「最後まで行く」 藤井道人監督 見方によって悲劇にも喜劇にも見えるって話
「新聞記者」で日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。「余命10年」は興行収入30億円突破の大ヒットを記録。現在の日本映画界を牽引する存在となった藤井道人。今最もその新作が待望される映画監督の一人だろう。かく言う筆者も、「ヤクザと家族 The Family」でこの監督に心を掴まれた一人で、今回の新作も公開を待ちわびていた。
そして、ようやく鑑賞の機会を得た。一言で言って、これは今までの日本映画の枠組みを大きく超えた、極上のノンストップ・エンターテイメントであった。
前日に、今作のオリジナルである韓国映画キム・ソンフン監督の「最後まで行く」を鑑賞していたので、無意識的に両者を比べながら観てしまった。
2014年公開のキム監督の「最後まで行く」は、キム監督のキャリアの黎明期に制作された。そのためか、おそらく予算的にもそこまで潤沢ではなかったと推察される。しかし、それでも少ない資金で、アイディアと技術によってこの韓国映画は凄まじい破壊力を持ったサスペンススリラーエンターテイメントに仕上がっている。
そして、今回藤井道人という現在の日本映画界をリードするクリエイターのもと、日本リメイク版が制作された。
主演は人気、実力、興行力の三拍子揃った日本を代表する映画俳優、岡田准一。
そして、藤井監督の「ヤクザと家族 The Family」での好演が記憶に新しい綾野剛が共演。
このトリオと、韓国映画界が誇る最上の名作が合わさるわけだ。
これはもう失敗するわけがない最高の組み合わせと言えるだろう。
ストーリーは当然オリジナルをベースとしているものの、一つ一つのエピソードが巧みに強化され、それぞれ登場人物の思惑が交錯し、工藤と矢崎が最悪の運命に追い詰められていく様がスピード感と張りつめた緊張感を持って展開されていく。
そして、もう一つ特徴としてあげたいのが、物語序盤に入るクスッと笑えるコメディー的な要素だ。
このほんの少しの笑いの挿入が、見方によってこの物語を二つの色に染め上げている。
一つは、二人の警官が最低の年の瀬を迎えることになる悲劇の物語として。
もう一つは、一見悲劇的な運命に見える物語も、一滴の笑いを垂らすことで、たちまちこの物語が喜劇的な様相も呈してくるということだ。
現実の世界で悲劇と喜劇が混同してしまうなんてことはあまり起こり得ない。
しかし、これが物語の、映画の魔力というもので、ある見方をすれば悲劇に見えるし、異なる見方によっては喜劇にもなりうるのだ。
悲劇と喜劇は表裏一体である。これは物語だからこそ浮かび上がる一つの真実である。
この悲劇と喜劇の一体感を生み出している要因は他にもある。
主人公の悪徳警官工藤を演じた岡田准一の役作りも、一つの要因になりうる。
オリジナル版韓国映画「最後まで行く」で主役を演じたイ・ソンギュンは、同じく裏金工作に走る悪徳刑事であり、彼もまた最悪な人生へと突き落とされていく。
しかし、イ・ソンギュンが演じた主人公コ・ゴンス刑事は、言葉は確かに少々乱暴ではあるが、乗っている車は綺麗で新しく、オシャレで瀟洒なマンションに住んでいる。彼はどこかスマートで都会的な清潔感が感じられるのだ。
しかし、本作日本版「最後まで行く」の主人公、岡田准一演じる工藤は言葉や言動は乱雑で、粗野で荒々しい印象を与える。車も明らかに中古という雰囲気。私生活も妻に捨てられ、娘とも離れて暮らしている。一人暮らしの住まいは汚く荒れ放題。どこまで行ってもクズ。そんなイメージさえ抱いてしまうほど、乱暴さが目立つ。
そんな彼が、次々と最悪な運命に翻弄され、追い詰められていく様は、さながら滑稽にさえ映る。
ヤクザのボスや警察上層部、国家、政治家らの陰謀に巻き込まれていく工藤や矢崎の運命は悲劇であると同時に、「どうせ最悪な運命なら最後まで行ってしまえ!」という喜劇を内包した物語なのである。
工藤刑事の乱雑さを強調した描き方や警察上層部と政治家に翻弄される矢崎、さらにはこの事件の黒幕とも言える柄本明演じるヤクザのボスの登場。
韓国版よりも、登場人物たちにより太いエピソードを付け足しつつ、ノンストップでサスペンスな展開を繰り広げる本作は、私の中ではオリジナルを凌駕していると感じる。
ハリウッド顔負けの圧巻の映画がここに誕生した。
是非ともこれは劇場で体感すべきエンターテインメントである。