おじさんと私〜第3話〜
「直ちゃんの本気度、見せちゃってくれる?」
おじさんは続けた。
「お笑いの大先生が、直ちゃんがどんな人でお笑いに対してどこまで本気なのか知りたいんだって。良かれと思って直ちゃんの今までのバイト歴や職歴を伝えたら、色々やってきた人ってことは何一つ続けられなかった人ってことだからね、と言われちゃって。」
待て。私をいたずらに傷つけるのはよせ。
「先生は、直ちゃんが家庭や仕事を全て捨ててでもお笑い一本で絶対食べていくぞって気がないんじゃないか?と疑っているよ。」
先生、おじさんはピン芸人であることを家族に内緒にして早3年です。おじさんを疑うことが先じゃないでしょうか。
私は、良い機会だと思い確認を踏まえて以下の3点をしっかりとおじさんに伝えた。
①芸人さんのことは心から尊敬していること。
②しかし今回コンビを組んだのはおじさんの西野カナ愛にほだされた結果であり、私自身は人生において芸人を目指したことはただの一度もないこと。
③コンビを組むにあたり家庭や仕事を捨てるくらいの気合が必要なのであれば、現在の時刻をもってきくばやしは解散だということ。
おじさんは私の話を珍しく最後まで聞いたあと、1つだけいい?と口を開いた。
「万万万が一すごく売れちゃって、今よりかなりの額を稼げちゃったらどうするの?」
純粋そうな顔をしてなかなか下世話なおじさんである。
私もおじさんの真剣な問いに誠実に答えた。
その際は退職し、お笑い芸人として生きていく所存だと。
「じゃあ、直ちゃんは今のところ芸人として生きていく気は0だけど、稼げるなら芸人として生きていくこともやぶさかではないと思っているようですって先生に伝えるね!!」
電話が切れた。
これが伝言ゲームの恐ろしさである。
おじさん、①はどこへ行った。どうして①を伝えないのか。絶対にセットで伝えなくてはいけない項目である。
数分後、再びおじさんから電話が入った。
どうやら先生は出かけていて電話が難しい状況とのこと。
安心したのもつかの間、
「だから、直ちゃんからメールしてだって。」
おじさんに促され、私はメールの文章を作成した。
色々悩んだ結果、以下のようにまとまった。
【はじめまして。小林と申します。私はお笑い芸人を目指したことはございません。しかし、おじさんを西野カナに会わせてあげたいという気持ちは本物です。今後ともよろしくお願い申し上げます。】
何をよろしくすればよいのか先生もさぞ困ったことと思う。
しかし思いのほか返事はすぐに返ってきた。
「小林さんの気持ち、伝わりました。続きはネタ見せで。」
伝わったらしい。
そして、おじさんからも再び連絡が来た。
「先生が一度ネタを見てくれるそうだよ!」
興奮状態のおじさんは続ける。
「いい?その大先生に認められることが僕たちの第一関門だよ。その先生に認められなかったら僕たちは先に進めないよ。その先生は…」
あまりにも先生に陶酔しているおじさんに何故か苛立った私は、コンビ結成後初めておじさんに対して声を荒げてしまった。
「おじさん、ちょっと待ってください。おじさんのゴールはどこですか?有名になって西野カナに会うことじゃないんですか?その為に M-1を本気で目指しているんじゃないんですか?」
私はたたみかけた。
先生の【何一つ続けられなかった人】発言が後押しし、必要以上に熱が入ったことは確かだ。
「その先生に認められなかったら芸人やめるんですか?その先生がなんだっていうんですか?おじさん、ゴールを履き違えちゃいませんか!?」
おじさんが、鼻をスンスンさせている。
まずいと思った時には遅かった。
私自身はおじさんに対して第三者的な目線で言っているのに、我々がコンビを組んでしまっていることにより
「おじさん(=我々きくばやし)のゴールって、そんなもんじゃないですよね!?おじさん(=我々きくばやし)の想いってそんなもんだったんですか!?がっかりですよ!」
みたいなニュアンスで伝わってしまっているではないか。
そう、根が純粋なおじさんは若干感動しているのだ。
「直ちゃん、ありがとう。直ちゃんの気持ちは伝わったよ。でもまずは先生へのネタ見せだね!」
伝わっていない。
そして数分後、おじさんの最新ツイートが流れてきた。
「きくばやし、コンビ初ライブが決定!!」
なぜか初ライブ決定。
もちろん芸人側が自分でお金を払って出るタイプのライブだ。
10代を中心とするキラキラした若手芸人の中に、60歳と34歳の男女が潜り込む辛さが想像できるだろうか。
この夜、自分の未来を案じた私はコンビを組んで以来初めて涙を流した。
そして覚悟を決めなくてはいけないと思った私は、おじさんとコンビを組むきっかけとなった、流山市でシェアオフィスTristを運営する尾崎氏にコンビを組んだこと、そしてライブに出ることを伝えた。
尾崎氏は「へぇ!そのライブ、誰が見に来るの?」とまっすぐな瞳で聞いてきた。
悪気のない芯を食った質問が人に与えるダメージは大きい。
次回「初舞台と冷たいおじさん」に続く。