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「宇宙資源」研究の第一人者・宮本英昭教授が考える、産業革命に匹敵する未来の大イベントとは?【伊東せりか宇宙飛行士と考える地球の未来#19】

「宇宙開発」と一口に言っても、開発しているものやその目的はさまざま。

このシリーズでは、ワープスペースのChief Dream Officerに就任した伊東せりか宇宙飛行士と一緒に宇宙開発の今と未来を思索していきます。

第19弾となる今回のテーマは、宇宙空間に存在する水や鉱物などの「宇宙資源」についてです。宇宙資源の研究の第一人者である東京大学大学院の宮本 英昭教授をお迎えして、資源利用の意義や研究の現在地をうかがいました。

月の地下数十cmを調査するわけとは?

©︎小山宙哉/講談社

せりか:宮本先生、よろしくお願いします!宮本先生は、3月に閉館した宇宙ミュージアム「TeNQ」に設置されていた、研究者が研究している様子を見学できる「リサーチセンター」にも協力されていましたよね!宮本先生は宇宙資源がご専門だと聞いています。宇宙資源というと、まだあまりよくイメージがつかないのですが、どのような研究をされていますか?

東京大学大学院 宮本 英昭教授

宮本先生:天体の表面に何があり、どういう環境を持つのか、地球とどう違うのか、という惑星地質学や比較惑星学が私の専門領域で、ここからさまざまな分野の方々と一緒に宇宙資源学と呼べるような新しい分野をつくりたいと考えています。これは発展途上の分野ですから、基礎的な研究が必要で、宇宙資源の基礎となる太陽系探査に参加して、取り組みを進めることも活動のひとつですね。過去のJAXAの固体天体探査プロジェクトのほとんど全てに参加させていただいて、なかには私が提案して始まった探査プロジェクトもあります。近年は民間企業とも太陽系探査を進めています。

せりか:探査プロジェクトのほとんど全てに!?すごいですね。

宮本先生はテラヘルツ波(氷や水に敏感な周波数帯の電磁波)センサで月面の資源の分布を調査する「TSUKIMI(ツキミ)計画」にも参加されていると聞いています。このTSUKIMI計画について詳しく教えていただけますか?

宮本先生:TSUKIMI計画は総務省から研究委託を受けて、情報通信研究機構(NICT)と東京大学、大阪府立大学、JAXA、Space BDが中心となって進めているプロジェクトです。私はサイエンスとビジネスのリーダーを務めています。

月には水の氷が存在していると予想されていますよね、まだ完全には証明されていませんが。もし、本当に月面に氷があるとすれば、ロケットの推進剤として使えますし、何か物質を作る際の溶媒としても使えます。つまり、月の利用価値が非常に高くなります。

では、水は月面のどこにあるのでしょうか。理論的に考えると、地下深くではなく、表面付近にあると考えられています。

それに、水が月の地下1kmにあったとしても、掘り下げて集めるのに大きなエネルギーが必要になるので損ですよね。エネルギーのバランス的には、地表から20cmから30cmぐらいのところから資源を集めるのがいいのではないかと考えています。過去には、深くまで掘る計画だったにもかかわらず、結局20、30cm程度しか掘れなかった探査機もありますから。このくらいの深さが今の地球人の限界だとも思っています。

そういうわけで、月面の地下数十cmの情報を得るのに適した電磁波「テラヘルツ波」の研究をしているNICTの観測技術を使って、資源の分布を調査するのがTSUKIMIです!

せりか:なるほど!それで地下数十cmに焦点を当てた観測をしようとされているわけですね。

惑星探査機ボイジャーが捉えた土星の迫力

せりか:世界的に見ても、宇宙資源は新しい研究分野なのではないかと思います。宮本先生はどういう経緯で宇宙資源を研究することになったのでしょうか?

宮本先生:子どもの頃から宇宙に興味を持っていました。小学4年生のときに、惑星探査機ボイジャー1号・2号が撮影した木星と土星の画像を新聞で見たのを鮮烈に覚えています。もちろん土星に輪があることは知識として知っていました。でも、土星の近くまで行って写真を撮ると「こんなふうになるのか!」と。それはもう、文字で読んで知るのとは圧倒的に違う迫力を感じましたね。

ボイシャー2号が撮影した土星 ©︎NASA

せりか:じゃあ、小学生の頃から宇宙の研究者を目指していらっしゃったんですね!

宮本先生:実はそういうわけでもなくて。中高時代は勉強をさぼって、遊んでばかりでした(笑)。でも世界の名作や哲学書にも関心があったので、仲間に会いに行く電車のなかではドストエフスキーの作品を読んだりしていましたね。

高校を卒業する頃に娯楽業の店で働かないかと声をかけてもらいました。それで自分の人生について考えてみたんです。自分が本当に面白いと思うことをやらないと人生を無駄遣いしてしまう。自分が本当に面白いと思うこととは……?考えを巡らせていくと、一番鮮烈に興味を持っていて、人生を費やしたいと思えたのが太陽系の探査と開発でした。人類はどうやって宇宙に進出していくのか、活動領域を広げていくのか。その助けになるようなことができたら面白いなと思ったんです。

どうすればそのような研究ができるのか分からず、早速本屋に行って、関連の本の巻末を見てみると、著者のプロフィールに「東京大学卒業」と書いてあったんです。てっきり東京大学に行かないと宇宙に携われないのかと思い込んで。本当は色々な道があったはずだと思いますが。結局2年浪人して東京大学に入学しました。

せりか:ボイジャー1号・2号が宮本先生の好奇心へ根源的に与えていた影響力を感じるエピソード、素敵ですね!

宮本先生:東京大学は入学後に専門を決めます。一体何学部に行けばやりたい研究ができるのか迷い、理学部地学科に進むと、先生方からは「君がやりたい研究は理学的ではない」と言われたんです。途中で専攻を変えることも考えたのですが、色々とハードルがあり、結局博士課程まで進みました。

学位を取る前に工学部から助手にならないかと声をかけていただきました。資源工学の研究をしている工学部に来て、私がやりたかったのは宇宙資源だと気付いたのですが、工学部の先生方からは「それは理学だ」と総スカンを食らいました(苦笑)。

その後、アメリカのアリゾナ大学月惑星研究所で宇宙資源の基礎となる惑星地質学の研究をしました。この惑星地質学という分野は理学でも工学でもない両方の要素が入っている学問で、当時はまだ日本にはありませんでした。月惑星研究所は惑星地質学に関する研究では世界一で、小学生の頃から憧れていた木星の衛星や火星の専門家と一緒に研究に参加することができました。

アメリカから戻ると、今度は東京大学の博物館から声をかけていただきました。博物館では思う存分に探査計画に参加して、研究ができました。しばらくすると、学内のいくつかの専攻から教授にならないかと声をかけていただきました。最終的に工学系に所属し、その後2022年までは工学系研究科システム創成学専攻の専攻長も務めました。

科学技術の進歩により宇宙開発は新たなステージへ

©︎小山宙哉/講談社

せりか:宇宙資源の研究が世間から受け入れられるようになってきたのはなぜだと思いますか?

宮本先生:やはり地球人の持っている科学技術のレベルが十分に熟してきたからだと思います。アポロ計画時代に人が月面に行きました。それから人は行っておらず、宇宙探査が停滞している時間が非常に長かったと考える人もいるわけですが、私は間違っていると思います。

アポロ計画時代は少し無理してでも人を月面に送って、こういうことができるんだというデモンストレーションが重要と考えた側面があります。その意味ではアポロ計画は大きな成功をおさめました。

当時はコンピューターの性能も悪かったですし、デジカメもありませんでした。天体の探査機って、スマホと少しにているのです。カメラとセンサが付いていて、通信もできる。昔はスマホと同じような機能を作ろうとしたら、一部屋分くらいの大きさの機械が必要でした。

宇宙機も同じように技術の進歩がありました。もちろん物理的な原理は変わっていないので、地球の重力を振り切って何かを宇宙へ運ぶのが非常に難しいことに変わりはありません。ただ、宇宙機の小型化が進み、宇宙へ運ぶエネルギー自体も小さく済むようになりました。世界では小惑星探査機「はやぶさ」や「はやぶさ2」の成功がハイライトされていますが、中国やインドも独自のミッションを成功させています。この背景にあるのは、地球人の技術のレベルがいい具合に成熟してきた。もうこれに尽きるんじゃないかと思うんです。

迫り来る、宇宙資源に頼らざるを得なくなる時代

せりか:改めての質問になりますが、宇宙資源を探査および開発する意義はどこにあると考えていらっしゃいますか?

宮本先生:アメリカ大陸の開拓に例えて説明しましょう。開拓開始当初の人々は、ヨーロッパから全ての生活用品をアメリカに持ち込んで、足りなくなればヨーロッパに取りに帰る。今までの宇宙開発はこれだったと思います。地球から全てのものを持ち込んで、探査する。

しかし西部開拓時代になると、現地のものを使うようになっていきます。ヨーロッパからものを持って来なくても、バッファローを狩って、皮から服やベルトを作るようになりました。そして、物資を補給しなくても、どんどん西に進むことができました。これと同じことが宇宙でも起きるはずです。地球外でいかに有用なものを手に入れられるかが重要になってきますし、宇宙資源は必要になるだろうと考えています。

せりか:宇宙資源は地球の暮らしにも貢献すると考えますか?

宮本先生:そうですね。人類全体としてみると、私はもう宇宙資源に頼らざるを得ないだろうと思います。

せりか:というと?

宮本先生:私たち地球人は文明を支えるために、ブラジルやオーストラリアから鉄鉱石を持ってきて、コークスを使って金属に還元して使っているじゃないですか。生命が活動しているがゆえに、地球の表面は酸化的……つまり、ものが錆びてしまう環境ですから、錆びているものしか地球の表面にはないので、ものすごいエネルギーをかけて錆びている石から鉄を取り出しているんです。これをやっていると地球の環境が汚れてしまいます。

さらに、地球が誕生してから45億年の歴史のなかで少しずつ貯蓄されてきた様々な資源を、私たちは産業革命以降、莫大な勢いで消費しているんですよ。鉄鉱石や鉄分を多く含んでいる縞状鉄鉱層も使い尽くしてきちゃっていますし、銅がなくなってきていることも話題になっていますよね。リサイクルは必須ですが、それはそれで莫大なエネルギーが必要なので、自然エネルギーだけでは足りずに原子力発電が必要だと思います。ただ今度は放射性廃棄物の問題が出てきてしまいます。

いずれにせよ地球環境とのバランスを取るのは非常に難しい。500年、1000年後はどうしようもなくなってしまうかもしれない。それまでになんとか新しい技術革新を起こして対応する必要がある。科学者たちが1960年代からそれぞれの言葉で警鐘を鳴らしてきたことですが。この状況を解決する方策の一つに、地球内の物質循環に留まらない形がありえて、その意味で宇宙に解決策を見出す時代が必ず来ると思います。

宇宙資源を地球で

宮本先生:例えば地球の周りを周回している天体には、ほとんどが鉄で出来ている小天体がたくさんあると考えられてます……1km程度のものであっても、人類が産業革命以降に生み出すことに成功した全ての量の鉄と白金を含んでいます。これを持って帰ってきたら、無限に使える鉄と白金になります。しかも酸化していないのですぐ使えるし、処理にエネルギーもかからないので環境も汚さない。こういうものはどんどん使ったほうがいいと思うんです。

せりか:将来的には宇宙資源を地球で利用する日が来るかもしれないということですね。

©︎小山宙哉/講談社

宮本先生:でもそれはまだ先の話。宇宙資源利用の第一段階は人類が地球の経済圏から離れた場所で経済圏を確立すること。今はまさにその第一段階の時代が始まろうとしていますね。そのかなり先に宇宙資源を地球に持って帰ってきて、地球で使うというフェーズがあるでしょう。これは両方とも産業革命に匹敵するくらいの大きな変革になるはずです。

せりか:宇宙で経済圏を確立していくためには、どのようなインフラが必要ですか?

宮本先生:これはもちろん輸送や天体上での移動手段、通信、電源も必要ですし、保存したり生産するための宇宙ステーションや基地なども挙げられますから、言い出したら宇宙開発全般の必要なもの、となるでしょうけれど、大事な点は全てが揃っていないと何もできないわけではなく、やりやすいところから実現されていくであろう、ということかと思います。

せりか:宇宙資源の探査に取り組む民間企業も出てきていますね。

宮本先生:私は今後は民間がやる方が良いと思っています。失敗ができるからです。リスクが取れるのは大きなメリットです。だから民間企業が各国の宇宙機関と肩を並べて、場合によれば民間がリードして宇宙開発が進む。そういう時代になるのではないかと考えています。

せりか:リスクが取れるからこそ、スピーディに挑戦することができますね。こうした宇宙資源の探査や利用において、日本が競争力を高めていくには何が必要だと考えますか?

宮本先生:日本は月周回衛星「かぐや」や小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」を成功させた、天体の表面を一番よくわかっている国なんです。もちろんアメリカもよくわかっていますが、小惑星については我々の方が詳しいですよね。

それをなぜ産業利用しないのかが不思議でした。最近は産業として取り組もうとする人たちも出てきていて、この機運が非常に重要です。日本にはロケットや独自のロボット技術もあって、非常に競争力が高いので、これを伸ばしていくべきです。

せりか:私も宇宙資源の探査や利用についての情報発信を行っていきます。宮本先生、ありがとうございました。

せりか宇宙飛行士との対談シリーズ第19弾のゲストは、東京大学院大学の宮本 英昭教授でした。

次回はISSに代わる小型衛星を開発しているスタートアップElevationSpaceで広報と人事を担当している武藤槙子さんをお迎えし、サービス構想や研究の場としての小型衛星の優位性をうかがいます。お楽しみに!



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