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かぎむし かわいい

はじめに

この記事はbiolアドベントカレンダー2024の12月10日分の記事です。

はじめまして!
早生生糸と申します。「わせきいと」とお読みください。この記事が人生ではじめて書くnoteです。お手柔らかによろしくお願いします。

さて、簡単に自己紹介からはじめたいと思います。私は筑波大学で生物を学んでいる学類3年生です。特に生態や進化に興味をもっていて、今の関心事は専ら植物とその他生物の相互作用です。
が、この記事ではカギムシ;有爪動物門に属する生物 について語っていきたいと思います!かわいいので。カギムシの情報を和文でまとめたサイトは少なく、それぞれの網羅性も低いと感じていたため、知っていることをまとめておきたかったという備忘録的な目的もあります。それではしばしお付き合いください。


【お知らせ】この記事にはカギムシ(足がたくさんある)の画像・映像が含まれます!苦手な方はブラウザバック推奨です。


カギムシとは?

漢字で書くと鉤虫。英語では velvet worms と呼ばれます。
日本には分布しないため、あまり知られていないと思われますが、おそらく動物系統分類学Ⅰを履修した学類生であればご存知でしょう。そうでなくとも名前くらいは聞いたことがあるのではないかと思います。
形づくり、生態、分布、系統分類、保全の順で、カギムシについてじっくり考えていきましょう。

形づくり

体長は数~十数cmと肉眼サイズでは比較的小さな動物です。全体的に細長く背腹に扁平な体で、硬い外骨格はありません。体の表面は薄いキチン質で覆われています。この表皮は柔らかいビロードのような質感をしており、英名の”velvet” worms の由来となっています。滑らかなさわり心地はカギムシに特有のもので、是非とも触ってみたいところです。表皮には種ごとに様々な色や模様があり、野外での同定に役立ちます。一般的には褐色に近い体色が多いですが、オーストラリアのタスマニア島には全身真っ白のカギムシが、ニュージーランドやチリには青いカギムシが生息していることが知られています。

白いカギムシ(天使?)


体側面には無数の疣足が連なり、足には爪があります。この爪がOnychophora ; 有爪動物 という分類群の名称の由来です。とはいえ、近縁なクマムシや節足動物も脚部先端に爪をもつことを考えると、爪をもつことをカギムシの象徴にするのは無理があろうと個人的には思います。足の数も種によって異なり、重要な同定形質となります。
カギムシの腹部は基本的に一対の付属肢の繰り返しで成り立っているように見え、かつては環形動物(ゴカイなど)あるいは節足動物の多足類との類縁性を支持する証拠とされてきました。しかし、現在では神経系において分節的・非分節的な形質を併せ持つことや、筋肉の分節性が見られないことから、環形動物や多足類のような完全な真体節性であるとは言えないと考えられています。
頭部には一対の触角とつぶらな単眼、さらに普段はしまわれていますが頭部には顎や粘液腺があります。頭部は頭節と触角・顎・粘液腺の3節で構成され、腹部と区別できます。
化石記録との比較から、カギムシの全体的な形態は初期カンブリア紀から現在までの約5億4000万年間ほとんど変わっていないことが分かっています。いわゆる「生きた化石」のひとつです。

生態・分布

カギムシは主に南半球~赤道付近の森林に生息しています。林床のリターに隠れるように生活しており、地上徘徊性の節足動物(コオロギやワラジムシなど)を捕まえて餌にする肉食性です。餌を捕まえる際に粘液腺からスライム状の粘液を噴出して獲物の動きを封じる行動が確認されています。

噴出する粘液の軌道が特徴的だということで、生物物理学的にも注目されているようです。最近、その噴出メカニズムが明らかになりました。筋肉の収縮により、粘性の高い液体を細い孔から分泌することで、不規則な軌道を描いているようです。

カギムシは繁殖様式も独特であることが知られています。雌雄異体であり、交配のときにはオスがメスの体表に精子の入った精包を貼り付けます。精子は皮膚を貫通して体内に入り、メスの卵巣にある精嚢に貯蔵されます。その後、未受精の胚と受精します。このような授精様式は経皮受精と呼ばれ、ヒトなどの哺乳類はもちろん、近縁な節足動物とも全く異なる授精様式を採用しています。メスの体内には1年中発達中の胚がある状態であると推測されており、任意のタイミングで受精して胚発生がはじまります。
出産様式については多様で、卵生・卵胎生・胎生の3種類があり、系統によって異なることが知られています。卵生の種においては、卵の形態(大きさ、卵黄・包膜の有無など)も系統により異なります。また、一部の種では単為生殖が可能であることも知られています。

カギムシの分布は、東南アジア・中央アフリカ西岸・南北アメリカ大陸の赤道付近に分布する系統と、オセアニア・アフリカ南部・南アメリカ西岸に分布する系統に分かれます。後述しますが、遺伝的にもカギムシには大きく2つの系統に分かれており、この2系統は進化の過程で分布的に隔離されています。個体密度がそれほど高くないうえ発見も難しいため、分布調査は進んでおらず、実際の分布は現在知られているよりも広い可能性があります。日本にもいるかもしれませんね。

系統・分類

現生のカギムシは約200種がこれまでに報告されています。電子顕微鏡の発達による微細構造の観察や分子系統解析の発展により分類学的整理が進み、これまで1種とされていたものから複数の隠蔽種が発見されるなど、報告種数は毎年増加しています。
大分類についても分子情報や形態学的・生態学的データに基づき、整理が進みました。現生カギムシはPeripatidae科とPeripatopsidae科に大別されることが支持されています。それぞれ、先述の東南アジア・中央アフリカ西岸・南北アメリカ大陸の赤道付近に分布する系統と、オセアニア・アフリカ南部・南アメリカ西岸に分布する系統にあたります。この2系統はゴンドワナ大陸が分裂する前の約1億7500万年以上前に分岐したと考えられています。

カギムシの主要2系統の分布(Onychophora Websiteより引用)

動物界の中のカギムシ=有爪動物門の系統学的位置についても、長年議論が続いていました。見た目の体制の類似から環形動物と節足動物門の多足類との近縁性が主張されていた時代、有爪動物門はその中間的形質をもつとして注目されていました。しかし、分子系統解析の結果に基づき、有爪動物は節足動物とともに脱皮動物の一群であることが示され、環形動物はかなり離れた位置に置かれることが分かりました。節足動物の姉妹群であり、原始的な形態を保存していると考えられるカギムシは節足動物の初期進化を研究する上でも重要な存在とされています。

保全

カギムシの保全に関しては課題が山積しています。系統分類・多様性への理解が追いついておらず、保全すべき種が認識できていないことや生態系全体の保全にもたらす効果が十分に検証されていないことなどです。
直近の約100年間にいくつかの種が絶滅したことが確認され、現在も11種がIUCNの絶滅危惧種リストに掲載されています。一方で、ブラジルではある種のカギムシ(Epiperipatus acacioi)の保全を目的に保護区が設置されるなど、保全に向けた努力も着実に行われています。

おわりに

ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。そして、お疲れ様です。生物学的な用語の説明を省いてカギムシの情報を詰め込もうとした結果、このように読みにくい文章になってしまいました。とはいえ、かなり深掘りしてカギムシについて語れたのではないかと思います。まだまだ分かっていないことも多い生物ですが、それだけに面白みも多いと感じています。捕食-被食以外の種間相互作用(例えば共生菌との関わり)などはあまり研究されておらず、気になるところです。
というわけで、本記事はここまでとなります。カギムシについて少しでも知ってもらえたならば本望です。

参考文献


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