荒くれ様
神戸でバンドをしていた青春時代のこと
荒くれ様の姿が見えれば道を変えるのは当たり前
見たいバンドがいても
荒くれ様がライブハウスにいれば
予定を変えて絶対に安全な地元に帰るのも当たり前
ライブハウス以外で荒くれ様に会うことはない
普段は何をしているか謎
住んでいる地域以外は何もわからない
荒くれ様はバンドをしていた
ライブでベースを演奏している姿は
本当にシビれるほどカッコいい
人気もすごかった
唯一
荒くれ様がステージで演奏している時だけ
荒くれ様と同じ空間にいれる
荒くれ様は誰よりもベースを大切にしている
しかし
暴れだしたら誰も止められない
暴れだした荒くれ様を止めるのに
荒くれ様一人に対して警察が最低18人は必要
とにかくバンドマンとは全く思えない
輩チックな見た目で喧嘩がエゲつなく強すぎる
荒くれ様
荒くれ様の腕っぷしは
神戸だけに留まらず
関西
関東
いや全国的に名をとどろかせている
バンドを解散してから
8年ぐらい経って
神戸のライブハウスに
漫才師として
イベントに参加しに行った
荒くれ様が来ていた
異様な殺気を放ちまくっていたので直ぐに気づいた
目線に入った瞬間
舞台に立つ緊張感と別の恐ろしい緊張感が押し寄せた
荒くれ様が視界に入らないようにして
幻覚やと思い込んだ
しかし
出番が終わってライブハウスから出ると
車道と歩道のコンクリートの段差に
荒くれ様は座っていた
荒くれ様と目が合ってしまい
身も心も恐怖で固まった
ガチガチに固まった体は
勝手に
荒くれ様の方に
足が動いて行った
荒くれ様は
目で固めたあと
目で動かす
荒くれ様は
目だけで
人を操れる
ライブハウスが
どんなけ混雑していても
目だけで
歩きやすい道を作れる
ライブハウスのバーカウンターで
目だけで
無料でビールが出てくる
荒くれ様は
目だけで
色んな怪奇現象を起こせる人
細心の注意を払い挨拶をした
『お久しぶりです』
『久しぶりやの、たまにテレビで見とんぞ。この前テレビ見とったらや、お前らがテレビに出て来てな、お笑い番組で1位取らんかったから腹立ってテレビ壊してもうたんや』
それも目だけで壊したんかなと思った
荒くれ様にテレビ弁償せぇと言われると思ったら
『頑張れよ』
自分の耳を疑った
荒くれ様は
酒好きだったのに
ノンアルコールビールを飲んでいた
自分の目を疑った
その疑いに気づいたかのように
『今、ダイエット中やねん。実は、俳優やっててな、それで痩せなアカンねん』
言われるまで植えつけられた恐怖心で気づかなかった
昔と比べて
かなり痩せていた
思い出した
荒くれ様が
バンドを解散して
Vシネに出てるという噂
それと同時に
もう一つ思い出した
荒くれ様が
病気になって死にかけた噂
思い出してから
0.1秒の間で
バンドをしていた青春時代に
荒くれ様から味わった恐怖を
一気に思い出しながら
病気になった噂を疑った
0.1秒の間で
そんな事実が
切なくて
認めたくないから
強烈に疑った
0.1秒の間で
いつまでも荒くれ様が
最強の存在でいて欲しいと
願いながら
疑った
0.1秒の間で
全部一緒に
重ねて疑った
その0.1秒後に
荒くれ様は
鋭い目つきと
肝が据わりまくった声で
『またバンドやるから見に来い、来んかったらドつきまわすからなぁ』
夢を語るように脅してきた
胸が締めつけられた
その言葉だけは
疑わなかった
荒くれ様が
またバンドをしてるらしい
行ってないからドつきまわされる
今になり
あの言葉を
疑いたくなった
できるだけずっと
たまに思いだします
俺が殺されかけた時
あなたが
助けてくれたこと
あなたは
命の恩人です
そんなあなたが
一番ずっと恐いです