寿司食っただけやのに
小学生4年の時に
オリックスブルーウェーブの
ファンクラブに入った
よくお父さんと
グリーンスタジアムまで
オリックスを応援しに行った
球場で
お父さんが
売り子さんから
ビールを買った時に
僕は
カップにビールを注いでいるのを
毎回絶対に眺めていた
苦くて美味しくないのに
なんで美味しく見えるんやろうと思いながら
球場名物のチキンスティックを食べる
地面にギリギリ届く足をぶらぶらさせて
カバンからメガホンを出して
双眼鏡みたいにして
内野席から
グランドの助っ人外国人の
タイ・ゲイニーと
トロイ・ニールを見て
次に同じ名字の
田口を見てから
最後に
イチローを見ていた
野球というより
オリックスが好きだった
オリックスと一緒ぐらい
グリーンスタジアムの
空気感が好きだった
ナイターが好きだった
ナイターの帰り道が好きだった
一駅だけ満員電車に乗って
地元の駅から帰り道にある
駅外れにポツンと
一件だけある
屋台のたこ焼きを
買って帰るのが
お決まりだった
お父さんは
ハンディラジオ片手に
プロ野球速報を聴きながら
家まで続く
長い坂を
上がっていく
その少し後ろで
団地の灯りと
星を見ながら帰る
家の手前の橋を渡る時に
グリーンスタジアムのライトが
小さく点灯しているのを
確認しながら渡る
家に着いたら
一緒に風呂に入った
小4から小6まで
毎年お父さんとオリックスを応援しに行っていた
僕のお父さんは
大きな船で
世界をまわっていた
副船長だった
一年のほとんどは
仕事で会えなかった
プロ野球がやっているシーズンに帰ってきて
プロ野球が終わる頃にまた仕事で船に乗る
お父さんとの思い出は
オリックスを応援しに行ったことばかり
中学生になり
お父さんとの会話もほとんどなくなった
高校生になり
全く会話もしなくなった
お父さんは一年のほとんど船で世界をまわっている
僕ら家族のために
なんて事もわかりながら
お父さんが家にいる時でも会わないようにしていた
高3の夏休み
部屋でゴロゴロしていたら
ふすまをドンドンと叩かれ
「誠よ」
お父さんから声をかけられた
久しぶりに声をかけられて焦った
動揺しながらも平然なふりして
「なに?」
ふすま越しに言った
「寿司買ってきたから一緒に食べるか」
5年ぶりぐらいの会話があまりにも
平凡なことに驚きはあったけど
「食べるわ」
ふすま越しにお父さんが部屋から離れる足音
寿司の入った容器を開ける音が聞こえてから
ふすまを開けて
気まずい気持ちで
お父さんのいるダイニングに行き
机の前にあぐらをかいて座った
机の上に寿司
昼過ぎ
お父さんと二人だけ
テレビがついている
プロ野球のデーゲーム
オリックス 対 近鉄
寿司を食べる
お父さんの顔を見ないように
プロ野球を見る
寿司を食べる
プロ野球を見る
寿司を食べる
お父さんが冷蔵庫から取り出した
ビールをコップに注ぐ
寿司を食べる
コップにビールを注いでいるのを見る
プロ野球の音が聞こえる
寿司を食べる
プロ野球の音から歓声が聞こえる
ただ久しぶりに
一緒に寿司食っただけやのに
泣きそうになった
寿司食っただけやのに
涙を必死にこらえた
寿司食っただけやのに
プロ野球の音が聞こえる
「ごちそうさま、お父さんありがとう」