ねこのあこがれ

ぼくは最近「自分のことがわかってなさすぎる」ってよく言われる。
その言葉を聞くたびに、本当にそうだなっておもう。
だけど「自分のことが嫌いなんだね」って言われたとき、びっくりした。
だって、ぼくは自分が一番かわいいとおもってる(容姿とかそういう見かけだけの話じゃなくて)とにかく一番大事。
すぐ疲れるし、へこたれるから。傷つきたくないし、だれも傷つけたくない。他者と交わることがとても恐ろしい。

なのに、おしゃべりが好きです。矛盾。

そうやって言われて、ぐしゃぐしゃに泣きたい気持ちになった。
きっと、自分のことがよくわかってて、そのうえで自分が大好きなやつなんてなかなかいないと思う。

だけど、ぼくは本当に後悔ばかり。

言わなくていいことを言って、やらなきゃいけないことから逃げて、だれも助けられない自分をいつも恥じていた。
なのに、自分が困ったら助けを求める。その浅はかさと図太さを何度も言い聞かせていた。
ぼくは存在が罪であると。
毎日、何年、何十年とぼくはぼくを許せない。きっと、これからも許せない。


いつも多数に好かれていたかった。
《ぼくがいないといけない》って言葉がぼくがここにいていい理由だと思った。

だんだんそれが呪いになって、身体も心も衰弱していった。動けなくなった。
そして、ある日ぱたりとそういうのがぜんぶなくなった。

感情をにんげんのように持ったかわいくない家ねこは、《だれかがいないと生きていけない》に変わった。

耐え難い事実なのに、身体は動かない。鉛のように重い。
心にはずっと穴が空いている。
誰かに認められたい、生きてていい印が欲しい。生まれてきた意味を知りたい。

暗い部屋で天井を見つめる。そして眠る。
眠りから覚めるといつも寝ぼけている。ここじゃない、もっと幸せだった頃のなかにいる。
それから頭と目がハッキリして絶望する。

まるで迷宮だ。ぼくはまだ抜け出せない。

ぼくはだれかに元気や勇気を与えられるようなねこにはなれないかもしれない。
これは挑戦だ。おしゃべりが好き、他者と交わりたい、何を始めるのも恐ろしい、なにかを始めたい。
矛盾との戦い。

だからこそもしきみが元気がなくてまるで地獄にいるとき、隣にいたい。
なにも言えないけれど、なにもできないけれど、ただそこにいるだけのきみの妖精になりたい。
ただきみを少しでも笑顔にしてあげたい。

もしいつかだれかの妖精になれたなら
きっと、とても幸せだろうな

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