仮称「クロ」
「犬拾ってきてん」
朝、祖父の言葉で目が覚めた。急いでリビングに向かうと獣臭が立ち込めていた。祖父の指差す方向に目を向けると、真っ黒い犬が先住犬のケージの中で伏せている。毛は抜け落ち、肌が露出している。ガリガリに痩せ、弱っているように見えた。
「雑種…?」
犬種が全く分からない。顔立ちはチワワのように見えるが、チワワにしては体が大きい。
祖父の話によると、早朝車を運転していると道路の端に座っているこの黒い犬を見つけたらしい。祖父が慌てて駆け寄ると、ヨロヨロとした足取りで祖父に近寄ったという。祖父はすぐにその黒い犬を抱き抱えて車に乗せ、家に連れて帰ってきたそうだ。その弱った犬にミルクを与えるともたつきながらも美味しそうに飲んだ。
獣医師は、メスのポメラニアンであると断定した。歯石から推定5~6歳。1ヶ月半もの間ほとんど飲み食いをしておらず、ストレスから皮膚病を発症しているとの診断を受けた。あと少し救助が遅ければこの犬は死んでいただろうという話だった。
ポメラニアンの特徴的な毛がないこの犬に、「仮でクロと呼ぶわ」と祖父が仮称をつけた。
警察へすぐ届け出た。ペットは「拾得物」扱いとなる。拾得物としての保管期間である2週間は、うちで保護することにした。
クロの特徴と一致する「紛失届」が提出されていないか警察に調べてもらった。近所の動物保護団体に所属する方にも調べてもらうと同時に、クロを飼ってくれる方を探してもらった。私もインターネットでクロについて投稿しながら、毎日迷い犬に関わる掲示板でクロの情報を探し続けた。
しかし、クロの飼い主も、新しく飼い主になると名乗り出る人も見つからなかった。なんせクロはどこからどう見てもポメラニアンには見えない。きっと以前のクロの姿とはかなりかけ離れているだろう。
2週間は飼い主の権利があるため皮膚の治療もできず、とにかく新しい飼い主が現れても現れなくても、皮膚病の治療だけはしてあげようというのが私たち家族の意見だった。
そんな痛々しい見た目をよそに、クロは食欲旺盛でみるみる体力は回復していった。先住犬と追い掛けごっこをして楽しむほどに元気になった。そうして過ごすうちに、クロは私たち家族に馴染んでいった。
気づけばクロは、正式名称へ変わっていた。
クロは祖父の懸命な看病のお陰で皮膚病が完治し、毛がフサフサのどっからどう見ても正真正銘のポメラニアンへと変貌した。
クロは穏やかな性格で、吠えることは年に1度か2度程だった。吠える時は決まってご飯をもらうのが待ちきれない時だけの、相当な食いしん坊だった。人間が大好きで、どんな人間にもクルクル回って愛嬌を振りまいた。基本的にはひとりで大人しく特等席のソファの上で眠っているが、時折私のスリッパを咥えてどこかへ隠したり、私の膝の上に頭だけ置き遠慮がちに甘えたりするところが愛おしくてたまらなかった。
一緒に過ごすうちに感情表現がどんどん豊かになっていき、すっかり私たちの家族の一員となった。もはや家族の一員どころか、みんなの癒しのアイドルだった。
また、そんなクロは祖父が大好きだった。
毎朝祖父は車を運転し、大きな公園でクロと散歩した。祖父の持ち前のコミュニケーション力とクロの愛嬌で、祖父とクロはたくさんのお友達ができた。クロのお友達は、犬や猫、人間と、多種多様だった。毎朝の祖父との散歩をクロは楽しみにしていた。
社会人となった私は実家を離れることとなり祖父は寂しがっていたが、そんな祖父をクロは支えてくれた。心做しか私が離れて暮らすようになってから、クロは祖父にワガママばかり言っているように見えた。祖父は嬉しそうにそのワガママを私へ報告してくれた。「今日は散歩をこっちじゃなくてこっちの道がいいって言うねん」「今日はな、クロが帰りたくないって言うてな、えらい散歩の帰りが遅なったわ」
そうしてクロと過ごして5年が過ぎたある日のことだった。私はその日たまたま帰省し、祖父とクロの日課の散歩へ連れていってもらった。クロが珍しく走ろうというので一緒に走り、クロのたくさんのお友達と挨拶し、楽しいひと時だった。しかしこの散歩が 最後となってしまった。
その日の夜、クロのお腹に赤い斑点が出来たのだ。病院へ向かっている間、普段膝に乗ってくることの無いクロが自ら私の膝の上に座ってきて、なんとなく嫌な予感がした。診断されたのは血小板減少症。死亡率は30%超で、明確な治療法も確立されていない病気だった。
翌朝クロが倒れた。深刻な状態であると獣医師から告げられた。病院の診察台の上で、私と祖父が悲しい顔をしているのを悟り、さっきまでぐったりしていたのに突然立ち上がり、クルっと回ってみせて、先生に元気なことをアピールした。祖父はいくら金がかかってもいいから、頼むから助けてくれと訴えた。
クロはみるみる弱っていき、酸素ボックスが必要不可欠になり、しばらく入院することとなった。クロはきっとまた回復してくれると家族は信じ、祈った。
そんな願いも虚しく、クロは息を引き取った。
病気を発症してわずか10日後だった。
クロを自宅療養する為の準備をしていて、明日にはクロを家に連れて帰る日だったのに。
後悔の念が私たち家族を襲った。後1日早く家に連れて帰っていれば。もっとあの時欲しがるおやつをあげればよかった。クロをもっと抱きしめてあげればよかった。でも、クロはもう戻ってこない。
しばらくして祖父と一緒にいつもの公園へ散歩に行った。クロが亡くなったことを知ったお友達はみんな悲しみ、たくさんのお花やクロの生前の写真、クロの大好物のおやつを手向けてくれた。クロの存在の大きさが改めて身に染みた。
偶然の出会いから、家族となったクロ。
クロは1ヶ月半も山の中で彷徨い、2度も家族が変わり、住む環境が変わった。クロの人生は決して穏やかなものではなかったに違いない。それでもクロは私たち家族や、その周りの人間や動物たちにたくさんの愛をくれた。
クロ、家族になってくれてありがとう。
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