蜘蛛女のキス @東京芸術劇場
アルゼンチンの作家、マヌエル・プイグの小説「蜘蛛女のキス」のミュージカル版。本作は作者自身の手による戯曲や、舞台をブラジルに移した映画版があるのだけど、そのどれもが観る者に違った印象を与える作品でもある。そもそも作品の背景はアルゼンチンの軍事政権時に起きた反体制派の大量投獄および人権を無視した尋問(拷問も含む)があるのだが、このミュージカル版では大幅にエンターテインメント寄りした仕上がりになっている。
今回の上演にあたり演出を担当したのは劇団チョコレートケーキの日澤雄介。主役となるトランスジェンダーの囚人、モリーナを石丸幹二。同じ房に入れられる反体制活動家を相葉裕樹/村井良大のWキャスト(観劇時は村井)。そしてモリーナが憧れる映画スター、オーロラに安蘭けいという安定感抜群のキャスティング。ちょっと過剰なほどの母性をみせる石丸の演技と、艶やかな唄声はさすがなものだし、村井は若き活動家の雰囲気が良く出ていた。そしてモリーナの妄想の中で生きる最高のエンターテイナーを演じる安蘭はダンスといい歌といい貫禄十分。さらに周りを固めるキャストも余裕の感じさせる演技/ダンスで観客を魅力した。またモリーナが現実逃避のために映画を妄想するシーンでの映像演出はまさにモリーナの頭の中をのぞき込んでいるようでとても面白かった。
ただ気になったのは音楽。トニー賞でオリジナル楽曲賞を受けている楽曲に文句をつけるなんておこがましいことはわかっているのだけど、例えば前半の最後の方で出てくるサンバ風の曲。これがあくまでも“風”なのでどうにも据わりが悪い。タンゴ風の曲にしてもそうだった。この点でいうと映画化された「イン・ザ・ハイツ」が自身も音楽家でもあるクリエーターのリン=マニュエル・ミランダによる楽曲であり、ニューヨリカンの彼によるだからフィット感がいいのとは対照的だ。もちろん楽曲自身は良作が揃っていて、関わったキャストが絶賛するのも同意できるのだけど、逆にミュージカル化されたからこそ起こる無国籍感がどうしても気になってしまった。
舞台装置も迫力があった。舞台上で2階建てになる刑務所のセットや、モリーナが妄想をはじめると舞台奥から現れる巨大な階段のセットなど、驚かされるセットも多かった。そういった部分を総合して、まさにミュージカルらしい作品を堪能することができた。
12月9日 夜の部 東京芸術劇場