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2020年3月 前橋旅3

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 調味料だけは、いいものを買うようにしています。といっても、しょっちゅう料理をするわけでもないので、つけたりかけたりする感じの、調味料のことです。
 理由は単純で、たとえ素材が平凡であったとしても、調味料が優れたものなら、それだけで美味しく感じられるからです。もちろんいいものは値も張ります。けれど(みみっちいでしょうが)一回あたりの使用量を金額に換算すれば、微々たるもんです。
 つまり、高級調味料って、すっごーくコストパフォーマンスがいいんです。

 という考えを大分前から持っていて、だから調味料は多少値段が高くても、いいものを買うようにしています(振り出しに戻りました)。
 ので、絶対に寄りたいと思っていた「職人醤油」。ここは全国各地の醤油を100ml瓶で販売している、醤油専門店です。

 さて、臨江閣より車輪を転がすこと十数分。
 あまりにも風が吹きつけて寒かったために、パーカーのフードも、ジャケットのフードもダブルで被るという、かなり浮くだろう出で立ちでやってまいりました。

 見出し画像をご覧いただければ分かるとおり、木桶をイメージしているのか、店の外観も木目調が前面に出ていて、何だかお洒落じゃありませんか。そして職人醤油のロゴのにくさよ。幾何学模様で文字を描くとは(帰ってから気づきました)。
 というかこちらのお店、前橋の駅からは遠く、あたりは住宅街としか思えなくって、そんでもって実は公営団地っぽいマンションの一階にあって、この界隈ではなかなか異彩を放っています。でもそういう立地のお洒落なお店って、かなり期待は膨らみます。さぁ、正面の駐車場の片隅に駐輪して、フードを外して職人醤油へといざ。

 ずらりと並んだ醤油の瓶瓶瓶。まるでアート作品のように整然と棚に納まっています。もちろん一点一点ラベル──銘柄は異なります。その様子はまるで醤油ミュージアムのよう(全50種くらいでしょうか)。一点一点、味についてのコメントも書かれています。
 しかし正直、どれを買ったらいいのかがまるでわからない。というわけで丁度声を掛けてくれた店員さんに伺います。
「買いたいんですけど、何を選んだらいいか、見当がつかないんですけど……」

 というわけで味比べへとご案内。巨大木桶をイメージしたテーブルに味のチャート表を敷き、その上に六つのお猪口、中に醤油の入ったカップ、口直しの水、そしてそれぞれの醤油瓶。これはまさしく……日本酒の試飲にそっくりな光景ではないか。もうこれだけで美味い。

 さぁ、多分0.1gくらいのティースプーンを手渡され、まずは定番の濃口からどうぞ、と。うん、よく知っている醤油の味だ。うまい。お次は「再仕込」。うお、ぐっと迫ってくる味だ。うめぇ。「溜」これは……塩辛いわけじゃないけど、めっちゃ濃いな。

 さぁ次は「甘口」。主に鹿児島など九州の南部では一般的な、砂糖を加えた醤油です。やー、こりゃ甘い。でも色合いから想像するのと味が真逆過ぎて、うーん、これは舌というか脳がビックリしてる感じ。
 そしてそして「淡口(うすくち)」。やや色が薄いです。あ、これは初めての味だ。優しい……というより、しとやかな味。これはうまい。うすくち醤油って、味が薄口かと思ってましたわ。色のことなのね。
 最後に「白」。お酢みたいな透明な色合い。む、色同様にあっさり。

 これで一通りの味は試しました。濃口もやっぱり美味いけれど、できることなら普段あまり口にしたことのない醤油がいいなぁ、というわけで淡口醤油を攻めてみる。ってことで、もう二種ほどいただく。
 うん。同じ淡口でも、結構違う。あっさりしていたり、コクがあったり。

「スーパーとかで売ってる醤油って、大体がアメリカとかカナダ産の大豆で、国産のものってあまり見かけないんですよね」と、店員さんにつぶやいてみたところ、大豆、小麦、米、塩……すべてを国産で賄っている醤油をお出し頂く。あ、うめー。というわけで、最初に試飲(試舐?)した淡口醤油、兵庫県は末廣醤油「淡紫(うすむらさき)」と、福岡県ミツル醤油醸造元の「生成り うすくち」を購入決定。

 っと、カウンターに、三本まとめ買いでお安くなる、との案内書きが。
 まぁ、せっかくの旅だし、奮発しちゃうおうか、というわけで今度は木桶のカウンターを離れて、店内の陳列を見て回る。アルコール入ってないのに、何だかほろ酔い気分です。
「燻製醤油」と「梅しょうゆ」が何だか気になりました。もちろんそれぞれ味見させてもらいます。

 まずは「燻製」。うわー、本当に燻した味がしやがんの。「サーモンや、チーズに垂らせば、簡単にスモークサーモンやスモークチーズ風味になりますよ」と店員さん。確かに。
 次に「梅」。あぁ、めっちゃさっぱり。梅ドレッシングかと思ったわ。醤油の濃い味ばっかり舐めてきたから、とっても新鮮な味。これもすべて国産とのこと。「燻製」も気になったけれど、蔵元が淡紫と被ってしまうので、三本目は長野県の大久保醸造「梅しょうゆ」で決定。
 結局何だかんだで、12本もの醤油を味見しましたとさ。「こんだけ試すのって、多いほうですか?」と率直に質問してみたときの店員さんの反応から、多分こいつは厚かましいほうかと思います。

「会員カードをお作りしますか?」と問われたけれど、「今、旅していてあまり来られないので大丈夫です」と断ったところで、「どちらを旅してるんですか?」と。
 そりゃあもちろん「前橋です」と返すわけだが、「前橋を観光……?」といったニュアンスの返事がありました。駅の観光案内所で感じたことは、やはり正しかったのか……。
 でも職人醤油さん。個人的には、すっごーくいい観光スポットでしたよ。醤油の味比べなんて、めったにできないことだし。

 そんなこんなで、プチプチに醤油三本を包んでもらって、お店をあとにします。そしたら、駐輪場で自転車がぶっ倒れてました。もちろん強風の影響です。すげーな、群馬。
 またも怪しい出で立ちでペダルを漕ぎ、ようやく戻ってきた前橋駅前。レンタサイクルを返却します。返却時、おっちゃんに「木曽三社神社まで行ってきましたわ」と自慢をしてみます。「あんな(遠い)とこまで行ってきたの?」と嬉しい反応。
 次いで「東京から来たの? 前橋のどこに行くんだ? 横浜とかのがいいよ」と、アドバイスをいただきました。うん、やはり、前橋を旅する人って、少数派を通り越してもはや絶滅危惧種レベルかと。

 さぁさぁ、文学フリマ前橋を申し込んだ直後に予約しておいたホテルへと徒歩で向かいます。もう前橋のホテル一覧に、この名前が出てきた時点で即決した「ドーミーイン」。個人的に最強のホテルチェーンです。
 何てったって、ビジネスホテルなのに天然温泉がついている。その他、きめ細かなサービス。美味しい朝食。たまりません。「天然温泉妙義の湯 ドーミーイン前橋」にチェックインでございま。

 お部屋が空いていた、とのことで、予約していたダブルルームではなく、クイーンルームにご案内。まずは広々とした室内で、荷物を整理して、しばし旅の思い出を反芻しつつも、ソファで横になって呆けます。もはや18時。夕飯に向かわなければ。しかし自転車漕ぎまくって疲れてるし、もっと寛いでいたい……ので、早速14階の温泉であったまります。露天風呂もあります。ここも風が強く、寒いです。目張りがしてあるので、さほど景観は良くないけれど、目張りに小さな引き戸があり、そこから前橋市街を一望できます。残念ながら赤城山は他の建物に遮られているけれど、こういう小さな気遣いが嬉しい。

 いい心地で部屋に戻ってきて、ぽかぽかしたまま地図を眺めては、夕餉の作戦を練る。ホテルのロビーから持って来た飲食店のガイドマップ。何やら駅の南側にお店は集中している。今いる北側は区画整理されたのか、碁盤の目のような感じ。つまり新しい町並み。新しい町並みに、古くからの店はない。なら、やはり南でうまい店を探すか。でも大分前に食べログでちらっと調べたときには、駅の北側にうまい店が集中していたような……。うーん。

 というわけで、根っからの天邪鬼という要因も加わって、南でも北でもなく、北のさらに北で美味い酒の店を探すことにしました。えぇ、昼のときのように予めいくつか候補を調べているわけじゃありゃあせん。完全に、自分の足と鼻でいいお店を見つけてみせます。旅の本番と言っても、過言じゃあありゃあせん。しかし日曜の夜。閉まっている店も多いかもしらん。加えて変わらず強風。せっかくの温泉効果が失せる前に温かい店内へと逃げ込みたいものです。

(以前、福島市を旅したとき、わざわざ飲食店がない駅西側の住宅街をうろつきまくって、誇張じゃなく30分も店を探したというね……。まぁでも、その甲斐あっていい店にはありつけたました。初めから店があるとわかっている繁華街で美味い店を探すのって、好きじゃないのです)

 日の落ちた前橋の町を歩きます。大きな陸橋を渡り、北のさらに北のブロックへと攻め入ります。まずはこのへんを絨毯爆撃しようか。と、令和創業という若い店。日曜夜なのに、なかなか賑わってる。でも、もう少し静かに杯を傾けたいのです。まぁ、覚えておこう。
 少し行って、何やら鄙びた路地に入り込みます。緑に黄という、昭和っぽい配色の看板。地酒割烹。うん、悪くない響きだ。地酒は絶対飲みたい。「酒仙館」飲んべえな店名。店構えは落ち着いている。しかしお品書きは表に出てない。何より、暖簾の両サイドにぶら下げられたCD2枚。何だこれ? カラス除け? ベランダじゃなく店先に? 大いに躊躇います。まぁ坊主頭ながらに後ろ髪を引かれるものはあるが、もうちょい色々見回りたいので、ストックに入れておきます。

 もう少し進むと、日曜のためか閉じた店がいくつか。さらに行くとドデカイ看板で「男でよかった!」と。あぁ、超濃厚接触のお店がありやがる。立ちんぼのお兄さんはタブレットをいじっていて、こちらには気づいていないので前をそっと通り過ぎます。風俗店があるってことは、駅からやや離れているものの、こここそが繁華街だったか。しかし閑散としているのは、日曜だからか、あるいは単に元気がないのか……。

 途中、前橋が出生地である萩原朔太郎の歌碑(詩碑?)にも出くわします。内容は忘れたが、何か良かったです。おや、その先にもう一店。繁盛しているのか、わははと笑い声が扉の向こう側からこぼれてきます。うーん。きっと美味い店だ。でも、けど、今は賑やかな中で酒は飲みたくない。
 できることなら、静かに地酒をちびちび、といった感じで……。

 それならさっきのところが、おそらく適任だろうと、やっぱり「酒仙館」に舞い戻ります。うん、やはりCD2枚が魔除けのように吊してある。これは一体何なんだ。正直言って、勇気は要る。でも「地酒割烹」。俺の勘が当たるか、それとも──
 えいままよ、と歩を進め、戸に手を掛けます。かくして前橋の夜の始まりでございます。(続→

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