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おじさんと私~第5話〜

【ライトに照らされて盛大に怒られるおじさんと私 】

30代半ばにして、人前であんなに怒られたのは初めてだ。
しかし同じく隣で怒られている御年60歳のおじさんはどうやら慣れていそうだ。

本日は我々中年コンビ「きくばやし」がライトの下、盛大に怒られた話をお届けしたいと思う。

その日はおじさんが大興奮して私に報告してきた、大先生へのネタ見せの日だった。
大先生が取り仕切る若手芸人ライブの日で、なんとライブ前の空き時間にきくばやしのネタを見ていただけるとのことなのだ。

私が会場に到着すると、すでに2時間かけてフルメイクと着替えを終えヅラを装着したおじさんが緊張した面持ちで立っていた。

「ネタ見せって、本番さながらの準備をして臨むんですね!」とド素人の私が言ったところ、
ハンッと鼻で笑っておじさんは言った。

「基本中の基本!そんなこと言ってたら先生に怒られるよ!」

暗がりのライブハウスの中、端っこの方で足を組んでパイプ椅子に座っている難しい顔をした男性がいる。
そう、大先生だ。

おじさんが珍しくピシッと立ち低い声で挨拶をする。
「先生!!きくばやしです!今日はよろしくお願いしゃす!」

「おぅ・・・何?菊池さんわざわざ着替えたん?」
「はい!」

大先生は言う。
「前から言おうと思ってたんやけど、ネタ見せなんやから別に着替えんくてもええと思うで。」
「・・・はい!」

おじさんをじっと見つめたが、おじさんは決して私を見ようとはしなかった。

「なら、始めて。」

心の準備はできていない。
何故なら異色な我々中年コンビを10代~20代前半くらいの若者が20名程で見ているのだ。
好奇の目でもなければ好意的な目でもない。
「見せしめ」という言葉が頭に浮かぶ。

おじさん 「お願いしゃす!」

さっきから何なんだソレは。

コンビというのはどうやらこんな些細なところまで気になってくるものらしい。

とにかく今は黙々とネタを見せるのみ。
照明さんのご厚情によりまばゆいばかりの白いライトを当ててもらい我々は登場した。

「どーもー!きくばやしです!」
「よろしくねぇ~」

大先生と目が合う。体を斜めにし、肘をつきながら射るような眼差しで我々を見つめている。

おじさんが渾身のギャグを披露する。
「パパパパーン♪パパパパーン♪…フランスパン!」

客席にいる若者達の「ゴク・・・ッ」と息を飲み込む音が聞こえたような気がした。
大先生にいたっては、心底軽蔑したような表情を浮かべていた。
その時の私はきっと死んだような目をしていたと思う。

なんとかネタを終え下がろうとした時、大先生が口を開いた。
「あのさぁ・・・悪いんだけどね、ハッキリ言ってあなた方のは趣味なんですよ!」
「舞台に毎日毎日立って本気で芸人目指してるこいつらと同じ様にはどうしたってできないわけよ。」
「それに、いっっちばんやっちゃいけないことしてるわけ。なんだか分かる!?」

きくばやしを結成したことでしょうか。

いや、本当に仰る通りです。本当に馬鹿にしているつもりはないんです。ごめんなさい。
・・・ただ、ライトだけは、ライトだけはもう消していただけないでしょうか。
しかもこのライト、怒られてる方の人間を照らすシステムだ(手動)。

「菊池さんさぁ、なんだったらおじさんの姿で出てきた方がいいと思うよ!?その方がいいよもう。どうしても化粧してミニスカート履かなきゃいけないわけ?」

ライトはおじさんを照らす。

ちなみに、先生は厳しい顔をしていたが言っていることはごもっともで、実は愛情にあふれている方なんだなと感じた。(←まかり間違って大先生がこの記事を読んだ時のことを想定してしまっている私だ。)

先生はため息交じりに言う。
「おじさんの姿でやってみたら?それで趣味の範囲で二人で楽しむなら構わないと僕は思いますけどね。」

ライトはご丁寧に2人を照らし始める。

先生、お言葉ですが、無目的におじさんと戯れて漫才するほどには、私はまだおじさんを好きになれてはいないのです。

先生の迫力と説得力のあるお説教は続く。

そっとおじさんを覗き込むと、おじさんはスーパーで売られている凍ったサンマみたいな目をして立っていた。
おじさん・・・普段は社員10万人の大企業の部長なのに・・・。
よくもまぁそんな女装姿で若者の前で怒られて・・・。
目頭が熱くなる。

まぁ先生に怒られるのは至極最もだとして、照明さんよ・・・。アンタ鬼だよ。
これ以上死んだ目をした30代半ばの私と、凍ったサンマの目をした還暦のおじさんを交互に、時に同時に照らすのは非情ってもんである。
先生もファイルを盾にそんなに眩しそうに我々を見ているのなら、ライトを消す指示を出したらどうか。

一方若手芸人は、お笑いのライブハウスが一瞬拘留所に思えたほどに無の表情で我々を見ている。

先生  「そして小林さん、あなた本当に大丈夫なんですか?」
直子  「はぁ・・・大丈夫かと聞かれると・・・」
おじさん「あのさ、大丈夫か大丈夫じゃないかハキハキ答えよう?先生もお忙しい方なんだから。」
直子  「大丈夫です。」

ちくしょう、おじさんめ。 そしておじさんの圧に屈した私のバカ。

先生  「旦那さんやお子さんは何て言ってるの?」
おじさん「彼女の旦那さんや2人のお子さんは大変協力的であります。」

私に聞いている。

先生  「菊池さんさ、今のあなた方の何が悪かったか分かってる!?」
おじさん「パパパパーンのリズムや音程がいまいちでした。気分はノッていたんですが。」
先生  「それ本気で言ってんの?」
おじさん「あとは相方が“きくばやしです”というタイミングが早かったと思います」
先生 「…2人でよく話し合うことやな」

おじさんの発言はさておき、やっと舞台を降りれると思ったが照明さんが去りゆくきくばやしの背中を追うように照らす。 どこまでも親切な照明さんだ。

舞台を降りた後もまだなお照らされながらおじさんは言った。
「激おこだったねー!でも、一歩前進だね!」

そして、おもむろに私にマッキーを渡し、著名な芸人さん達がサインを書き連ねている楽屋の壁に私にも名前を書くように促してきた。
おじさんのサインはすでにコウメ太夫とバイキングの隣に書かれている。

「何て書いたら良いのか分からないので、大丈夫です。」
「小林直子、だよ。」
「恐れ多いので大丈夫です。」
「え!?コウメさんだって書いているんだよ!?」

そこは「僕だって書いているんだよ!?」だと思う。

押し問答を繰り返し、何とかそれだけは許してもらえた。

解散後、ライブに出ている芸人さんのファンなのか
「この楽屋から出てきましたよね?もしかして芸人さんですか?」と見知らぬ若者に声をかけられた。
「ちょっと違いますね」
とっさに否定してしまった自分の覚悟の甘さを恥じた。
「どうやってここに入れたんですか?」
「ちょっとコネのようなもので・・・」
「え、誰のか聞いてもいいですか?芸人さんに知り合いがいるなんて羨ましいです」
「菊池カナって人です・・・」
「・・・へぇー・・・」

羨ましくなかったようだ。

明日はM-1の予選である。
明日が終えたら、おじさんに提案したいと思う。
社員10万人の自社のイメージキャラクターやイメージソング等に復帰した西野カナを起用し、イベントなどを通して会うのはいかがだろうかと。

そして以下の写真は私の夫が撮ったおじさんと私のリアルな写真だ。
今までは全ておじさんが撮り送ってくれた写真だったのだが、こちらは今までの写真の加工技術の素晴らしさを物語る一枚だろう。

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