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Cultivation Talk#2 「都心の微生物多様性とwatageでの仕掛け」実施レポート

💡Cultivation Talkとは?
まちに関わる様々な実践者やクリエイターたちによるトークイベント・ワークショップを行う企画「Cultivation Talk」の第二弾は、「都心の微生物多様性とwatageでの仕掛け」。watageの空間計画に際して内部空間と外部の植栽空間をデザインいただいた株式会社BIOTA 代表の伊藤光平さんをお招きし、BIOTAが取り組む都市・建築環境の微生物コミュニティの研究、建築・ランドスケープデザイン、素材開発などの空間創造事業についてお話を伺うと共に、watageでこれからチャレンジしていく微生物多様性を向上させて、都市を醸すアイデアをディスカッションする機会としました。
✍️ watage実行委員会 右田 萌


○なぜ“微”生物多様性に着目するのか?

《生物多様性保全の機運の高まり》
近年、世界の企業や金融機関の間で生物多様性保全の機運が高まっており、2023年3月生物多様性国家戦略2023-2030が策定されました。千代田区においても、2024年3月に策定された「ちよだ生物多様性推進プラン」では、区や事業者による取り組みの他、区民一人ひとりの環境に配慮したライフスタイルの選択が促されるなど、具体の行動計画が示されています。エリア別の将来像がまとめられており、日本橋川と神田川に挟まれ皇居や上野の緑にも近い、watageが位置するこの地域についても、屋上・壁面等の緑化促進や、まちづくり協議会等による「生物多様性の視点を踏まえたまちづくり」の推進が将来イメージとして示されました。

千代田区 ちよだ生物多様性推進プラン

《watageで取り組む微生物多様性》
 watageの外部には花壇があり、ワイルドで多種多様な植物たちが植えられています。内部の観葉植物も多様性を高めるために種類を多くしてもらいました。watageの空間や植栽を検討するにあたって、あえて微生物多様性の向上を目指すBIOTAを迎えたのは、「微生物は生物多様性のメインストリーム」「生活空間の微生物多様性を高め、健康で持続可能な暮らしを目指す」という考え方に共感し、コミュニティ拠点として学び・実践しながらまちを育んでいくwatageでの相乗効果が期待できると考えたからです。今回は改めて、BIOTAが考える「都心の微生物多様性」を深堀り、watageの微生物多様性についてBIOTA 代表の伊藤さんからお話を伺うこととしました。

○伊藤さんからゲストトーク

《伊藤さんの微生物への関心とBIOTAの設立》
BIOTAは伊藤さんが大学卒業後に設立した会社で、現在は東京科学大学湯島キャンパスの中にオフィス・研究室を構えています。空間中の微生物や生物多様性を評価する研究、研究成果を基にした建築・ランドスケープデザイン・マテリアル開発などを行っており、都市における人間と人間以外の生物の共存について考えています。BIOTAは科学研究によるソリューション提供を軸とする会社ですが、アート制作による問いかけも組み合わせて多様なものを社会に投げ込んでいけるよう、アーティスト・料理人・デザイナーなど多様なバックグラウンドを持つメンバーが参画しています。
伊藤さんは15歳から微生物に関心を持ち、自宅の近くにあった慶應義塾大学のバイオラボで研究を開始しました。当時は「人体の中の微生物」をテーマに腸内細菌や皮膚常在菌などの微生物の多様性やバランスが人の健康に影響を与えていることなどを研究していたそうです。その後、慶應義塾大学のSFCに入学し、「都市や建築環境の微生物」について研究。入学時に読んだ「ニューヨークの地下鉄における微生物」についての論文がきっかけで、都市や建築環境における微生物の研究に力をいれることになりました。

《都市空間における微生物の偏りと健康への影響》
地球上に存在する生き物の中で圧倒的に多いのは微生物です。「地球で私たちが健康で持続可能に暮らすためには、人間だけではなく他の生き物のことも同様に考えていく必要があるし、彼らによって私たちは生かされている。私たちが生活している都市や居住空間における微生物の多様性を高めることは、健康で持続可能な暮らしを実現させるために最適なアプローチではないか。」と伊藤さんは語ります。
都市の微生物は、人体の中で活きる微生物よりも更に複雑で、それは様々な人が都市に集まり、清掃用品や薬剤が使われる環境で複雑化していることによるそうです。一方、室内では除菌・殺菌が過度に行われています。特に宇宙ステーションや潜水艦の中など、極限環境であればあるほど微生物を除去しようという強い力が働きますが、そういった場所は微生物のバランスが偏った状態で封印されてしまうので、感染症への免疫や公衆衛生を低下されてしまっていることが研究者の中では議論されています。伊藤さんは、都市における微生物多様性の偏りを解決するため、「人の腸内細菌を助けるヨーグルトのようなものは何なんだろう?」と考えるようになりました。ひとつの回答としてBIOTAでは、微生物の住処となるランドスケープデザインと、その微生物たちを取り込む為の建築設計に着目し、都市における微生物多様性の向上を追求しています。

《微生物多様性を高める効果》
生態系ピラミッドの一番ボトムのところに存在するのが微生物です。つまりこのボトムがないとピラミッド上層の生き物たちは生きていく事が難しい。都市においてもボトムである微生物が多様でないと、良いランドスケープは出来ないし、持続可能な形で都市の緑を増やしていくこともできません。
人においても微生物多様性は重要です。幼少期にどれだけ多様な微生物に曝露できるかが、正常な免疫の成熟に関わってくることは様々な研究で分かってきており、生物多様性が高い田舎に住む子どもたちと、都心に住む子どもたちの自己免疫疾患の罹患率に相関があるという結果も出ました。東京にも緑を多く整備し微生物多様性を取り戻すことで、感染症や自己免疫疾患の罹患リスクを下げられるかもしれません。
更に、病原菌対策にも微生物多様性が重要です。環境中の微生物多様性が低回していると特定の病原菌等の微生物のみが増えてしまうリスクがあるため、微生物の多様性を高める・種類を増やすことが病原菌対策にも効果的な側面があります。ヒト常在菌は多くの研究者によりデータベースが充実してきましたが、都市の微生物は調査自体も少なく、だからこそBIOTAでは研究開発から初めて、様々な都市環境でサンプリングを行いデータベース化にも取り組んでいます。腸内細菌や皮膚常在菌と同じように、室内環境の微生物を採取し、人の健康等への影響を調査することもBIOTAが提供するサービスの一つです。

《都市の微生物多様性を高めるアクション》
都市の微生物多様性を高めていく為の具体的な空間創造としてBIOTAでは3つのアクションを提供しています。

① 土と植物を室内に持ち込むデザインの提案
微生物が最も多く生息しているのは土と言われています。微生物の発生源を増やすため、土と植物を室内に持ち込むデザインを提案します。人が開発した環境は土や植栽が少なく微生物の多様性が低い傾向にあります。都市の中で土が露出している場所が少ないと、人が微生物に曝露する機会も減ってしまいます。そこで屋外ランドスケープにおいては、植栽の繊維や遺伝系統的に微生物が豊かになりやすいよう計算して設計し、都市の少ない面積・環境でも、微生物が共生しやすく生物が移動するハブになるように提案しています。
② 微生物を拡散させる空間設計
ランドスケープデザインによりせっかく微生物が屋外に増えてもそれらを取り込めなければ意味がありません。BIOTAでは微生物を屋外から効率良く取り込めるような換気・室内レイアウトや人の出入りをデザインしています。
③ 微生物を留めるマテリアルデザイン
外から微生物を持ち込んでも、室内の壁には抗菌剤が使われていることが多く微生物が付着せず死んでしまいます。表面がザラザラしているなど微生物を留めやすいマテリアルの提案が効果的です。この発想から現在、関西・大阪万博のパビリオンで菌糸を使った壁材の設置を進めています。

watageの植栽は、ここに集う人の豊かさや多様性を感じられ、人間以外もたくさん集うような空間になってほしいという想いを込めてデザインしたとのこと。実際、オープンしてまだ4カ月ですが、チョウチョウやミツバチなどが日々訪れる場所となりました。

《公開空地を活かした新たなチャレンジ》
都心の建物足元には公開空地と言う都市計画上整備された空地がありますが、メンテナンスの負担軽減から植栽を多くは入れずに済ませるケースも少なくありません。そこで公開空地において植栽を整備することで生物多様性を高め、「生物多様性クレジット(世界的に取引されているカーボンクレジットの考え方に由来)」としてトークンを発行することを検討し、BIOTAのサービスとして実証実験を開始しました。これにより、導入した企業はTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)から求められる自然資本や生物多様性に関するリスクや機会などの情報開示に使用できる、植樹などによるCO2クレジットよりも短期的に利益を得られるといったメリットが想定されます。

○ディスカッション

伊藤さんのお話を受けて、参加者の皆さんも交えてディスカッションを行いました。

Q1:植栽の選定の際に植物についても多様性を重視されているという話がありましたが、植物にとっても常在菌みたいなものがあって、それが生物多様性に影響するのでしょうか。
A1:そうですね。植物ごとに異なる微生物が矯正しているので、異なる微生物が共生している植物同士を同じ環境に植え込むことで、微生物生態系の複雑性が一気に増します。また植物ごとに栄養要求性も異なるので、色々な機能を持つ植物を入れることで土中の物質循環も活発になり、土中の微生物も豊かになっていきます。ランドスケープをつくる時は土壌改良から入っており、土を豊かにしつつ植物にも栄養素を供給する為、植物・土どちらも並行してケアしなければなりません。

Q2:アクションを起こした前後で微生物多様性の増減をどのように評価していますか?
A2:2つの評価方法があると思っています。一つは整備したランドスケープの微生物多様性が一時点でどうか評価する方法で、同程度の気候で同種の植物が植えられている緑地と比較をします。もう一つはランドスケープ整備前と整備後のビフォーアフターで評価する方法で、こちらの方が重要と考えます。微生物を持ち込んで以降は、その場所で作られる生態系や時間によって育まれる微生物は異なってくるし複雑性が増していくので、長い目で観察して評価していくことが必要です。

Q3:公開空地への植栽アプローチの話もありましたが、企業だけでなく行政へも都市における微生物多様性のあり方を広げていけば、都市を森化することもできるでしょうか。今後の方向性を伺いたいです。
A3:都市に大きい緑地を作るのは難しいので、小スペースでどう緑地を作っていくかを考える事は制約があって面白いですし、小さい緑地を断続的に作っていき、どのくらいの距離であれば連結するのかをさらに研究していきたいと考えています。

○ワークショップ

《空間に微生物を取り込む菌糸ブロックづくり》
後半は暮らしの中に存在する微生物(きのこの菌糸)と触れ合いながら彼らを理解していく「菌糸ワークショップ」を行いました。今回は、部屋のインテリアとして飾ったり、植木鉢に置いたりして、室内において微生物と触れ合うための菌糸ブロックをつくりました。
ビニール手袋をして菌糸が別の微生物と混ざらないようにしっかり手指を消毒してから、ワークショップスタート!菌糸が付着したおがくずを崩していき、かわいい型に詰めていきます。乾燥しないよう型の上からラップで包み、更に光を遮るためにアルミホイルでも包みました。文字にすると簡単な作業に思えますが、参加者の皆さんは童心に返ったように作業を楽しんでいました(笑)

《Facebookコミュニティページで菌糸の育成状況をシェア》
ワークショップ参加者の皆さんでFacebookのコミュニティページをつくりました。つくった菌糸ブロックに菌糸が生えて全体が白くなるのに1週間程度、その間の湿度管理が難しいとのアドバイスを受け、互いに状況をシェアすることにしました。皆さん自宅に持ち帰った菌糸の状況をアップしてくださり、ワークショップ後も経過観察を一緒に楽しめたのは面白い経験でした。

○あらゆる生物のHUBとなるwatageのこれから

BIOTAでは小さな緑地をたくさんつくることに面白さを感じているそうですが、まさにwatageは小さい空間ととても小さい花壇で微生物多様性の向上にチャレンジしています。既に生物の立ち寄りどころにもなっていることが確認できていますが、生物たちがどこからやってきてどこへ向かうのか、その移動により微生物にどんな変化があるのか、これからが楽しみです。また、今回のようにワークショップという機会を持ち、参加者の皆さんとwatageを介したテーマ性のあるコミュニティが生まれたことは、今後の多様なコラボレーションに繋がる良いきっかけになりそうです。
完成後も分解されるまでの一連を観察するのが菌糸ワークショップのプログラム。今回集まった皆さんとは微生物というキーワードで長い繋がりを育んでいきたいと思います。

👫登壇者
○ゲスト:伊藤 光平(いとうこうへい)
株式会社BIOTA 代表取締役
○ワークショップ企画: 志村 春菜(しむらはるな)
株式会社BIOTA インターンシップ

💪企画・運営
○主催:watage実行委員会/株式会社BIOTA
○協力:日鉄興和不動産株式会社
○企画・運営:watage実行委員会 右田 萌
○撮影:小野 晃次郎

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