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テレビ
友人の家を出て
すき家で朝食兼昼食のちゃう食を食べた後、
ここを立った!
最終日、僕はふと行きたくなった。
それは、テレビ局📺
何気なくいつも家でテレビを見ているけれど、
どんなものなのか。
気になった。
お世話になっているというか、
馴染みのあるテレビ局系列に行こうと決めた。
それは、フジテレビ📺。
フジテレビの最寄り駅を調べた。
台場という駅で下車をする。
新橋駅から乗り換えて、
ユリカモメに乗れば行けるらしい。
豊洲?!多分。
そこから向かった。
新橋駅に着いた。
電車に乗り換えて行かなければならない。
しかし、せっかくならここ新橋駅付近で
ブラブラしてから行こうと思った。
本当に気まぐれだが、
これぞ1人で移動してる旅の醍醐味だ。
そしたら、まさかの。
降りてすぐ、、。
新橋駅の目の前にあったのは、
日本テレビ📺 だった。
テレビ局を目指していたら、
別のテレビ局📺へ辿り着いたのだ。
でけぇーーーーーーー!!!!!!!!!
素直にそう思った。
旗が2つ風になびいていた。
ビルの前には、ジブリみたいなオブジェもあった!時計?!なのかな。
みんなパシャパシャ撮っていた。
僕もそれがここでの礼儀かのように、
真似してパシャパシャした。
地下一階の目の前には、
お尻の匂いを嗅いでる人の
お尻の匂いを嗅いでる人の
お尻の匂いを嗅いでる人の
お尻の匂いを嗅いでる人の
お尻の匂いを嗅いでる人の
お尻‥お尻🍑
無限∞に続くお尻の匂いを嗅いでる人の
カラフルオブジェを見た。
すごく不思議な感じがしたけれど、
これだけは、写真に収めたらいけないと
思い込んだ。
だからここだけはパシャパシャしなかった。
局のビル前、近くの通りを
台車に、黒い箱に赤色の留め具が
9個くらい山積みにしたのを
押している人がいた。
僕は、それがテレビのカメラだと
すぐに分かった。
東京は9個くらいのカメラで
撮影しているのかもしれない。
流れ星☆だったのだろうか、
一瞬の出来事に僕は放心していた。
何も願うことすらなかった。
とりあえず、駅構内にあった地図。
その中にある鹽竈神社を地図を持たずに、
直感で向かった。
すると、馬🐎の看板を掲げてる警備員さんがいた。
僕は、疑問を持たずにその方向へ向かった。
そしたら、外国のような建物に、
外車がたくさん止まっていた。
そこはヨーロッパのような
街並みで別世界だった。
行き止まりにさせているデカい建物に入った。
そしたら、1階はカフェ。
受付け嬢と警備員さんがいて、
緑色の制服を着ていた。
僕は、2階や3階へ
好奇心一色でエスカレータで登る。
するとそこの場所の意味を知る。
ここは、競馬場だ、、。
初めて来た、競馬場。
そこには画面で地元の小倉競馬場が🐎
映し出された。
中京競馬、中山競馬、そして我らが小倉競馬。
今日は、この3会場から何レースもあっているらしい。
人生で初めての競馬場。
たまたま迷い込んだが、
これも何かのご縁だ。
競馬をやることに決めた。
買い方も分からず、
警備員のおじさんに完全に任せて
書いてもらった💦
自分はその大会に出ないのに、
出走するまで緊張した。不思議だ。
これはハマる。。。
待ち時間の間、またコーヒーを買った。
緊張するとすぐに喉が渇く。
ブラックは苦いから、カフェラテを買った。
それは、置いといて、
次に迷い込んだ場所は、
NHK博物館と愛宕神社だった。
2つとも全く行こうと思った訳ではないけど、
何かに導かれるかのように、
適当に何も見ず歩いていたら、
たまたま偶然、辿り着いた。
NHK博物館ではテレビやラジオの歴史を学んだ。📺📻
もはや、運命的な出遭い。
こんな偶然てあるのかと思った。
フジテレビ📺へ行く前に、
競馬場、日テレ、NHK、愛宕神社、鹽竈神社に出逢ったのだ。
本当にラッキー✨
全部関連していた。
愛宕神社に関しては、ここ東京23区の中で、
最高峰にあたる神社で、徳川家康ゆかりの神社だった。
観光客や参拝者が多く、
たまたま辿り着いた僕は、場違い感と
無知を恥じた。
愛宕神社は初めて知った。
人が多いから本殿に直接参拝せず
正面の石段を降りた。
無知の未知だったから、
僕は、裏の斜め後ろから
ここの神社へ入っていっていたらしい。
帰りに正面の石段を降りて気づいた。
この石段は、出世の石段と云うらしい。
僕は、これを登らずに、
自ら降りたのだ。下った。
てことは、僕は、出世を選ばなかったのか?!
他の参拝者は次々たくさん登っていった。
なんだか、皆が登っていくものを
登らずに、自ら降りた自分をワイルドだなと
少しだけカッコよく思った。
誰も知らない出来事だけど、
この出来事を誰かに見せたくなって、
ほんの少しだけ寂しくなった。
俺、カッコいいでしょ?!と😁
話し変わってNHK博物館、
ここは1925年に出来た場所で、
ラジオはこの年に日本で始まり、
テレビは1952年に日本で始まり、
1970年代に初めてカラーテレビが白黒テレビの数を上回った。
その出来事、歴史を
資料と共に僕は噛み締めた。
大人になっても、いつでも
社会科見学はできるんだなと思った。
年齢に関係なく気持ち次第で、
僕らは永遠に学生なのだ。
視聴率が60%超えてる番組もかつて存在した。
お茶の間でみんな食い入るように見てた。
ラジオでは戦時中は、軍が統制し、
テレビの出始めは、プロレスが人気を博した。
カラーテレビでは、アメリカ、キューバに次ぐ3番目に日本で誕生した。
ラジオやテレビの📻📺歴史は極めて
最近なのだと感じた。
僕は、こうやって辛い時とかも
テレビやラジオを見て、
心が震えるんだとか何か大切なことを伝える手段なのだと感動した。✨
やはり、こういう業界は、
夢があるし、夢を見て、夢を見させないと。
その為に、その道はきついのも当たり前だし、
誰しもが出来る仕事ではないのかなと腹の中で人体の心臓が脈を打っていた。
しばらくして、
フジテレビに着いた。
メダマ!?
みたいなとこへは、
お金がかかるらしい。
そこまで行こうとは思わず。
僕は、下から見上げて
引き返すことに決めた。
階段を降りるとちょうど、
太陽がまぶしかった。
眩しすぎて、フジテレビから出てきた自分にパシャパシャされている気分だった。
だから、僕もお返しに撮りたくなって
パシャパシャした。
そしたら、UFOみたいなものが上空に何枚も撮れた。
その事に気がついたのは、
この記事を書いてる最中だった。。
階段を降りると、
目の前では、二人組取材していた。
流し目で見ると、
めざまし8と書かれたテープが貼っていた。
心の中で、お仕事お疲れさまです。
あなた方の将来も輝いて下さい。
と心で祈り、お辞儀をして海辺へ向かった。
海辺では、自由の女神、東京タワー、レインボーブリッジが見えた。
僕は、ミーハー、田舎者なので
その有難みまで反芻できてないけど、
パシャパシャした。
そして、それを仕事のように終えると、
隣にあった、ショッピングモールへ入った。
僕は何も見ず、たくさんある内のソファーに座った。長いことそこへ居たかもしれない。
僕は、テレビ📺局を見るために
ここへ来たのではない。
ここのソファーに座る為に来たのだと自分に言い聞かせた。
それは、間違いなく、局を見てた時間より、
おそらく座ってる時間が長かったと感じたのもあるし。旅の疲れで荷物の重さがズシッと身体にのしかかっていたからだ。体力が既にいっちゃっていた。
しばらくすると、ほとんどカップルが多く、
イチャイチャしていた。
イチャイチャが激しくなった頃、
僕は流石に空気を壊しかねないと
そこを後にした。
唯一立ち寄った店は、
男性用のパンツ屋さんだった。
値段がどれも3000円を超えていた。
ポケモンや果物柄のボクサーパンツに
都会って、すごいなーて関心した。
2,3分もしない内に話し声が聞こえた。
動物のように、聞こえた方向へ反応して見てしまった。
すると、そこにもカップルがいた。
お姉さんは、パンツを触っていた。
お兄さんは、そのパンツが良いんか?
と尋ねていた。
おパンツデートだ。
都会はキラキラしていて、
もう家に帰ろうと思った。
場所は関係ない。
どこにいても変わらない。
東京来て、1日目が気持ち的にはピークだったのかもしれない。
結局は、今あるものを大切にしようと思った。
東京は、ビジネスの街だなと思った。
気づいたら移動だけでお金をたくさん使ってる。
刺激と成長。マインドだけは持ちたい。
そこに更に気づけたきがした。