪劇場があり、旅芸人や劇団が訪れたとか。また工女たちもこの劇場での催しを観に行くことがあったとか)。
 そうして三年ぶりの須坂駅に到着。発車一分前。またしても交通系ICで切符を購入。今度はスタンプを押していただき、そそくさと列車に乗り込む(まぁ一本遅れても平気だったんだけれど、長野駅で少し余裕を持ちたかった)。その後長野駅に到着し、物産店などを見て回り、少し早いけれど東京へと帰ります。今思い返してみても、とっても寛げた旅でした。初日は雨であったけれど、その影響で善光寺の参拝客も少なくゆっくりと巡れたので、逆に雨で良かったという気さえしています。山田温泉、またきっとお世話になることでしょう。そのときはもっと地元のスーパーを見て回りたいし、納豆も色々試してみたい。食べたいものだってまだまだ。というわけでその日までお元気で須坂、小布施、高山村、そして山田温泉。また会いましょう。
 それでは。

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