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月面探査に乗り出すタイの戦略とは!?米中の狭間で模索する独自のポジション【宇宙ビジネス最新動向解説:APSCC 2024】

2024年11月5日~7日、タイ・バンコクで「APSCC 2024(Asia Pacific Satellite Communication Council 2024)」が開催されました。今年は30周年を迎える記念すべき年であり、毎日パーティーが行われるなど、より一層華やかな催しとなりました。ワープスペースからはCSO/米国CEOの森が参加し、パネルディスカッションに登壇しました。

これまでアジア環太平洋地域での衛星通信に焦点を当ててきた本カンファレンスですが、今年は幅広い業種からの参加者が集い、商談が活発に行われました。また同時期には「Thailand Space Week 2024」も開催され、タイ全体が宇宙産業に熱を注いでいる様子がうかがえました。

そこで今回の記事では森が現地で得た知見をもとに、タイの宇宙産業の現状と展望をお届けします。(昨年の記事はこちら


APSCC代表 Terry BleakleyとThaicom CEOのPatompob (Nile)Suwansiriが1対1で語り合う通称”ファイヤーサイドチャット”。今回はリゾート地のタイらしく”プールサイドチャット”に。


アメリカと中国の狭間で揺れるタイの宇宙戦略

タイ政府は2024年10月、アメリカ主導のアルテミス計画への参画を承認しました。アルテミス計画とは、月面探査や基地建設を目指す国際プロジェクトで、このプロジェクトへの参画はタイが月面探査へと踏み出し、国際舞台での存在感を示す上で非常に大きな一歩といえます。

ただその一方で、2024年4月には中国主導の「国際月面研究ステーション(ILRS)」計画の協力覚書を締結しており、両大国との協力関係のバランスを取りつつ、自国の宇宙開発の発展を狙う戦略が見て取れます。

さらに、Thailand Space Week 2024では、日本のispaceとタイの政府機関GISTDA、およびmu Spaceによる月面探査ミッションに関する覚書の締結が発表されました。この連携を通じて、日本との技術的なパートナーシップはさらに深化することとなるでしょう。

これまでタイの宇宙産業はリモートセンシングを中心に進められてきましたが、これら一連の協定の締結により、月面探査という新たなステージへ乗り出すことが期待されます。

Thailand Space Week 2024での署名式(*1) 左から2番目よりmu Space CEO & Director James Yenbamroong、GISTDA長官Dr. Pakorn Apaphan、ispace Executive Fellow 斉木敦史。

参考
(*1【ispace】 ispace、タイの政府機関GISTDAおよびmu Spaceと、タイ国家プログラム内で将来的に月面探査ミッション実施に向けた覚書を締結)
(*2【the Nation】Signing of Artemis Accords to expand space technology development)
(*3CNSA中国与泰国将开展国际月球科研站等航天合作)


タイの宇宙開発の歴史には日本の存在も

タイの宇宙開発は、1960年代にアメリカからリモートセンシング技術が移転されたことを皮切りにスタートしました。その後、NASAのランドサット計画を受け、国家研究評議会(NRCT)が設立され、環境監視や資源管理のための衛星データ活用が進みました。そして1982年には地上通信所が設置され、東南アジアで初めて人工衛星データの受信が可能になります。

また1986年には、日本とタイ政府の協力により、日本の海洋観測衛星(MOS-1)を利用したリモートセンシングの共同研究が始まりました。この際日本より受信設備の提供などのサポートも行われ、日本とタイは密接な関係を築きました。

その後、2008年にはタイ初の地球観測衛星「THEOS」が打ち上げられ、2023年には「THEOS-2」が続きます。これらの衛星は、農業や災害管理、都市計画のために活用されており、タイが独自の宇宙データを活用できる体制を支えています。

参考
バンコク週報世界市場で急成⻑続ける宇宙産業 加速する⽇タイ宇宙交流)


タイの通信インフラを支える民間企業、Thaicom

タイの通信インフラにおいて重要な役割を果たしているのが民間企業のタイコム(Thaicom)です。通常社会インフラとしての衛星通信は、有事の際の安全確保や国家の安定性を考慮し、自国で所有・管理することが基本です。
たとえば、日本には「スカパーJSAT」があり、アメリカでは複数の国営または準国営の衛星通信企業が存在し、それぞれの自国のインフラを守っています。

タイコムは民間企業でありながら、政府からの支援を受けた準国営的な存在で、特に静止軌道衛星を活用した国内通信サービスの提供に注力しています。静止軌道衛星は、特定の位置から一定範囲の地域を安定してカバーできるため、タイ国内での安定的な放送や通信サービスの提供に適しています。

これにより、タイコムはパブリックカンパニーとして、放送、データ通信、IoT(モノのインターネット)分野にも対応し、都市部と地方のデジタル格差を縮める重要なインフラとして機能しています。


光衛星通信分野での新たな展望

森は今回パネルディスカッションにも登壇しました。タイトルは「The Path to Seeing the Light: Checking in on Development of Optical Communication Networks(光が見えるまでの道のり: 光通信ネットワークの開発をチェック)」で、主に光衛星通信の最新のトレンドについて議論が行われました。

パネルセッションの様子。 左からMaxar Technologies シニアディレクターRizwan Parvez、Kepler Communications シニア・アドバイザー兼共同創設者Wen Cheng Chong、ワープスペース CSO兼米国CEO森裕和、Transcelestial Technologies 宇宙防衛部門責任者Jan Smisek、Skyloom Global Corp. チーフストラテジー・コマーシャルオフィサーEric Moltzau。

パネルセッションを踏まえ森は、

光衛星通信分野は直近、民間企業による地上‐宇宙間の通信が成功するなど勢いがある分野である一方で、市場から退場する企業も出てくるといった厳しい現実もある。


と述べます。
また続けて、タイにおける光衛星通信については

タイ空軍による具体的な計画は現時点で明確に発表されていないが、今後活用されていくだろう。船舶や漁業、海洋関連分野ではすでにスターリンクの利用が進められている。


と述べました。
タイにおいても活用が期待される光通信ですが、ワープスペースは人工衛星向けの光即応通信ネットワークサービス「WarpHub InterSat(ワープハブ・インターサット)」の開発を進めています。光通信が可能な中継衛星3基が、他の衛星から送られてきたデータを地上局に即応的かつ高容量で転送する仕組みで、2025年までの実現を目指し開発中です。

今後もワープスペースの活動にご期待ください。

(執筆:川口奈津美)


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