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ストックオプション「業績条件」について、2023年 IPO企業とGENDAの発行条件を解説
「目論見書分析note」とは
目論見書分析noteは、起業家、スタートアップで働く方、スタートアップ企業の成長背景に興味がある方を主な読者として、noteを書いています。
今回は、スタートアップ企業がストックオプション(SO)を設計するときに検討する「業績条件」(業績ハードルなどと言うこともあります)について解説します。
「業績条件」とは、ストック・オプションのうち、条件付きのものにおいて、一定の業績(株価を含む。)の達成又は不達成に基づく条件をいう。
上記のとおり、業績条件とは、SOを行使するために必要な売上や利益の目標であり、当該目標を達成できなければ、SOを行使することができません。
今回、2023年上期に新規上場承認された企業の業績条件について調査しました。結論は以下のとおりです。
結論
・SO発行企業49社のうち業績条件ありは9社
・業績条件は、売上、利益、またはその両方
・高い業績条件を定めて行使できないケースもある
・付与対象者や目的に応じて様々な条件を設定
◼︎どうして、業績条件を調べることにしたのか?
業績条件は、目標金額や対象決算期について条件設定の自由度が高い反面、選択肢が多く決めづらい条件です。よって、他社事例を調べて解説することで、ストックオプションを設計する方に参考にして頂きたいと考えて、記事にすることにしました。
◼︎業績条件の内容
業績条件の内容は、「20XX年XX期までに売上●●億円を達成できた場合に、保有するSOのうち◯%を行使することができる」というようなものです。
企業の利益計画に合わせた業績条件にすることが想定されますが、中期利益計画がストレッチした高い目標で達成可能性が低ければ、SOは行使できません。一方、SOを行使させるために、業績条件を会社の利益計画より低い目標にするのもおかしな話です。
この記事では、最近上場した企業の具体的な業績条件を解説していきますので、今後、スタートアップ経営者の方やSO設計に携わる方の参考になれば幸いです。
SOの設計に関わらなくても、他社の業績条件を見ることで、会社業績と個人のインセンティブのリンクや、会社の目標に対する意思を確認でき、ご自身の会社の業績目標の置き方の参考になることがあるかもしれません。
SOにつける業績条件は、会社が「この数字なら達成できる」と思っている数値であり、業績予想を開示しない新規上場企業の中長期のコミットメント数値であるともいえます。
また、最近では、信託型SOの課税上の取り扱いが大きな論点になっています。企業によっては、信託型SOをやめて、税制適格SOや有償SOの発行を検討する企業も増えてくると思われます。
その場合、SOの公正価値を算定する場合に、業績条件がある場合とない場合で、その価値は大きく変わることがあります。
それでは、2023年上期に新規上場承認された企業がSOにどのような条件をつけているか解説を進めていきます。
1 SOへの条件設定
2023年1月から6月までに上場承認された企業56社のうち、SOを発行している企業は49社です。そのうち、ベスティング期間、有償発行、業績条件をつけている企業数は以下のとおりです。
SO発行企業 49社
ベスティングあり 14社
有償発行あり 13社
業績条件あり 9社
各社目論見書を参考に筆者作成
ちなみに、ベスティングも有償発行も業績条件もつけていない「プレーンな税制適格SO」のみ発行している企業は26社で、SO発行企業のうち半数以上となっています。複雑な設計をせず、ルール通りの税制適格要件を満たすSOを発行し、税務リスクを取らない企業はまだまだ多いのが現状です。
ここからは、今回のテーマである「業績条件」について解説していきます。
2 具体的な業績条件
SO発行企業で、業績条件を設定している企業は以下の9社になります。
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◼︎「売上」を業績条件とした例
ispace 第9回SO 2020年12月23日決議
現時点までの結果:行使可能割合50%まで、業績条件を達成
新株予約権者は、2022年3月期から2026年3月期までのいずれかの期における、当社の損益計算書に記載された売上高が、下記(a)乃至(c)に掲げる水準を満たしている場合に限り、各新株予約権者に割り当てられた本新株予約権のうち、当該各号に掲げる割合の個数を限度として、本新株予約権を行使することができる。
(a)売上高が800百万円を超過した場合:行使可能割合50%
(b)売上高が1,000百万円を超過した場合:行使可能割合80%
(c)売上高が2,000百万円を超過した場合:行使可能割合100%
ispaceは、月面開発事業を営んでおり先行投資が多額であるため、利益予想は大幅な赤字です。売上については、計上時期の不確定要素が大きいため、2022年から2026年の4期の間に、いずれの金額を達成したかによって、SO行使比率が変わってきます。現時点では、2023年3月期の売上高が989百万円であったため、(a)50%が行使可能となっています。
◼︎「利益」を業績条件とした例
GENDA 第2回SO 2018年10月1日決議
現時点までの結果:業績条件をクリア
割当日以降の決算期において初めて連結営業利益が10億円を超過した場合、新株予約権者は、当決算期の最終営業日における、当社の発行済株式総数の2.5%(但し、行使価額の調整事由が生じた場合には適切に調整される。)分の個数(1個未満の端数が生じる場合、これを切り捨てた数とする。)を上限として、行使することができる。
割当日(2018年10月)が含まれる2019年1月期の売上は1.77億円、経常利益は0.72億円で10億円とは程遠い数字です。しかしながら、2018年6月から2022年10月までに11件のM&Aにより売上規模は大きく拡大、2022年1月期に経常利益が39億円と業績条件を大きく上回っています。
◼︎「売上と利益」を業績条件とした例
トランザクション・メディア・ネットワークス 第1回SO 2020年10月30日決議
現時点までの結果:条件をクリアしていない
新株予約権の割当を受けた者(以下「新株予約権者」という。)は、当社の売上高及び営業利益が、下記に掲げる各条件をいずれも充たした場合に限り、本新株予約権を行使することができる。
(a) 2022年3月期から2024年3月期までのいずれかの事業年度において、売上高が12,530百万円を超過した場合
(b) 2022年3月期から2024年3月期までのいずれかの事業年度において、営業利益が1,444百万円を超過した場合
2022年3月期および2023年3月期について、売上・営業利益とも業績条件を大きく下回っています。2024年3月期の業績予想は、売上高9,423百万円、営業利益795百万円であり、業績条件をクリアする予想にはなっていません。
ちなみに、業績条件を定めている企業は、すべてのSOに業績条件をつけているわけではなく、付与対象者や時期によってその条件を柔軟に変更しています。
3 GENDAが発行するSOを解説
2023年6月23日に東証グロース市場に上場承認された株式会社GENDAは、第2回〜第6回までのSOがあり、それぞれ条件が異なった設計となっています。
GENDAが発行するSO一覧
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すべてのSOは有償発行となっており、発行決議から2年間の行使制限期間を設けておらず、IPO後に行使可能な設計となっています。また、IPOまで在籍すれば、2分の1または3分の1を行使可能なものもあります。
第2回と第6回に業績条件がついています。これは、SOの条件を会社目標とリンクさせて、業績達成への意欲向上を高める目的で発行されています。対象についても、第2回は取締役のみ2名が対象者です。
第6回についても取締役1名と子会社従業員1名のみ、さらに信託型SOとしても利用していますがこれは広く役職員に付与するものではなく、高い業績貢献が期待されかつ実績が出た役職員に付与するものとしているため、厳選されたメンバーのみへの付与となりそうです。
信託型SO分配の為の基準
社外取締役及び社外監査役が過半数を占める評価委員会が、当社グループの持続的成長と中期的な企業価値の向上のために著しい貢献を期待できる当社グループの役職員等を選出し、当該役職員等の対象アクションをふまえた今後の貢献期待度に応じて、当社等の役職員等の評価を行うものとしております。
一方、第3回から第5回までは業績条件はないものの、ベスティング期間が定められており中長期的な価値貢献を期待することを前提に付与されるものとなっております。
4 おわりに
企業の方針やフェーズによってSOの条件設定は異なっており、「このフェーズのスタートアップならこの条件が正解」というものが存在していません。また、成功事例も公に公開されているものは少ないと思います。
一方で、株式を使った報酬制度が重要性を増し、同時に複雑化してきているため、スタートアップ経営者の方やSO設計に関わる方々で難しい情報を理解しなくてはなりません。
目論見書分析noteでは、これからもスタートアップ企業に関わる多くの方々へ、SOや資本政策をわかりやすく理解していただくための情報発信を継続していきます。
今回も、最後まで読んで頂きありがとうございました!