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#5 こどくグータン

GW 実家帰省

今年のGWは10連休を獲得したので、数日間の帰省ができた。
大都会で仕事もフルリモートという閉塞的な生活をしていると、どうしても実家の大自然に思いを馳せずにはいられない。ここ数年コロナ騒ぎで帰省するのも軽い犯罪のようで気を重くしていたが、今回はもうそんな雰囲気もなく(一応抗原検査は行って)気楽な帰省ができた。
姉夫婦と帰省のタイミングが重なったので一緒に2、3日過ごした。旦那さんの方とは何度となく会っていたし、姉の出産の時には泊まり込みでサポートしたりもしたので、そこまでの気まずさはないものの相手の方が嫌じゃないかと内心なんとも言えない心持ちだったが、どうやら杞憂だったようで義兄も楽しんでいたようだ。
実家への滞在中、幼少期の自分や姉たちの古いビデオを見た。可愛い。正直自分自身ですらどうしようもなく可愛い。生まれたて、1歳、3歳、5歳、7歳…。自分ですらここまで自分を微笑ましく見れるのだから、親はいかほどか。子供を産み育てるという尊さがなんとなく分かってきた今日この頃。7歳の頃の自分を見ながら知床遊覧船の事故で亡くなった子供達を思い出したりもした。
厚生労働省の生命表では令和2年度の時点で日本で生まれた子供が20歳を迎える確率は99.6% つまり1000人のうち996人は20歳になるのだそうだ。幸せが当たり前になるほど不幸は色濃くなるし、こんなに安全な日本なら殊更。そんなことを思いながら自分の人生を振り返ったりしながら、他人の不幸で今の自分を再確認してしまう、どことなくいやらしい自分を反省してました。失敬。

楽しい帰省の話をしていたはずなのに。明るいはずの話を暗くする天才か私は。
しかしまぁこのご時世もあって、そういうことを考えてしまいましたというお話。そういや日本に生きるってそれだけで相対的には幸せだったと思わないと、どこまでも108の煩悩が消えない。煩悩108どころじゃなさそう。あぁそろそろ連休明けるの嫌だな、仕事だるいし、引っ越しの手続きも面倒だし、5000兆円欲しいし。


2021年 『映画クレヨンしんちゃん!謎メキ!花の天カス学園』

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帰省から帰る(ややこしい)新幹線の中でやっと2021年のクレしん映画を視聴できました!正直、これは結構名作じゃないですか…?分かんない、他の人のレビューとかまだ見ていないから自分の感覚を信じてますが。まぁ別に名作かどうかは私が勝手に決めることなんで他人の意見いらないか。
私の家、実家はドラえもんは見せてくれたけれどクレヨンしんちゃんにはやっぱりちょっとね…お下品みたいなイメージが強くて肯定的ではない家でした。
でも私は声を大にして言いたい。
「もったいない!黙ってクレヨンしんちゃんの映画を見てくれ!」
はい。クレヨンしんちゃんの映画ってジャンルとしてはジブリなんですよ。はいはいはい、何を言ってんのと思うでしょうけど説明しますからね。
クレヨンしんちゃん(以降クレしん)の何がジブリなのか。それは年齢ごとの視点があるという点です。ジブリは子供の頃と大人になってからじゃ見方も感じ方も違ってくるんですね。クレしんも同様です。子供が見ているクレしんの世界と、大人が見ているクレしんの世界は違うんです。例えば今回の映画でもそうです。あらすじをサクッとあげときますね。

全寮制の超エリート校に体験入学することになったしんのすけたち。風間くんは、良い成績を残してみんなで入学することを夢見ていたが、しんのすけに足を引っ張られて大ゲンカになる。その末に寮を飛び出した風間くんは、学園で多発する怪事件に巻き込まれてしまう。(Googleナレッジパネルより引用)

今回のは謎メキ!とタイトルにあるだけあってミステリー強めですね。でも私が注目して欲しいのはやはり友情です。もっと厳密に言えば学生時代の友情です。
風間くんは映画冒頭からみんなにこの体験入学で良い成績を残せば特待生として入学できるのだと目を輝かせて説明する。結構何回も説明してます。重要だからです。みんなはそこまでエリートに興味がないので聞き流してしまいますが、映画終盤になぜここまで風間くんが体験入学で良い成績を残すように必死にみんなに言っていたかが分かります。

風間くん「みんなで一緒に同じ学校に行けると思ったのに!僕の気も知らないで!」
しんのすけ「オラたちカスカベ防衛隊でしょ!」
風間くん「そんなの今だけなんだよ!いつかみんな、バラバラになっちゃうんだ!新しい友達がどんどんできちゃうんだ!わかってるのかよ!」

この感覚、風間くんもうこの歳で理解してるのか。
これが子供と大人の見ている世界の違いなんですな。幼少期や学生時代の友達ってずっと長くいられることって少なくて、それぞれを道を選ぶ中で疎遠になっていくことも多い。それがまだしんのすけとかの歳じゃわからないのよね。風間くんはそれがわかるからこそ繋ぎ止めたいと思ったんだろうし、必死にみんなが自分と同じ道を選んでくれることを望むのだけど、難しいね。
そういう、いわゆるいつか切れるかもしれない人間関係とかって虚しいし無意味なように感じたりもするんだけど、それが青春だよね。で、それって言っちゃえば「無駄」なんだけどそれでもいいよねって話なんですよ。そういう大人たちが過去を振り返った時に、今に繋がってはいないけれど思い出としてだけ残っている青春時代。この感覚を持っているかどうかが今回の映画をどう捉えるかを変えてきている気がする。
そしてそんな大人たちがエンディングまで見て、マカロニえんぴつの主題歌を聴き「ただ無駄を愛すのだ!」という歌詞に心打たれたりしたのではないかな、と推測します。もはやクレしん映画は大人向けとまで言える。内容が純粋に面白いから子供でも楽しめるけど、映画の真髄は実は大人の方が味わえるのではないか。
もっと語りたいけれど、語りすぎると長くなるからここらへんで。また別の機会があれば何かしらで書いて論文でも発表しようかな。

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