おじさんと私~第7話~
【終わらないおじさんと私】
M-1も予選敗退となり、一段落したきくばやし。
驚くなかれ、M-1後も解散したい私と解散したくないおじさんの戦いは密かに続いている。
つい最近行われたM-1の打ち上げの際にも解散話はチラついた。
私 「夫も忙しい部署に異動し、今までのように協力を仰ぐことが難しくなりました。今後はライブも難しいです・・・」
おじさん 「だよね。直ちゃんの旦那さん今まで本当によく協力してくれたよね。でもさ、なんで牛モツってスーパーに売っていないんだと思う?」
私 「売ってないんですか?知りませんでした。・・・それに、我々のネタを生で見た流山の友人からは、きくばやしの漫才は小学生がやった方がまだ面白く仕上がる可能性があると言われています。」
おじさん 「え、それってやばみー!あ、ちょっとごめんね、その前にさ、トイレの扉には飲み放題1800円と書いてあったのに、このメニュー表には飲み放題にビールを入れるならプラス500円と書いてあるよ。気づいてた?詐欺なのかな?」
私 「気づいてませんでした。詐欺はダメですよね。犯罪はやっぱりダメだと思います。・・・で、私とコンビを組んでいる間はカナさんはコンビとしてライブにも頻繁に出れず、コンビとしての経験を積むことも出来ず、カナさんが目指すM-1優勝は難しいと思うんです。ご存じの通り、私のやる気の問題もかなり大きくあります。」
おじさん 「・・・え、ちょっと待って。・・・ねぇ!まさかだけど、プラス500円て、ビール一杯に対してプラス500円てこたぁないよね?新手の詐欺なのかな?」
私 「違うと思います。・・・それでですね、きくばやしは解散して、カナさんはM-1優勝という目標に向かって新たにコンビを組んでバンバン練習した方がいいと思うんです。私と組んでいる間、カナさんの時間がもったいないと思うんです。そしてそもそも我々は笑いのツボが決定的に違うなぁという思いもあり・・・」
おじさん 「あ、それは大丈夫!カナと組みたい人は今のところ誰ひとりいないし、カナも直ちゃん以上に自分から組みたいと思える人と出会っていないから!カナと組みたい、カナもこの人と組みたい!という人が出てきたらちゃんと言わせていただきます。そして笑いのツボについては悲しいって感じかな。それで、今度はカナがちょっと話してもいい?」
私 「あ、はい。もちろんです。どうぞ。」
おじさん 「飲み放題を頼むなら1人2品は注文しろって書いてあるけどさ、刺身の盛り合わせ2人前ともつ鍋2人前を頼んだら1人2品てことになるのかな?どう思う?」
居酒屋のシステムが気になってしょうがないおじさんは、解散話が全く頭に入ってこない様子だ。
結局、まずはとにかくお疲れ様、の乾杯から始まり、お互いに相手への質問は一切せずに自分の興味のある話のみを順番に淡々と話す、というニュータイプの打ち上げが粛々と執り行われた。
そして会計時、合計6,000円だったので3,000円をおじさんに渡したところ
「いや直ちゃん、今日は本当に3,000円で大丈夫ですから。」
と、これ以上は受け取りませんよ、とばかりにそそくさと3,000円を財布にしまい、紳士的な笑みを浮かべるおじさん。
当たり前である。
やはり解散の二文字が頭をよぎりながらもこの日はこれ以上の追求ができずに、最終的には「楽しく生きていきましょう」という言葉でこの会は締められ、互いに一礼をして帰路についた。
かつてないほど酔っていない自分がそこにいた。
そして後日、新たな事件は起きたのだ。
【社会人漫才大会へのエントリー完了のお知らせ】
というエントリー完了画面のスクリーンショットがおじさんから送られてきたのだ。
練習する時間は取れないということを伝えたところ、幸か不幸か動画での審査も可能とのこと。
一日だけ会い、M-1でやったネタを少しいじってぶっつけ本番で動画を撮ろうということになった。
そして約束した日に待ち合わせ場所へ向かうと、当たり前だが女装したおじさんが手をヒラヒラと振って待っていた。
「今日だけはカナについてきてねぇ!ついてきてくれるならどんどんいっちゃうわよー!」
張り切るおじさん。
今日だけは、も何も、このコンビを私が牽引したことは一度だってない。
それに私がついていっているかいないかに関わらず、おじさんは常にどんどんいっちゃっている。
ちゃちゃっと終えたい私とは反対に、おじさんからは厳しい指導が入る。
おじさんお得意のギャグの一つに、
「ディーブイディー」をあえて「デーブイデー」と発音する、というものがあるのだが、なんとおじさんはそこに切れ味鋭いツッコミを求めているのだ。
過去に何度も
「えっと、めちゃくちゃつまらないですよ」
と伝えてきたのだが、おじさんはこれだけは譲れないという。
にわかには信じがたいことに、おじさん曰くピンの時はこのギャグで地面が揺れるほどの笑いが起こるのだそうだ。
協議の結果、M-1の時に限り100歩譲って私が
「うん?ディーブイディーね!」
とツッコむことに落ち着いた。
おじさんは念願のこのやり取りをM-1予選で披露し、地面が揺れるどころか人の気配も感じられないほど会場を静まり返らせただけでは飽き足らず、今度は社会人漫才に挑むにあたりこのツッコミに細かな注文を入れてきたのだ。
おじさんから送られてきた二度見を禁じ得ないツッコミの指導はこちらだ。
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カナ 「デーブイデー!」
直ちゃん 「えっっ!!?い、今何て言いました!?デデデ、デーブイデー!?(ここで頭を抱えて考え込んでください)・・・いやいやいやいや!!(手と顔をできる限りの可動域でぶんぶんと振ってください)ディーブイディーですからぁぁ!!(観客の方を向き、一歩前に片足を踏み出し、手のひらを観客の方にSTOP☆みたいな感じで向けてください。※ここで大爆笑 )」
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何がSTOP☆みたいな感じで、なのか。
お笑いに関してズブの素人である私にも1つだけ確信できることがあるとすれば、ここで大爆笑は起きないということだ。
勘の良い方はおじさんの陰謀に薄々お気づきなのではないだろうか。
そう、彼は私を昔一斉風靡したギター侍こと波田陽区の女ver.に仕立て上げようとしているのだ!
恐ろしいことに、M-1予選の大きな敗因は、私がギター侍がごとくおじさんのギャグを斬り捨てなかったことにあると彼は考えているのだ。
出来ない。
どうしても、出来ない…!
私には大切な家族がいる。
波田陽区か否か。
そこのラインだけは絶対に守りたい。
せめてさらっとツッコませて欲しい。
つまらないことを繰り返して強調したところで、結局はつまらないのだということを懇切丁寧に私が伝えると
「 Ex)千鳥 」
という返信が来た。
床に額をつけて謝るべき案件だと思う。
「ネタはカナの好きにやらせてもらってるから、ツッコミは直ちゃんの好きなように思い切りやっちゃって!」
というおじさんの思いを素直に受け取り、行動にうつすことにした。
その画像がこちらだ。
とにかく、引き際を逃したおじさんと私はまずは社会人漫才まで関係を続けることとなった。
長くなったが、私からの現状報告は以上である。
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