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【-25- 終わりの始まりの中盤すぎ|いくら水をやっても死んだ種から芽は出ない(6)】

 中学最後の2学期が始まった。少し関係ない話になるが、もし中学3年間を9学期で記した場合、今は「8学期」になる。さしずめ「終わりの始まりの中盤すぎ」というところか。

 この8学期には只でさえ不安定な気持ちに追い打ちを掛ける要素が溢れるほどに詰まっている気がする。仮に理由を分解したとして、それが「不な安定」なのか「不安が定」なのか分からない。それでも猶予があるから年を跨いだ本番の日よりは生半可に優しくて面倒くさい。

 そして初日から私は面倒くさい気持ちに満ちていた。国語、数学、英語、理科、社会、興味がない。興味ないんだよな。興味ないものが作業のように流れていく。そんな流れ作業の途中での技術は2学期の半分を使った課題演習で『電機製作実習』という授業だった。少し専門系らしく書いてみたが、要は技術室で簡単な電気機器を各自製作する実習である。

 今回作るのは「手回し発電ラジオ」。小さい穴が何個も開いている緑の基盤によく分からない字面のICチップら、回転させるとギュインギュイン鳴るモーター、ヘッドホン壊したときに見かける裸のスピーカー、当時まだ主流ではなかったLEDライト、それら部品から延びる針金を指定された基盤の穴に差し込んでは裏側でせっせと溶かした“はんだ”を流して固める。電子が堂々巡りするための回路を作るために週に1時間勤務の期間工になる私たちも一連の作業を堂々巡りする。

 しかもこのラジオ製作はあくまで実習であって授業ではない。ノートもエンピツもいらない。必要なのは細長いはんだの金属糸と、それを溶かす「はんだごて」という棒状のアイロン。あとはニッパー、ペンチ、ドライバー。そしてさっき述べた部品ら一式が入った先生から渡された未開封箱のラジオ製作キット。ご丁寧に薄い説明書も付属ときた。黒板いらずだね、こりゃ先生も楽だわ。それにこのキット、デパートの中にある一店舗ではなく大きいビル丸ごとの東急ハンズで見かける『大人の工作』的な商品に近かった。

 大人の工作? ということは、この作業は大人になるための通過儀礼なのか? このラジオが出来上がった頃には私らは今よりも大人になっているのか? いやいや今は国語の時間ではない。とにもかくも目の前にあるノルマを黙ってやろう。幸いにも技術なんて図工の延長線みたいなもの。こう見えて図工は得意なのだ(図工により近い美術は壊滅的に下手だった)。

 説明書の文面は一通り読めるが、横にあるイラストの方が分かりやすい。

 まずこのパーツはこの穴に入れるのか。この電線はココとココを繋ぐのか、うわっ! こんな狭い部分にだけはんだ溶かせって絶対ムリだろ…ジュッ……おしっ! 上手くいった!! あれっ…これ、何というか……好き、いやっそれどころじゃない。

 焦点が合った。雑音が消えた。全感覚が指先へと研ぎ澄まされていく。まるで世界が目の前の回路しか無いような、もしくは世界の“それ”に触れているような。不思議とそんな領域にまで達していた。脳科学でいう「ゾーン」に入ったのかもしれない。

 楽しい。楽しい。生きている。

 いま自分は苦しい8学期の中を飛んでいる。

 でも良い時間は悪い時間と同等に有限である。1時間。残暑と機材熱で室内が茹だる1時間。それ以上に自分の中は茹だっていた。

「また来週お会いしましょう!」

 そんな調子が数週間も続いた結果、クラスで2番目に出来た生徒の約半分の時間でラジオが完成した。

 ここからはモーターを目一杯回して作動チェック。アンテナを限界まで伸ばして、ギュイン…ギュインギュイン……ギュインギュインギュイン……「……だり線の激しい渋滞が続いています。東名高速道路の下り線は横浜町田インター付近を先頭に多摩川橋付近まで17キロ渋滞しています。首都高速3号線の渋谷から厚木まで1時間35分です」。

 大成功だった。ラジオが受信した。

 いやまだ安心できない。LEDライトは付くか?

 ライト部分の覗きながらスイッチ入れた瞬間には視界に目映い閃光が散らばった。中心点の残像が宙に舞う技術室で私は電球が灯るエジソンの姿を見えた。実際は黒い残像だが間違いなくエジソンだった。

「あっあっあ……」

「そこうっさいぞー」

 この技術の先生に聞かれた件に対して「あっ…すみません」としか返しようがなかったが、抱えてる気持ちの10分の1以下ぐらいしか漏らしてないので差引き良しとしよう。

「おい、まだ出来てないヤツのサポートしろ」

「(うわっマジか)……えっと、そこは」

「いやいらないから」

 う……差引き良しとしよう。

 この1時間のために7日間を生きた。

 長く短い技術の授業も終わり、校庭の葉も萎みゆく日の朝のこと。校門には見慣れない大人たちがいた。

 その大人たちは分厚い本をたくさん持っていて、校舎へと吸い込まれる生徒たちにポケットティッシュのような感覚で一人ずつ渡していた。

 さすがに頭の悪い自分でも分かる。彼らはどこか新興宗教の関係者で、あれは彼らの“教典”だ。ただでさえ億劫な朝から勧誘だなんてイヤだよ、まったく。

 そういや、この校門には現代社会を表すように監視カメラが設置されていて、職員室のモニターと直結しているはず。先生に呼び出しくらう度に見かけていたので間違いない。

 じゃあウチの教員は何故誰も止めに入らないのか? なに、忙しかったからとか気づかなかったとか粗悪な記者会見みたいな判を押した台詞で片づけるのか。分かったよ、結局は自己責任ね。よく分かりました。

 ここまでダラダラと述べたが対策手段は至ってシンプルで、つまりは受け取らず無視して教室に向かえばいいこと。

「さぁ、夢の楽園へ」

 意味が二重に被ってるだろ。お小遣いで内緒に新調した上履きに履き変えながら喉元でツッコんだ。

 今日もまた見いだせない一日が始まる。重たい教室の引き戸を開いた先には喝采が。

「人は皆、罪人なのだ…!」

「「カルマを浄化せよ…!!」」

「「「さぁ、夢の楽園へ…!!!」」」

 クラスの誰もがあの分厚い本を持っていた。たとえおふざけとはいえ感染されている。

「(……このまま学級閉鎖でもしないかな)」

 喉元でツッコんだ。

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【あとがき】

 率直に感想言うと「本当に楽しかった」。

 今までの人生の中で一番楽しかった時間だったと思います。

 ……はっ!

 こう書いたら、これからハッピーな展開ないのがバレてしまうっ!

 え?

 最初から興味ない?

 そ、そうか…。

 おじさん少し寂しいけど、そうか…。

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渡邉綿飴
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