宇宙空間での量子通信 -「鍵」は光無線通信-宇宙ビジネス最新動向解説:ISS 2024-後編
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2024年6月11-13日、韓国の首都ソウルにて、International Space Summit (ISS) 2024が開催されました。ISSは韓国の宇宙スタートアップであるCONTECが2023年から開催しているカンファレンスで、600人以上の宇宙ビジネス関係者が集っています。ワープスペースからはCSOの森が参加し、キーノートスピーチと、「光通信」および「量子通信」に関するパネルディスカッションに登壇しました。
本記事では、ワープスペースの手がける光通信と、現在最も注目されている暗号技術である量子通信の関係について、簡単なイメージを解説します。
(「前編:韓国の宇宙機関、KASA設立」についてはこちら)
巨大素数の積で表される現代の暗号は、量子コンピュータによって破られる!?
従来の情報化社会において交換される情報のほとんどは、暗号を復号する「鍵」を秘密にすることで情報の安全性を担保しています。
例として、皆さんにも馴染みのあるインターネット通信の暗号化、HTTPSのプロセスを挙げます。HTTPSでデータを送る際は、まずデータをある法則にしたがって暗号化します。この暗号化の方法が「錠」、復号するための方法が「鍵」になり、「『錠』のかかったデータ」と「鍵」を別々に送信することで、データを盗み見られることを防いでいます。ここで使用される「錠」は617桁もの大きさの素数の積であり、「鍵」はその素数をもとに作成されています。そのため、「鍵」を持たない第三者がデータを盗み見るためには、「錠」である素数の積を素因数分解して「鍵」である素数を見つける必要があります。ただし、現行のコンピュータでは、その素数の組み合わせを見つけるのに膨大な計算時間がかかるため、暗号を解読することは非常に困難です。
しかし、この素数を用いた暗号化システムは、現在開発されている量子コンピューターを用いることで、短時間に開錠できるようになることが分かっています。世界中の研究者が量子コンピューターの開発を進展させている今、現代暗号が脆弱化するのは時間の問題と言えます。
量子通信とは-「絶対に解読されない、次世代の暗号技術」
そんな中注目されているのが、「量子通信」。これを一言で説明すると、「絶対に解読されない、次世代の暗号技術」に尽きます。量子通信は、以下のようなプロセスでデータをやり取りします。
①送信者は排他的論理和と呼ばれる方式で、送信されるデータを暗号化します。それと同時に、「送信されるデータと同じビット数の乱数(=鍵)」が生成されます。
(この「鍵」は先ほどの素数と違い、乱数であるためランダム性が強く、かつ使い捨てであり、「鍵」なしで復号することは不可能であることが数学的に証明されています。)
②送信者は「送信されるデータと同じビット数の乱数」の1ビット分の情報を光子1粒ごとに与えて、その光子を光ファイバーを用いて受信者に送ります。
③受信者は、受信した光子の状態を測定し、「鍵」の情報を読み出します。
この時、「鍵」の情報を輸送する光子は、量子力学の法則に従います。量子力学とは、電子や光子などの、非常に小さな世界における物理現象を記述する力学です。そこでは、我々が普段何気なく考えている「観測する・測定する」といった行為が非常に重要な意味を持ちます。例えば、読者の皆様が目の前のカレーライスを見ている時、部屋中に飛び交う光子が、カレーライスにぶつかり反射し、目の中に入射することでカレーライスの存在を観測します。すなわち、光子とカレーライスの相互作用を見ているわけです。この観測されるものがカレーライスのような大きく、巨視的で、非量子力学的な物質ならばそれだけの話です。しかし、この観測されるものがカレーライスではなく、光子のような小さく、微視的で、量子力学的な物質の場合、部屋中に飛び交う光子が、観測されるべき光子にぶつかり反射するタイミングで、観測されるべき光子の状態が変化してしまいます。これを、観測者効果と言います。
ここで、カレーライスと猫から量子通信に話を戻します。もし、光子の情報に変換された「鍵」の輸送中に、何者かが光子を盗み見た場合、先述の観測者効果により、量子力学的に光子の状態が「観測されていない状態」から「観測された状態」に変化するため、盗み見られたことが受信者に分かります。したがって、もし「鍵」に盗み見られた形跡があればその「鍵」は使わず、また別の「鍵」を準備すればいいわけです。これにより、安全な「鍵」だけを共有できます。これが量子通信です。
宇宙で量子通信を行うためには-光無線通信の重要性
量子通信では、「盗み見られたら形が変わる鍵」を用いて安全に通信する技術です。ですが、その社会実装にはまだ課題があります。量子通信では基本的に赤外線の光子に情報を与え、その光子を光ファイバーを用いて伝送しますが、その際の伝送ロスを軽減しなければなりません。
現時点では、量子通信技術は主に、光ファイバーによる通信が可能な地上での活用が前提とされています。その一方で、光ファイバーをつなぐことができない宇宙空間での通信ネットワークでは、主に電波を用いて通信しています。
赤外光に比べて電波は周波数が数桁低いため、ビーム径が大きくなりやすい特性があります。そのため、送信側と受信側の距離が開くと、伝送されるエネルギーの密度が大きく減少してしまいます。量子通信においては赤外線の光子1粒を光ファイバーで伝送する際の伝送ロスが課題としてあげられているため、赤外線よりロスの大きい電波を用いた量子通信の実現は困難です。
そこで注目されている技術が、ワープスペースも手がける、衛星間及び宇宙-地上間の光無線通信です。これにより地上での光ファイバーと同様に、自由空間において赤外光を用いて通信することが可能になれば、「絶対に解読されない、次世代の暗号技術」が宇宙空間を含む通信ネットワークでも利用可能になる可能性が広がります。
ISS 2024では、まさにその観点から、光無線通信と量子通信の可能性について議論が交わされました。将来にわたり解読されるリスクがなく、超長期的に情報を保護できる量子通信と、その「鍵」となる光無線通信。これらの情報化社会の未来を革新する技術に、今後も注目していく必要がありそうです。
今回の記事の内容は、技術的、専門的なバックグラウンドを持たない方でも楽しんでいただけるよう、極めて簡易的かつ定性的なものです。より詳しく知りたい方は、以下の参考文献をご参照ください。
(執筆:中澤淳一郎)
参考文献
【NEC】光が導く次世代の暗号技術「量子暗号」
【三井情報株式会社】量子暗号とは?
【応用物理】量子情報通信ネットワークの課題と展望
【OPTAGE】長距離量子通信に不可欠な光位相安定化技術を大阪中心部の商用光ファイバー環境で実証
【大阪大学】光通信の話
【Tech Web】電波の伝わり方:減衰
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