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衛星×光通信を牽引するドイツ発ベンチャーMynaric・CCOに聞く光通信の可能性【伊東せりか宇宙飛行士と考える地球の未来#10】
「宇宙開発」と一口に言っても、開発しているものやその目的はさまざま。
このシリーズでは、ワープスペースのChief Dream Officerに就任した伊東せりか宇宙飛行士と一緒に宇宙開発の今と未来を思索していきます。
第十弾となる今回のテーマは、光通信です。ドイツ発のスタートアップ企業・Mynaric社のCCOであるティナ・ガトーレさんをゲストに迎え、せりか宇宙飛行士と光通信が持つポテンシャルについて議論しました。
惑星で基地を作りたい。ティナさんが描く夢のシナリオ
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ティナさん:こんにちは。MynaricでCCOをしています、ティナ・ガトーレです。セリカは、国際宇宙ステーション(ISS)に行ったことがあるんでしょう!?
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せりか:はい。JAXAの宇宙飛行士として、ISSに滞在しました!
ティナさん:羨ましい!私もいつか宇宙に行ってみたいです。周りには「どんな惑星にも行く」なんて話をしています。惑星に行って基地を作り、そこからほかの惑星と交信するのが私の夢です!
せりか:交信ですか……?
ティナ:はい!私が勤めているMynaricは、人工衛星や飛行機、気球、地上局などに使えるレーザー光通信の端末を製造するスタートアップ企業です。ドイツ航空宇宙センター(DLR)からスピンオフして、設立されました。10年以上にわたって研究開発を重ね、高品質のレーザー光通信の端末を生産するノウハウを手に入れました。
光通信の特徴は、エンドツーエンドの高容量でセキュアな通信であることです。
私たちMynaricは、地上、空、宇宙という異なる領域が網の目のようにネットワークで繋がっている世界を実現させる一助になりたいと思っています。光通信によって、私たちの暮らしをより良くするためのことをたくさんできるはずですし、通信しながらほかの惑星を探検しに行く手段を作ることもできるでしょう!
せりか:それはワクワクしますね!
現在、ISSに滞在する宇宙飛行士は、インターネットを自由に使うことができ、宇宙での暮らしの様子をブログやSNSで発信する方も増えました。ISSのインターネット回線の通信速度は、少しずつ改善されてきています。
しかしながら、現在のISSのインターネット回線は、複数のデータ中継衛星を乗り継ぎながら、通信しているので、中継衛星が切り替わるたびに地上との通信が途絶えてしまうという課題があります……。
宇宙にいても、地上にいるときと同じように家族や仲間と気軽に連絡を取り合えるようになると良いですよね。
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Mynaricの光通信端末がISSに設置される計画があると聞きました。実用化すれば、ISSでできることの幅が広がりそうです。
衛星×光通信のポテンシャル
せりか:光通信は、ISSのほかにどのような場面で役立てられるのでしょうか?
ティナさん:まずお伝えしたいのは、地球観測衛星での利用です!地球観測衛星には様々な種類があり、それぞれの周波数帯の画像を撮影します。そしてその画像を衛星から地上で受け取り、解析することで、私たちはデータを得られます。
今は大きな地上局で衛星から画像を受信した後に、画像を解析する研究機関や企業に地上の通信網を使って送信するのが一般的です。光通信を利用すると、地上局を経由せず、ポイント to ポイントで画像が必要なところに送信できるようになるので、ユーザーはより迅速にデータを取得できるようになります。
せりか:衛星画像をより早くダウンロードできるようになれば、災害時の被害状況の把握にも貢献できそうですね!
ティナさん:関連して、発災時は通信インフラが断絶してしまうこともあり、衛星にはその場合に重要な役割を果たすことが期待されています。
2022年1月に、南太平洋に浮かぶ島国・トンガ王国の海底火山が大規模な噴火を起こしました。恐ろしいことに、噴火と津波の影響で海底ケーブルが損傷し、通信設備が機能しなくなってしまいました。
せりか:通信が遮断されてしまったことにより、現地の様子が伝わってこず、日本国内でも多くの人が心配していましたよね……。
ティナさん:このような災害に見舞われた地域に衛星通信を提供できれば、多くの人々が通信できるようになり、助けることができるでしょう。
それから、光通信の特徴として、周波数帯域の制約がないため、ネットワークの展開が早いことが挙げられます。電波通信はほかのユーザーの電波と干渉するのを防ぐために、周波数帯域が細かく管理されています。国別や軍事用、社会インフラ用、医療用など産業別に利用できる周波数帯域が割り当てられるのです。
さらに、周波数帯域を利用するには、国際電気通信連合(ITU)や各国当局などに申請を出す必要があり、通信を行う許可を得るのに数年かかってしまいます。光通信は、同じ周波数帯域を利用しても干渉しないので、調整を省くことができるのもメリットです。
宇宙技術が地上の暮らしにも貢献
光通信が利用されているのは、ISSや衛星だけではありませんよ。色々な場面で活用され始めています。
例えば、世界にはインターネットを利用できない人々が何十億人もいますよね。Googleの親会社であるAlphabet社は、通信インフラが未整備の地域に、光通信によるインターネットアクセスを提供する「Project Taara」を進めていて、2021年9月にはコンゴ共和国でサービスの提供を開始しました。
メモ:Project TaaraとProject Loon
Alphabetは気球を使ってインターネットアクセスを提供する「Project Loon」を進めていましたが、2021年1月に打ち切りが発表されました。Project Taaraは、Project Loonで得られた知見を活かして実施されています。
参考:最大20kmの距離を光線で結びネット環境を提供する「Project Taara」
約4.5kmの幅のコンゴ川の上空を光通信で繋いでいる……つまり、私たちが宇宙や空で使っている技術を活かして、従来の方法では通信が不可能だった場所にも通信を提供しているのです。
せりか:インターネットが普及し、デジタルデバイド(情報格差)が解消されれば、先進国と開発途上国の教育格差を埋めることにも貢献できますよね。
ティナさん: そうですね!
そういえば、セリカは宇宙飛行士になる前は、医者だったと聞きましたよ。
レントゲンやエコー検査の結果など、大量の画像データから生成される医療データを転送するには、通信インフラが必要です。
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例えば、アジアの離島の病院にいる医師が、ヨーロッパにいる専門医から診療の援助を受けるためには、医療データを転送したいという場面が想定できますよね。世界には遠隔地や島しょ部など、光ファイバーが整備されていない地域が多くあり、こういう地域では光通信の価値は大きいと思います。
さらに、医療データは個人情報が含まれるので慎重に扱わなければなりませんが、安全性が高い光通信であれば安心して利用できます。データを高速で転送できるのも、役立つポイントですね。
せりか:医療分野での貢献も期待されているのですね!人々がどこにいてもリアルタイムにコミュケーションを取れるように支援することは、教育や就労の機会や適切な医療へのアクセスを提供することにも繋がりますし、波及効果が大きいことだとわかりました。
ティナさん:そうですね。私たちMynaricは、多様性を大切にしています。男性も女性も、年配の方も若者も、科学者も企業のマーケティング担当者も、様々な人々が話し合うことで、先端技術のイノベーションが起こることを日々感じています。アイデアの多様性が未来のプロダクトを生み出します。
せりか:私も様々な経歴を持つ人々と一緒に働くなかで、アイデアの多様性の重要さを感じています。
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より多くの人が場所にとらわれずに意思決定に参画できるようになれば、社会は豊かになっていくのではないかと思います。ありがとうございました!
せりか宇宙飛行士との対談企画第十弾は、Mynaricのティナ・ガトーレさんに登場していただき、光通信のポテンシャルについて議論しました。
次回のゲストは、JAXA海外駐在員事務所の小野田勝美所長です。JAXAの海外駐在員の仕事やアルテミス計画の見所をうかがいます。お楽しみに。
参考文献
ISSではいつからインターネットが使えるようになったのでしょうか?