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『「仮面浪人説話集」(生方聖己とされる)』 第4章



本番まで残り1ヶ月を切っていた頃に生じた、大問題。
それは、“参考書、3周すれば必ず全部身につく方程式の決壊”である。

特に現代文という教科において。自分は基本的に参考書を必ず3周は取り組む。どんなに簡単な参考書もそうする。というのも、基本的に3周すればその参考書に載っていることの大半は理解して覚えることができたし、もし覚えきれないことが出てきてもかなり絞られて、その部分だけ紙に太くでっかい文字で書いて寝る前と起きた後に見ればすぐに覚えられる。

その“参考書3周方程式”が崩れ始めたのは9月〜10月。丁度「MARCHルート」に入って一番最初に出てくる現代文の参考書『「現代文読解力の開発講座」〈霜栄〉』をいつも通り3周取り組み終わった時点で何ひとつ身についていなかったことに気づいてしまった時からである。最初に言っておくと、最終的にその参考書は7〜8周した。そして、その参考書はお守りと化した。受験会場には必ずそいつを連れて行ったのだが、そいつと信頼関係を築き上げるのには相当苦労した。ちょっとそいつについて語らせてほしい。


【初対面】
完全に無視された。完全敗北であった。やはり一筋縄ではいかないようであった。ただま あ落とせない相手ではなかった。逆に今までが上手くいきすぎていただけだし、やはりこれこそ“受験”こいつを落としてこその漢。こいつを落とした際の見返りはでかい、わくわくする。まだあと2回も会うチャンスがある。じっくり落としていけばいいさ。

【2回目】
どうやらまだ心を開いてくれないようだ。今までの相手ならこの辺で7割がた落ちているのだが…。まあいい。そいつがちょっと他とタイプが違かった、それだけのことだ。 まあ次に一気に畳みかけて落としてやればよいか。俺の本気を見るがよい。

【3回目】
本当に申し訳ない。どうやら俺が悪かったようだ。甘かった。調子に乗っていたよ。もっと丁寧に取り扱うべきであったよ。ごめん。でもどうすれば?どうすればいいんだ。正直全くもって解決の糸口を見つけることができない。どうやったら君と友好条約を結べるのだろうか。いっそのこと1回距離を置こうか。いやだめだ。もう時間はない。でもどうすれば。うわあああああああああ!!!!


ちなみにこの3周目が終わった時点で10月半ばであったため、それだけでも結構焦った上に、“Iリーグ大やらかし問題”も運よく重なって、2段階目の“あの瞬間”(*前章を参照)が訪れていた。あの時はほんの少し超えて2.2段階目くらいであったため、ちょっといつもよりしんどくて、模試がてら休みを作って1週間程実家に帰って回復した。模試の結果が良かったことも回復をよく促進してくれた。
この瞬間の特徴として、”波のように押し寄せてくる焦り”というものが あるのだが、この時の波は津波級であった。あのIリーグで大やらかしした後、唯一の味方と言えば盛りすぎだが、その信頼していた”友(参考書)”にも嫌われ、気が滅いっていた。 


その症状を理解してもらうのにとてもわかりやすい出来事がある。 

あのミスから1週間か2週間後、次のIリーグ(帝京大学戦)があり、勿論スタメンは落ちたのだが一応メンバーには入ってアウェイの帝京大学に向かう途中。

まずは青葉台から大学最寄り駅の聖蹟桜ヶ丘までの電車。ここでは勿論いつものように単語をしていた(電車内だと声が出せず効率が悪いのと、ただ覚えるという作業は非常につまらないため、基本的に英単語はやらずに本文付きの現代文の単語をしていたのだが、この時はあまりにも英単語の進みが遅れていたため、仕方なく英単語ををしていた)。この時は焦りが強かったおかげか、いつもよりかなり高い集中を保つことに成功していたのを覚えている。

そして、最寄り駅でもう1人のメンバー に入っていた1年の友達(ちなみにこの友達は今やボディビルに目覚め、第54回全日本学生ボディビル選手権大会男子フィジークの部第2位を獲得した佐藤君だ)と合流するのだが、本当に挨拶程度の会話を終わらせた瞬間に会話相手を単語帳に変更する。その友達は自分がどういう人間かある程度理解してくれていたため、温かく見守ってくれていたが、さすがにあの日の自分の焦りから生まれる集中具合には少しビビっていたかもしれない。

帝京大学八王子キャンパス行きのバスが着き、いつもならもうこの時点で「モードサッカー」に切り替えるのだが、どういう訳だかこの日は、「モード仮面浪人生」から切り替えることができなかった。その結果、バスを降りてからグラウンドにつくまで二宮金次郎スタイルで単語帳を見続けていた。さすがの佐藤君も苦笑い。自分は二宮金次郎スタイルの勉強は効率が悪く嫌いだったため、ほとんどすることはなかったのだが、これがどうやら2.2段階目の効果らしい。

それは控室に行っても変わらない。試合のアップが始まるその本当に直前まで単語帳と会話をしていた。

そしてグラウンドにてアップが始まるその瞬間、自分もさすがに切り替えた。 切り替えた、 、 、はずだったのだが・・・おかしい。腕を回しながらジョギングをする。一歩地面を踏み込むたびに生じる、先程脳の浅い位置に置いてきた英単語たち。ボールをキャッチする度に、そしてそのボールを返す度に生じる英単語たちを脳の奥に染み込ませようとひたすら脳内でつぶやき続ける。どうやら自分の自己防衛本能が無意識に働いたようだ。その動作を一通り終えた。よし、もう切り替えられるだろう。

そんなことある訳がない。

次に行うのは計画の練り直しだ。3周では落とせないやつが存在すると分かった今、大幅な計画変更が必要だ。なぜなら、3周に要する時間をもとに計算し、1年間のスケジュールを本番当日に完璧な状態を持っていくように構築していたから。「MARCHルート」でこの感じならば確実にこの先もっと難攻不落の参考書が出現することは残念だが認めざるを得ない。

それをハイボール(酒ではない)で宙を舞い、数少ない人が鳥に近づける瞬間を犠牲にして、身体の隅から隅、足先から指先まですべての器官を動員して、自分が持つ最大の思考力を使って組み立てる。人間が普段普通に生活をしていて横向きに飛ぶ瞬間があるだろうか?いやない。そんな貴重な時間ですら割かなければ、消費税増税計画に匹敵、いや、それ以上に素晴らしい計画を建てることは不可能である。そうしてある程度の未来を見据えることができたら、再び初期動作に戻る。キックのインパクトの瞬間と同時に逃げ出そうと する英単語たちをもう一度奥にしまい込んで仕上げは完了。試合に出るキーパーを送り出す。ベンチで皆で円陣を組む。

皆「よし、いこう!」
己「negligence は無視・怠慢。negligible は無視し得る・つまらない。ignore は無視する・知らないふりをする。ignorant は・・・・・・・・・」

油断も隙もありゃしない。
よし。1回落ち着くか。ふぅ。


そんな時だった。いつも以上に綺麗に美しく沈もうと試みている生命万物の原点“太陽”の黒点等からだろうか、なにやら黒い“シャドー“な集団がこちらに、 、 、

悪魔たちだ!!!

魔王の手下の。
遂に迎えが来たのか!
いや待て!!まだ早すぎるではないか!!
やばい、どんどん近づいてくる!逃げられない!
気づけば俺の隣に!

そうしてこうささやく。
悪魔たち「お前は一体何をしているんだ?」

「俺は何をしているんだろう。そうだ。何をしているんだ。ほら、皆に言われた通りになったじゃないか。何のためにわざわざサッカーを続けているんだ?なに11月近い今になって焦っているんだ。予定が狂う事なんていくらでも予想できただろうに。それも含めての予定じゃないのか?1 年もあったんだぞ?この時点でこんな考えに陥っている時点で俺はもう落ちたも当然じゃないか。計画を組みなおしても、そもそも4〜6周したからといって身に着けられるとは限らないじゃないか。このレベルが自分が持って生まれた限界ってことも十分あり得る。てか普通に考えてあと3ヶ月以内にこのルート全部終わらせること不可能じゃねーか。
俺はここまでなのか。自分の復讐はここで終わりなのか。終わりかぁ。そんなもんであったのか。部活を続けながら受験勉強、このレベルのことがこなせないようではどうしようもないな。まあそんなもんだったのだろう。あぁ、消えたい」


気づけば試合は終了していた。辺りは真っ暗になっていた。
どうやら、彼らは撤退してくれたようだ。悪魔になりたての天使だったのだろうか。暗闇にまだ慣れていない。どうやら救われたようだ。 

その日はいち早く家に帰り、眠りについた。





第5章へと続く…

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