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Cultivation Talk#3 「エコディストリクトに学ぶ環境志向まちづくり」実施レポート
💡Cultivation Talkとは?
まちに関わる様々な実践者やクリエイターたちによるトークイベント・ワークショップを通して、これからの暮らしを考える上での知識やインスピレーションを学びあい、分野横断でのつながりを深めていく「Cultivation Talk」の第3弾を開催しました。
今回のテーマは「エコディストリクトに学ぶ環境志向まちづくり」。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻教授の村山顕人先生をお招きし、「エコディストリクト」に代表される環境志向まちづくりの考え方や名古屋市錦二丁目での実践についてお話しいただき、鍛冶町二丁目で展開していく環境視点でのアクションについてディスカッションする機会としました。
✍️watage実行委員会:右田 萌、サポーター:前山 倫子
○ 今求められる“環境志向”のまちづくり
《脱炭素社会の実現は世界的な目標》
「脱炭素」や「ゼロカーボン」という言葉を、皆さんも最近よく耳にするのではないでしょうか。地球温暖化の進行を受け、温室効果ガスの中でも特に排出量の多いCO2の排出を実質ゼロとするための取組みが世界的に活発になっています。日本では、国が2050年の脱炭素社会実現を目標に掲げ、自治体や企業でも脱炭素にむけた施策が実施されています。
watageが位置する千代田区でも、2021年の「千代田区気候非常事態宣言」にて、2050年までにCO2排出量実質ゼロを目指す「2050ゼロカーボンちよだ」が表明されました。同年に策定された「千代田区地球温暖化対策地域推進計画2021」では、地球温暖化の進行を止めるための取組みとして、区民ひとりひとり・個別建物ごと・面的な広がりをもった地区といった各スケールでの指針が示されています。これからは、それら指針を受けて具体的なアクションを考えて実行していく段階です。住民や企業、再開発事業者などまちにかかわる主体それぞれが、脱炭素化という目標のもと、環境志向のまちづくりのために何ができるかを考えていくことが求められています。
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《鍛冶町二丁目での環境志向まちづくりの種》
鍛冶町二丁目では、2018年に「鍛冶町二丁目まちづくりを考える会(以下、考える会)」を立ち上げ、まちづくり基本構想やまちづくりガイドライン等を作成してきました。「若い人からお年寄りまで 住み・働き・集う 粋で洒落たまち」という将来像を具体化するためのプロジェクトにも取り組んでいます。
これからのまちの姿を考えるうえで、鍛冶町二丁目でも“環境”の視点は欠かせません。2022年に「考える会」が実施した上白壁橋通りでの道路空間活用実験では、空間づくりに緑を取り入れると共に、鉢植えを住民の皆さんと一緒に製作し、実験後には鉢植えを店先などに置いてもらうことで、緑化を促進するプログラムを実施しました。「考える会」以外にも、町会で継続実施しているまちの一斉清掃や、旧今川中学校でブドウを育ててワインを作るコミュニティ「神田de和飲」、神田界隈で藍の苗を育てて藍染めを行うコミュニティ「神田藍の会」など、たくさんの環境志向まちづくりの種となる活動が起こっています。これらの個別の活動をまち全体の動きへつなげていくために、鍛冶町二丁目ではどのようなステップを歩めば良いか、本イベントを通して探っていきました。
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○ 村山顕人先生からゲストトーク
《村山先生のバックグラウンドと環境志向まちづくりへの関心》
東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻の村山顕人先生は東京大学気候と社会連携研究機構を兼務し、都市計画分野における気候変動の緩和・適応策について研究をされています。2006年から2014年にかけて所属していた名古屋大学では、都市計画や建築の専攻が環境学研究科に組み込まれており、そこで「都市計画という自身の専門分野がどのように環境に貢献できるか」を考え続けた経験が今に活きているそうです。この名古屋大学の在籍中から、今回お話頂いた名古屋市錦二丁目のまちづくりとの関わりが続いています。
趣味は自転車に乗ること、日頃からなるべく自家用車を使わない生活を実践されています。
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《自然環境を都市の中に取り戻す 「エコディストリクト」 とは?》
今回のテーマである「エコディストリクト」の発祥地であるアメリカのポートランドは、いち早く気候変動対策に取り組んできたまちです。気候変動をはじめとする様々なグローバルリスクへの対策として、ポートランドは2012年に「We Build Green Cities」という方針を打ち出しました。これまで自然環境を破壊して都市を作ってきた反省から、自然環境を都市に取り戻すことが掲げられています。その鍵となる取組みが、地区全体としての環境性能を高めるエコディストリクトです。また、この方針に基づく活動を行政に頼らずコミュニティで進めていく方向性が示されていることも特徴です。
(参考)Portland: We Build Green Cities, Vimeo
https://vimeo.com/webuildgreencities/pdx
エコディストリクトのモデルの一つであるパール・ディストリクトは、産業の移転による空洞化が課題となっていた地区です。地区を複合市街地へ再生するにあたり、路面電車を導入し、新築建物は省エネ性能の良いものを基本とし、既存建物のリノベーションを推進するなど、環境負荷低減に貢献する取り組みが行われました。また、屋上緑化や貯水池を活用し雨水をマネジメントすることで、降った雨を一滴もそのまま外に流さないというような、地区単位での環境システムも実装されています。個別の建物だけではできないことを、地区全体で周りと協力して実現していくのがエコディストリクトの特徴です。
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《共通言語により世界に展開する「エコディストリクト」》
エコディストリクトの考え方や枠組みは、既成市街地の再生に取り組む地域が取り組みやすいように「ECODISTRICTS PROTOCOL」として公開されています。まずは組織化し、方針を定め、資金確保し、実践するという、日本のまちづくりと近いプロセスが示されていますが、環境志向であることが特徴です。エコディストリクトはロブ・ベネット氏がポートランド市役所勤務時代から立ち上げた取り組みでしたが、後にポートランド市を辞めて2013年に非営利団体「EcoDistricts」を設立。そして示されたのが全世界に公開されている「プロトコル」です。どんな都市でも適用できるように、そのプロセスや原則が共通言語として分かりやすく体系化され、それに則ってまちづくりを実行し、基準を満たせば認証を受けることができます。
「プロトコル」は3つの原則、6つの優先事項、3つの実現段階というコアエリアで構成されています。特に、必ず守るべき ①社会的公正 ②レジリエンス ③気候保護 の3つの原則はエコディストリクトの基本的な考え方を象徴しています。
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なお、「Eco Districts」はコロナ禍を経て2023年に「Just Communities」と名称を変え、社会的側面を充実させた取組みへと発展させています。
(参考)Partnership for Southern Equity : JUST COMMUNITIES THE PROTOCOL
《錦二丁目のまちづくりとの関わり》
ここまで紹介してきたエコディストリクトの枠組みを応用してきたのが名古屋市錦二丁目のまちづくりです。
錦二丁目はもともと名古屋城の城下町であり、近代以降も繊維問屋街として栄えてきました。時代の変化により徐々に問屋が減っていく一方で、繊維問屋街としての錦二丁目を知ってもらうための「えびす祭り」を開催したり、自分の所有する問屋ビルをリノベーションし貸し出す事業をまちの人が始めたりと、少しずつおもしろい動きも起こりつつありました。名古屋大学に在籍していた村山先生が錦二丁目を訪れそのような動きについてお話を聴いた際、個別の取組をより効果的にするためにはまちづくり連絡協議会としてまちの構想や計画をつくるのが良いのでは、と提案をしたことから、地域の方と一緒にまちづくりに取り組むことになったそうです。
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《錦二丁目でのまちづくりのプロセス》
エコディストリクトのプロトコルでは、既成市街地のまちづくりにおいて、その地域に関わる人々の「組織化」が重要なファーストステップだと述べられています。
錦二丁目でもまずはまちづくり連絡協議会の設立という「組織化」からスタートしていました。それまでも町内会や産業組合は存在していましたが、それらの団体とは異なる形で人を集め、まちづくり連絡協議会が発足されていたのでした。その中にまちの構想を策定するための会議が設置されました。組織づくりや、まちの構想につなげるための素材集めを始め、1年目に「まちづくり構想」の計画案を作成しました。2年目には実際に具体的なアクションを実践しつつ、計画案への意見を集め、3年目には実施してきたアクションを空間に落とし込み、これまで集めた意見から対立点を整理、それを解消できるように計画案を更新し、2011年にまちづくり構想が完成しました。
まちづくり構想では「にぎわい元気経済」「くらし安心居住」「つながり共生文化」の3つの方針を掲げています。これらはエコディストリクトの3つの原則や6つの優先事項を踏まえ、その基本的な考え方を踏襲しつつ、サスティナビリティのための「経済」「社会」「環境」の要素をより錦二丁目に即した分かりやすい形で表現しています。
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《公共空間で木材を使う試み「都市の木質化プロジェクト」》
まちづくり構想の作成と並行して実践したプロジェクトの一つである「都市の木質化プロジェクト」は、切り出した樹木の使い道として公共空間での活用を相談されたことがきっかけで始まりました。愛知県には多くの人工林が存在し、森林環境を良好に保つにはそれらを適度に伐採する必要がありました。
村山先生は、当時日本では話題に上がっていなかったパークレット(路上駐車帯を活用した滞在空間等の暫定整備)のチャレンジを通して木材を活用することを検討しましたが、道路空間にベンチを設置するには許可を得ることが難しく、民地でのイベントからスタートしたそうです。その後、まちの方からの意向もあり、新たな置き場所として歩道沿いの名古屋センタービルの敷地内に継続して設置することが決まりました。この木製ベンチは環境負荷を考慮し、熱乾燥や薬品処理をしていない無垢の材で制作しました。収縮・劣化してベンチの役目を終えたものは表面を削り内装材等に活用され、ベンチとしてはこれまで3回ほど作り直し、現在まで約10年間、地域の人々に活用されています。
当初は難しかった道路空間での木製ベンチ設置ですが、その後名古屋市によって策定された「名古屋市交通まちづくりプラン」では木材が活用された新たな道路空間のイメージが位置づけられ、ウッドテラスを用いた歩道拡幅の社会実験につながっていきました。
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《まちづくり構想の内容を反映した再開発の実現》
錦二丁目のまちづくりについてリサーチをする中で歴史資料を紐解いていくと、約100m角の街区ごとに「会所」と呼ばれる中央の空地と、そこにアクセスする「路地」が設けられ、地域共有のオープンスペースとしての役割を果たしていたことが分かりました。
現在の錦二丁目にはオープンスペースが少なく、住民やオフィスワーカーが憩える場所がないという課題がありました。そこで、こういった歴史的な空間構成を活かし、まちづくり構想に「<再開発型>による『会所と路地』実現」という提案を盛り込みました。地域の地権者・事業者によって作成されるまちづくり構想は法的な拘束力はありませんが、地区内で再開発の検討が始まった際には名古屋市の後押しもあって、『会所と路地』の空間創出が都市計画法の元に策定される地区計画に位置付けられます。こうして再開発建物の建設には『会所と路地』の空間を創出することが必須となり、錦二丁目7番地区の再開発事業では、街区中央の広場とそこにアクセスする路地が整備されました。
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《持続可能な組織づくり》
2004年に発足し、まちづくり構想の策定や「都市の木質化プロジェクト」を実施してきた錦二丁目まちづくり協議会ですが、運営資金の課題と、計画組織であるため事業主体になりにくいという課題がありました。そこで、自主事業により収益を得ることができるまちづくり会社を設立。再開発ビルの床を取得し、テナント収入、カフェ運営、貸しスペースなどの事業を行っています。資産による安定収入から持続的にまちづくりに取り組む大変参考になるモデルです。2020年には、国土交通省の官民連携まちなか再生推進事業に基づき「錦二丁目エリアプラットフォーム」が設立され、民間企業や行政、大学などをメンバーに迎え、地域の人々だけではなく多様な背景をもった主体が関わりながら、錦二丁目のまちの課題を解決する「リビングラボ」として機能させています。
直近では、「気候変動×都市デザイン」として環境実測や気候変動適応策の検討を行ったり、「長島町通りリニューアル社会実験」として両側通行の道路を一方通行にし、自転車レーンと憩いのスペースを設けるという実験を行ったりしました。
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《地球環境への視点を取り入れた価値創造型のまちづくりへ》
錦二丁目での実践のように、エコディストリクトは世界に公開されているプロトコルを参考に、その地域に合わせてカスタマイズしながら応用することができます。プランニングの際に地域の関係者の合意形成を重視するなど、日本の各地で行われてきた参加型まちづくりの手法と共通する部分もあり、親和性の高い考え方です。
これまで日本のまちづくりでは、主に交通や防災といった課題の解決に焦点が当てられていました。課題解決のための都市整備がある程度充実してきたこれからは、エコディストリクトを参考に、環境志向といった新たな視点を取り入れ、世界的な課題を視野に入れた価値創造型のまちづくりを目指すべきではないかと村山先生は考えています。
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○ ディスカッション
千代田区 / 鍛冶町二丁目に求められるこれからの環境志向まちづくり
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《環境への意識を高めるきっかけ》
(右田)日本では環境のためという入口ではなく、その地域の課題からまちづくりにつながることが多いように思います。錦二丁目の皆さんはどのように環境への意識を高めていったのでしょうか?
(村山)錦二丁目の皆さんも繊維問屋街としての経済再生への関心がメインで、初めから環境志向のまちづくりをしようという声があった訳ではありませんでした。環境関係の専門家の話を聴いたり、実際のアクションに取り組んだりする中で関心が高まっていった感じですね。
「都市の木質化プロジェクト」ではアスファルトだけではなくウッドデッキなど木材によってできた公共空間を体験してもらって、環境志向のまちで過ごす居心地の良さを実感してもらえました。まちで使う木材を調達するための森に錦二丁目の関係者が見に行くようなこともしています。
カーボンニュートラルなどある程度知識を学ぶ必要があるテーマについては、「スパイラルアップ勉強会」という専門家を呼んでのレクチャーを開催しました。地域には事業を営む人が多いので、環境へ貢献すると地域としての資産価値が上がることや、世界的にESG投資が求められていることなどビジネスとの相乗効果があることを理解してもらい、環境への関心につなげていきました。私自身は経営者の視点で話すことが難しかったのですが、環境への取組の必要性を感じた地域の経営者の方が、ビジネス視点の言葉で他の皆さんに伝えていってくださるようになり、地域で環境への関心が広がっていきましたね。
《神田・日本橋をエリアとしたカーボンニュートラルウェルビーイングラボ》
(右田)「都市の木質化プロジェクト」のように日常に溶け込ませるやり方と、経営者としての環境志向の考え方を関係者にシェアして広めていくやり方の両軸で進めていくことが重要だったのですね。神田・日本橋界隈で取組まれている「(一社)カーボンニュートラルウェルビーイングラボ」も近い考えで活動されているのでしょうか?
(村山)そうですね。カーボンニュートラルやウェルビーイングに貢献していないと取引が制限されるなど、経営者にとっては環境志向への転換は喫緊の課題です。中小企業では環境の専門家を自分たちで雇用することが難しいので、みんなで協力して取り組もうという趣旨で2023年に設立されたのが「(一社)カーボンニュートラルウェルビーイングラボ」です。神田・日本橋エリアの中小企業やビルオーナーの方々が参加し、情報発信や勉強会を行っています。個人や各企業単位でできる「自助」、行政が主導する「公助」に加えて、地域や企業間で協働して取り組む「共助」が、環境志向のまちづくりにも必要だと考えています。
(右田)鍛冶町二丁目でも周囲の企業の皆さんと連携してまちづくりを進めていきたいですね。
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《会場からの質問と回答》
(Q1)エコディストリクトは地方都市でも実現できるのでしょうか?名古屋近郊である錦二丁目のように人々が集積する都市での実現はイメージできたのですが…。
(村山)エコディストリクトの枠組みはどんな都市でも実現可能で、むしろ地方都市の方がポテンシャルがあると思います。例えば太陽光発電などの自然エネルギーの活用では、人口密度の低い中小都市の方がカーボンニュートラルの達成のために有利です。ただ、確かにその太陽光発電の装置を設置するための投資を集めるのには大都市より難しい部分があるので、そういうときこそ国の制度でカバーできれば良いですね。
(Q2)鍛冶町二丁目では旧今川中学校の跡地の活用の検討をしています。環境志向という視点でどのような活用ができるかヒントを頂けますでしょうか。
(村山)学校跡地のようなまとまったオープンスペースは都心ではとても貴重ですよね。もともとが公共施設なので、環境志向の工夫を盛り込んだ周囲のお手本となるようなモデルが実現できるのかなと思いました。公共空間として開かれつつ、まちの皆さんの手作りで空間づくりができると環境への関心も高まって良いのではないでしょうか。
(右田)旧今川中学校の跡地は地域にとっても重要な場所で、イベントを開いたり避難訓練で活用したりしています。地域で考えているビジョンでは「防災と交流の拠点」としていますが、そこに「環境」の視点も加えていけるようこれからの使い方を考えていきたいですね。
○ 参加のまちづくりから“環境”を身近に
エコディストリクトに代表される環境志向まちづくりでは、「人間だけでなく地球環境を中心に」という新たな考え方への転換を第一に掲げていますが、村山先生のお話をお伺いするうちに、それを支えるプロセスはこれまで日本でも培われてきた参加・協働のまちづくりと思想を共有するものだと分かってきました。エコディストリクトの枠組みをカスタマイズして実践した錦二丁目でも、地域の様々な主体と協働できる体制をつくったり、構想づくりにおいてしっかりと話し合いを重ねたり、実験的な試みからより大きな動きへつなげたり…という、丁寧なプロセスによって環境志向まちづくりが展開してきました。watageで開催した今回のトークをきっかけに「環境」というテーマを身近なものとして感じられる機会をもっとつくっていきたいですね。今後も、既に鍛冶町二丁目周辺で起こっているアクションとも連携しながら、どんな環境志向のまちづくりが実践できるかを考えたいと思います。
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👫登壇者
○ゲスト:村山 顕人(むらやま あきと)
東京大学都市計画研究室 教授 / (一社)カーボンニュートラルウェルビーイングラボ 理事
○モデレーター:右田 萌(みぎためぐみ)(一社)アーバニスト 理事 / SharedVision
💪企画・運営
○主催:watage実行委員会
○協力:日鉄興和不動産株式会社
○企画・運営:watage実行委員会 右田 萌
○運営協力:前山 倫子、和田 健
○撮影:今井 里紗
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