見出し画像

2024年3月 男鹿半島旅1

初日

 朝早くに起き、六時過ぎに上野へ。ピピッと新幹線改札の中へ。地上階の駅弁屋が出発8分前の開店で少し焦ったけれど、ぱぱっと悩んで、東北福興弁当を買う。今まで2回食べてて美味しかったし、毎年中身が変わってるようだし。
 さて、今回も行き先が大体ランダムで決まるJR東日本の「どこかにビューン」を利用しております。乗り込んだのは、こまち。変わらぬ美味しさの駅弁、そして車窓を楽しみつつ、北へ。そして西へ。はい、4時間ほどかけて辿り着いたのは秋田駅。ただまだまだ移動します。通称なまはげラインに乗り換え、さらに北へ。東京から5時間、寒空の男鹿駅へとやって参りました。なまはげがお出迎え。というわけで今回の旅先は秋田駅、そして男鹿半島でございます。とりあえず駅構内にある観光案内所で男鹿半島の地図をゲットし、腹が減ったのでチェックしておいた居酒屋ランチへ。まだ12時前だというのに盛況。ヒラメと本マグロの二食丼を注文。さすがは港町とうなる美味さ。ただ、カウンター席のお客さんはカツカレーを頼んでいる人が多く、こちらも大変美味しそうでした。

 さて、少し時間があるので男鹿駅前を散策します。というか曇り空でなかなか寒い。まだ路傍には白い塊がちらほらと。ふと「コアラちゃん焼き」と貼り紙がぺたぺたのガラス戸。コアラちゃん焼き、て何だそれ。何か少し古びていて入りにくいけれど……まぁ、旅先でこういうのはどんどん寄りましょう。というわけでガラス戸を引き、こんにちは。「コアラちゃん焼きって、何ですか?」聞けば、鯛焼きの皮がコアラっぽい感じで。中はクリームとチョコが選べるとのこと。その他、色々なおやつを売っているようで。どうしてコアラなのかはわからないけれど、テイクアウトできるようなので、コアラちゃん焼き(クリーム)を所望する。ついでに断って焼き型を撮らせていただく。駅前へと戻りつつ、コアラちゃんを頬張ればあまうま。そのまま駅近くの道の駅へと向かう。今夜の夕飯は不定休なので、もし休日だったときのために、食料を買い込んでおくことに。少し店内を物色しては、今度は近くの地元スーパー、ドジャースへ。まずは納豆売り場をチェックして(その土地特有の納豆がないか、ただ見るだけです)、秋田のローカル製パンの、タケヤのベーコンチーズフランスを買い求める。道の駅へと戻っては、こちらも秋田のパン屋さんのチョコブレッドを購入。これで夕飯の保険はできた。一時過ぎに駅前からバスへ乗車。コミュニティバスみたいなサイズ感で、次の停留所の表示はなくアナウンスが流れるだけ。しかもバスの駆動音でかき消されがち。乗客も地域の方ばかりのようで、旅行客っぽいのは自分のみ。というわけで30分ほどバスに揺られ、「相川下丁(あいかわしもちょう)」で下車。降りれば、バス停の可愛いこと夥しい。場所は緑と家々が半々くらいの坂の途中の住宅地。とりあえずここからは徒歩です。スマホで地図を確認して(最近は紙よりも、細かな確認のできるグーグルマップを使うことのほうが多いかも)家々の合間を抜けていき、雑木林の道を行けば、車道へと。で、その脇。何か古びた小屋が佇んでいて、中には賽銭箱、地蔵と、赤黒お椀の集合体……何だこれは。とりあえずペットボトルのお茶がお供えもされているし、何かの信仰であることは窺える。まずはそっと手を合わせる。そうして今一度観察。灯火の消えたロウソクがいくつか立ち並んでいる。そしてやはり沢山のお椀。埃を被っている。その中に紛れて肌色の細長い丸みを帯びた小ぶりの物体。複雑な渦を巻いている……それが一対。これは耳か? 正直言って、わけがわからなくて少し不気味でした。一体何の信仰だろう。

 さて、お椀の信仰にお別れをして、とことこと引き続き歩いていきます。依然として空は曇っているが、雨の景色はなく(そういや出発の少し前までは雨とか雪のマークがありました)。田んぼの中を貫く車道を行けば、里山カフェなるものも。道の上、傘のようにせり出した松の木。途中途中のバス停のイラストは、その地区ごとに異なり、どれもやっぱり可愛いくて、パシャパシャと蒐集していきます(あとから気づけばどうやらその地区のなまはげをモチーフにしているイラストのようで)。やがて「菅江真澄の道」と銘打たれた白塗りの標柱が。そういや男鹿駅前や、バスの車窓からでも見た気がする。菅江真澄、とは誰だろう。細長い四角柱の横を読めば、「神が忌むから、ここいらには鶏を飼う家がない」といったようなことが書かれている(あとから知れば江戸時代に東北や蝦夷地を旅した紀行家で、標柱はその土地について書かれた一節を引用している模様)。まぁ、ずんずん行きましょう。もうかなり前に閉業しただろう酒屋の前を過ぎ、ちょっとしたお堂へ。真山(しんざん。土地の名前)の万体仏。階段を上がり、こんもりとした雪を越え、用意されたスリッパに履き替えお堂の中へと入れば、わぁ。壁やら天井やらに1万2000体もの木彫りの菩薩像が(※このページの下のほうに写真載せますが、集合体が嫌いな方は閲覧注意です)。これはなかなかに見応えがあります。幼くして亡くなった子供達の供養とのことです。
 引き続き道を行きます。次第に傾斜がつき、路肩には溶けきっていない雪が。うん、というか寒いね。やがて車道をまたぐように大きな鳥居が。扁額は少し読みづらいけれど、真山でしょうか。一礼をしてさらに行けば、今回の目的地「なまはげ館」に到着です。その名前の通り、なまはげを学ぶ施設です。隣の伝承館との共通チケットを購入し、なまはげという習俗について知見を得ていきます。なまはげの語源は「なもみ剥ぎ」だそうで、冬の間仕事をしないで囲炉裏に当たっていると火ダコ(=方言で「なもみ」)ができ、その怠け者を戒めるために、なもみを剥ぎにくるのだとか。そのための包丁。ただ、とっても有名な伝統行事にも関わらず、その起源は判明していないようで、今は四つの説に落ち着いているのだとか。基本的には山から異形の神が下りてくるというのは共通しているようだけれど(中にはロシア人説もあった)、どうしてそれを人間が継承しているのか、起源と現代の行事、その繋がりがうまく想像できない。仮に過去に鬼が山からやってきて人々を戒めたとして、どうしたら「じゃあ人間でそれを真似よう」となるのか、そこが見えない。たとえば、子供を叱るときに「言うことを聞かないと、山から怖い鬼がやってくるよ!」という脅しをよくしていて、でも言うことを聞かないから、じゃあそれを小正月(今では大晦日)に実際にやっちまおう、という流れのほうが、現代を生きる自分としては容易に想像ができる。が、古くからの人間の営みが自分なんかの想像で分かるはずもなく。まぁ、理屈はともかくそういうものなのかと。というわけで館内の展示を読み進めていく。基本家族連れで見学に来ている方が多いです(多分、一時間近く歩いて来た野郎は自分くらいかと)。なまはげの格好をして、写真を撮ったりしています。日本全国の来訪神をまとめた展示もあって、日本海側はアマハゲやらアマメハギやら、名称が似ているなぁ、と。あとは男鹿の各地区のなまはげのお面をまとめた広い一室があって、これはなかなか壮観でした。
 そうして時間が来たので、大きなスクリーンのある部屋へ。なまはげのビデオを鑑賞します。過去の行事の風景。子供は本気で怖がっていて泣き叫んでいます。大人達は(そのビデオを観ている自分も含め)これが芝居と分かっているからか、どこか半笑い。ただやっぱ現代を生きる自分からすれば、子供は可哀想だなぁ……と。虐待、なんて言葉も頭に浮かびました。あとはなまはげの威嚇対象が子供だけでなく、その家に来た嫁さんも含まれると知り、男だって怠けるだろうに、なんてことも。
 ただ現代の感覚で、良い悪いと断じるのではなく、まぁそういう時代があったっていうことなんだろうなぁ、と(これは現地で色々見聞きしてきた自分のあくまで憶測だけれど、きっと今は昔の行事よりは、幾分優しくなっているんじゃないかという気がしました。基本的にはなまはげって、福をもたらす神とされているし)。

 で、実際にそのなまはげを体験しようかと。なまはげ館すぐ隣の茅葺きの家、男鹿真山伝承館へと足を運びます。共通チケットを見せ、一番乗りで座敷へ。条件反射で正座をしかけたけれど、あぐらで大丈夫ですよと言われたので、足を崩して待ちます。他にも家族連れが二組。一通りの挨拶があり、なまはげ襲来。どんどんどんと大きな音で戸が叩かれる。腹の底からのうなり声。七回四股を踏んで家の中に入り込み、あちこち大きな音を立てながら、家の者を探して回る。その後、家の主人役が酒を勧めてなだめすかしつつのなまはげ問答。息子夫婦はちゃんとやっているか? その子供は? 全部山の上から見ているぞ! 帰り際にまたも家の中を歩き回り、特に子供に対して背中を弱く叩く形で檄を入れます。しまいには自分の肩にも手がかけられ「真面目にやっているか!?」と。主人役が「酒も煙草もやらずに真面目、真面目」と庇って下さり、恐れ入る。そうして立ち去っていく。
 なまはげの装束から落ちた幾本かの藁屑が部屋のあちこちに落ちていて、その夜はそれを頭に結んで過ごせば、福がもたらされるのだとか。早速、子供達が集めにかかっていました。立ち上がるときに、ちらと座敷を見回せば藁屑はなく、主人役の方にお礼を伝え靴を履きます。
「煙草はやらないけれど、酒はやるんですよね」と挨拶。苦笑。「ここの神社でしか買えない日本酒があるそうですけれど、今も売っていますかね?」売っているだろうとのこと。そうすると子供の一人が一本の藁屑を手にやってきて「これあげます」と。なるほど。自分にとってのなまはげは、子供の姿をしていたか。こちらにもお礼を伝え、伝承館をあとにする。どこに結ぼうかと考えたが、歩きながらリュックのトップのループに結んでみる。御利益はあるだろうか。
続→

(トップのなまはげ写真は、掲載許可をいただいております)

※この下、万体仏。集合体が苦手な方は閲覧注意です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?