【#053|テレビショッキング】(2019年01月11日)|オモコロ杯2020(第7回)応募作
土曜の4分の3を過ぎた私たち家族のいるリビングでは、誰かが点けっぱなしにしたテレビが通販番組を流していた。
そのとき紹介していた商品は『喪装用珠アコヤ黒真珠ネックレス&黒真珠イヤリング』。ターゲットは年配女性というところだ。
通販番組の構成は非常に単純で、饒舌な販売員とその商品が必要な事情を抱えたタレントたちが、デビューしたばかりのお笑い芸人が8日目に書いたコントのような物分かりと都合の良い展開の中、販売員がその商品のポイントをワンツースリーステップで解説され、タレントたちもそのポイントをハイスピードリスニングしてメリットオンリーレスポンスのハイテンショントーキングをして、そこから販売員とタレントたちのモノトーンスピーキングによるリバースオークションを始めて、表に見せない死闘の心理戦を終えた番組のオチで“買うのはタレントたちでなく実は視聴者だった…!!”という浴槽にカビが生えた程度の叙述トリック型プロットを、テレビ初放送から50年近く繰り返している。
今見ている通販番組もそのプロットに則って、年配女性のタレント2人が真珠のない喪服姿で出演していた。
きっと2人の設定はこうだろう。
《ここ数年ほど訃報がなかったおかげでダラケていたが、昨夜未明、共通の知人が亡くなったとの知らせが偶然2人とも連絡ミスで伝わってなかったことを知り、しかも葬儀は翌日昼前だと知った。あまりにショッキングな事態に家をひっくり返して喪服は何とか見つけたものの偶然2人とも真珠のネックレスが見つからず、とうとう今朝を迎えてしまった。大変重たい気持ちを抱えながら待ち合わせした2人が葬儀会場に向かう道の途中、『喪装用珠アコヤ黒真珠ネックレス&黒真珠イヤリング』を売る笑顔の販売員に遭遇した》
真珠のない年配女性タレント2人にとって『喪装用珠アコヤ黒真珠ネックレス&黒真珠イヤリング』は大変魅力的に映るだろう。何だって過去に私が持っていた物より大粒、しかも貴重な黒真珠だと言うから少々ボッタクられても財布のジッパーが緩んでしまう。
些細な想像はその通りだった。
「すごく粒が大きいですねぇー!!!」
「あの貴重な黒真珠がこれほど揃えるなんて不可能ですっ!!!」
「ねえ、素晴らしいでしょう。ぜひ付けてみてください」
この販売員は正気か。渇望する者にとって接触はあまりに甘すぎる汁だぞ。急性中毒で倒れかねん。
「ちょっ見て!!! 首もと、が、ほらっ、エレガンスになったわよ!!!」
その手には喪装用の黒鞄を持っていた。鞄があるなら予め持っている真珠を鞄の中に用意しておけば、こういう事態にならなかったのでは。
「ひぃやぁぁぁ!!! あたすぃスゴく欲しいわぁぁぁ!!!」
まるで目の前の彼女が黒真珠を付けた途端、モデルで女優の77OになったかのようなHOLLYWOODTHE腰SHOW級のリアクションである。
魅惑の黒真珠の前でスタジオのボルテージはブーストボンバーヒートアップしてきた。
「でもでもでもねねね!!! どうせお高いんでしょ??(どうせ買せうど)」
「そ(そ)う(う)よ(よ)。こんな素晴らしい物ガガガ安いわけがないわ(どけう買うけど)」
「いえ、ご安心ください」
来るぞ。来るぞ。
「セットで通常99,800円のところを……」
なぜか販売員ではなく、一旦1カメ・2カメに分かれてタレント2人の顔面アップ画になってからの再びカメラ目線の販売員の顔面アップになって、決め手の一言。
「特別価格49,800円で提供させていただきます!」
タレント2人が嬉しい悲鳴、それどころか原種の奇声になったのは言うまでもない。
「「買う買う買う買う買う!!!!!」」
それはそうだ。徒歩移動の貴重な時間を削ってまで付き合った、この一時だけ求めた品物がギリ半額以下になったのなら、財布のジッパーに解放命令をさせるのも無理はない。
喪服のタレント2人もさぞ喜ぶであろう。しかし販売員は最後に衝撃の一言を残す。
「お買い求めは以下の電話番号、もしくは当社のホームページにて」
まさかのここで現物を売らない。明らかに『黒真珠セット』領収書なしの即時キャッシュ払いで買う気満々のタレント2人が目の前にいての実売放棄宣告である。
これにはタレント2人も怒り心頭であろう。
「「それは大変!! はやく電話しなきゃ!!」」
格好からして、これから葬儀のはずなのに、まさかの実買放棄宣言してしまった。
「ねぇぇ見て。スマホでも簡単にネット注文出来るわ」
スマホなんだから電話しろよ!!!
さすがに片方もツッコむだろう。
「ホん当! とっても簡単!」
片方もバカだった!!!
何だよボケとボケのコントって!!!
そんなコント、ただの無法地帯じゃないか。ツッコミ役にえな○かずき投入してもらうぞ。さあ、え○り君、この状況どう思います?
「こんとんじょのいこ」
おおっ!
“混沌”な“コント”に相手の台詞に挑発を込めた二重の“簡単”、たった“こんとん”の4文字に四重の意味をかぶせつつ一言でまとめる巧みのツッコミを今いただきました!!
ありがとう○なり君!!!
……ショッキングだ。こんなのありえない。テレビのタレントよりも妄想の自分が一番スベってるじゃないか。
どこで、なにを、どのように間違えてしまったんだ…?
「くれぐれもおかけ間違いのないようご注意ください」
え……?
その声を辿ってテレビを見たら、笑顔の販売員がカメラ目線で私の水晶体へ伝えてきた。
「いつでもあなたのとなりに。『スマイル☆テレショップ』」
あああああああああ!!!!!!!!!
そうだ。そうなんだ。全ては最初から仕組まれていたんだ。このカビの生えたプロットは私のような通販番組を見下す視聴者を誘うための罠だったのか。バカなタレントをツッコませる行為こそ販売員が仕掛けた高見を渇望する者への甘すぎる汁だったのだ。
まんまとハメられたよ。おかげさまで今では通販番組の中毒者だ。通販を、私にもっと通販番組を見せてくれ…!!
蟻を潰すようにリモコンのチャンネルをザッピングしていったら、たどり着いてしまった。
『テレビショッピング24アワーチャンネル』
「ああ……ユートピァァァァァ!!!!!」
こうなったら慢性中毒起こしちゃるるるるる。
そのとき父がチャンネルを変えた。
「あぶねぇあぶねぇ、保理がブラブラ散歩する番組が始まっちゃう」
はっ。
別界が千切れた。
あぶねぇあぶねぇ、妄想共依存によるセルフマインドコントロールで識別機能を著しく低下させてしまった。あのまま見ていたら人間として後戻りができなくなってしまう。危うく生存権が蝕まれるところだった。
気分覚ましにスマホでも見ることにした。
画面の下腹部にあるク⬛ームアプリをタップしたら、前回アクセスしたままだった電子通販界の熱帯雨林『雨存』のページが再び表示された。
「あああ遊ピ尖ダ貍ォ逕サ縺句ー剰ェャ縺ゥ縺。繧峨′螂ス縺阪°閨槭°繧後!!!!!!!!」