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舞台「赤と黒のオセロ」@アトリエファンファーレ東新宿

 人気脚本家として知られる江頭美智留による「赤と黒のオセロ」は、もともと自身が主宰する劇団、クロックガールズに書き下ろし、2017年に初演された作品。ある事件を起こした死刑囚とそれを冤罪だと確信するジャーナリストによる二人芝居……なのだが、死刑囚、ジャーナリストそれぞれの部分を一人芝居で演じ、3幕目に初めて二人が揃って登場するも、互いに絡むことはなく幕となる。

 まず登場するのは死刑囚の方。語りかける相手は別パートのジャーナリストだろう。事件は自ら起こしたものだと主張し、精神鑑定による心神耗弱を主張しようとする弁護人への怒りを口にする。さらに自分が子供に暴力をふるった話から、本人も父親から暴力を以てしつけられたと告白するのだが、興味深いのはその「暴力」に対する死刑囚の記憶が、怖れや拒絶といったものをおそらく越えて、それこそが正当なものだという刷り込みに転じていると感じさせる部分だ。だからこそ、自分も躾のためには暴力を用いると当然のように主張する。
 続いて登場するのはジャーナリスト。語りかける相手は同じ出版社の同僚のようで、死刑囚との対話にしないことで物語が立体的に見えてくる。この事件をいくつかの状況証拠から冤罪だとにらみ、捜査側の怠慢だと主張している。実は2年前に出会ったある事件(内容は痴漢らしい)で、ツイッターでの投稿を信じて記事を書いたところこれが大誤報となり、その傷を引きずっているようだ。そしてこのジャーナリストもまた父親からの暴力を受けて育っている。しかし死刑囚と違うのはそうした課程を経て「父さんはいつも正しかった」とやや陶酔した目つきで口走るところだろう。どちらも暴力による刷り込みが成されているわけだが、歪な父性というべき行為もこうして許容されてしまうと、否定の余地がなくなることを示してくれる。さて、このジャーナリスト。出だしからしばらくはまともなのだけど、だんだんと様子がおかしくなり、違和感を感じるようになる。そしてまるで現実から逃げるかのように翌日に保育園で予定されている息子の遠足を待ち望むところで二幕が終わる。
 そして三幕。すっかり身なりを変えた死刑囚がファイル片手に登場して説明がはじまり、二幕で感じた違和感が解消されるのだが、ここから先はネタバレになるので伏せておくこととする。


 当初、劇団員のスキルアップを目指して書いた戯曲だそうだが、確かにどちらのパートも演技力が求められる役者にとってハードな作品だろう。初演時は死刑囚=男性、ジャーナリスト=女性という組み合わせだったのが、今回この作品になんと7人もの役者が関わり、16ステージ全て異なる組み合わせで上演される。しかも性別も二人の年齢差も異なるわけだから、死刑囚・ジャーナリストそれぞれの心情、特に自分の子供に対する心情などは全く異なってくる(先に書いたあらすじでそれぞれのことを彼/彼女としなかったのはそこに理由がある)。1時間ほどの短編とはいえ、流石に全ステージ観るのは無理があるが、結末がわかっていても全く違う印象が残るので、できる限り複数回見てみたいと思わせる作品だった。
 この回は死刑囚が田辺千香。ジャーナリストが鳳恵弥という組み合わせ。田辺は3人を殺傷するという凶行に走った女と、三幕で登場する役柄という異なったキャラクターを演じるのだが、それぞれ色の違う役柄を見事に演じ分けた。鳳は正義を主張しつつそれがだんだんと狂気に染まっていく役柄。縁あって彼女の舞台を数本拝見しているが、今回のように正気と狂気の境を往来する役柄が結構合っているのではないかと思わせた。


最後に余計なことかもしれないが、幕間に使われた音楽が非常に良かった。録音の荒っぽさがどちらに振れてもいけないギリギリの線で作品を高めている。初演時から同じものを使っているのかと思ったが、この音楽については今回演出を手がけた池谷雅夫によるものだそうだ(音楽担当は河中豪紀)
12月5日まで アトリエファンファーレ東新宿にて
https://ameblo.jp/croque-girls/entry-12704676068.html

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