|キャラメル|
あれは、夏の日の夕方のこと。
大学生の時に花の仕事に魅了され、花屋さんでアルバイトを始めた。
自宅からバスで30分ほどの素敵な花屋さんだった。
あの日、帰り際に咲きすぎて売れない大輪のユリを2本もらって、市バスに乗りこんだ。
好んで座る一番後ろの5名席に、空席を見つけ身を縮めて腰かけた。
バスが動き出してしばらくすると、
「あ~いい香りやね~。今日はいいバスに乗ったわ。」と、隣に座っていたおじいさんが目を細めて話しかけてくれた。
「良かったら1本いかがですか。」
急いで包みを開き、カサブランカを1本差し出した。おじいさんは、
にこやかな笑顔で花弁に顔を近づけ静かに深く息を吸った。
そして何かを思い出したようにあわてて服の中やカバンに手を入れそわそわ。
「こんなものしかお返しするものがなくて。」
薄紙に包まれた四角いキャラメル。
夕方のバスは混みあっていたはずなのに、今思い出しても周りの景色は
何ひとつ覚えていない。
しわしわの大きな手から渡されたキャラメルは、
ほんのり温かく柔らかかった。