レミー・トワイルワ他連名公開書簡「勇敢なる道:カナダにおける人種の歴史を理解するために、BIPOC/IBPOCが不可欠な理由 ジョセフ・ヒースに抗議する」(2021年6月9日)
〔訳注:本記事は、ジョセフ・ヒースによるBIPOCに関する記事(邦訳版はここで読める)を受けて、カナダ一部知識人達が抗議のために行った連名の公開書簡を意訳・要約したものである。〕
[この記事は、オンタリオ州ロンドンで起きたイスラム教徒差別主義による襲撃事件を前にして書かれたものです] 。
トロント大学教授でピエール・エリオット・トルドー財団(PETF)のフェロー〔特別研究員〕のジョセフ・ヒースは、5月28日に発行されたグローブ・アンド・メール紙に論説を発表し、頭文字「BIPOC(“Black、Indigenous、People of Color:黒人、先住民、有色人種”)はカナダにおいて妥当であるか疑問を呈しました。このようなヒースの企て――特に批判的人種理論、脱植民地・ポストコロニアル理論、ブラックフェミニスト思想を否定する反動的言説を助長する企て――に対して、PETFから現在及び過去に奨学金を受け取っている(いた)私たちは距離を置きたいと考えています。
ヒースの主張は、ケベック州の保守右派と歩調を同じくしているものです。すなわち「アメリカで開発された概念の輸入を通じてカナダが“アメリカ化”されるのを我々は目の当たりにしている」というものです。ヒースからすれば、カナダは人種が基盤となっていない「例外的な」歴史によって特徴付けられる国家ということになります。
このヒースの主張は、非白人がカナダ国家によっていかに差別され、搾取され、殺されたかを証明した重要な研究を無視するものです。最近、寮制小学校の跡地で215人の先住民の子供の遺体が発見された事実は、このカナダ国家による暴力的な歴史を証明していますが、ヒースがやったような提言は、この暴力的な歴史を矮小化する試みに他ありません。
カナダは、先住民、黒人、その他の人種的少数派の人々の人間性を奪うことで建国されました。人種差別は60年代まで移民政策の中心だったのです。中国人への人頭税や、アメリカからのアフリカ系アメリカ人の移住を妨げた取り組みなど、「人種」はカナダ国家の創設の柱となってきました。ヒースは、カナダの多文化主義を無批判に称賛することで、人種中立の神話を永続させています。
カナダにおける体系的人種差別は今も続いています。国連の報告書によると、カナダの先住民族は、国家に放置された結果、土地の権利を日常的に侵害され、社会経済的に苦しい状況に置かれ、過剰な投獄を受け、致命的な性暴力に遭っています。〔カナダでは〕反アジア憎悪、イスラム嫌悪、移民排斥の言説によって、暴力的な右翼運動が助長されていますが、国家安全保障機関はこれらほとんどを見て見ぬ振りをしています。
黒人の生命を守ろうとする最近の抗議活動にもかかわらず、黒人系カナダ人は、警察や司法といった国家機関との間で致死的な交流を強いられており、反黒人レイシズムが日々明らかになっています。カナダにおける反黒人主義は、アメリカとの安易な比較――特にヒースやったような奇妙な「苦しみの数字化」に示されているように、アメリカの奴隷制との安易な比較で軽視されています。ヒースの分析からは、アメリカ大陸全体が奴隷制と植民地主義によって疑いようもなく宿命付けられてきたことが省略されています。
BIPOC(またはIBPOC)という用語は、アメリカ大陸の黒人、先住民、その他の人種差別された人々の固有の歴史と経験を強調することを目的としており、被差別者を階層化することを目的としていません。政治的概念として「BIPOC」という用語が使われた場合、活動家や学者は人口統計を説明しているのではないのです。非人間化と不当に扱われたことへ集合的経験を呼び覚ましているのです。
ヒースによる最も侮辱的な提言は、(白人の)フランス系カナダ人への「迫害」を、他の人種差別された集団の経験よりも特別に配慮すべきである、というものです。この見解は、フランス系カナダ人がカナダで享受している特権を無視しているだけでなく、「被害者意識を持つ白人」という有害な物語を助長しています。フランス系白人は植民地支配者としてタートル島にやってきており、フランス系カナダ人の経験を非白人グループの経験と同一視することは、カナダにおける人種差別的な人々の抑圧を消し去ることになるのです。
もしヒースが人種を研究している学者や活動家に相談していたら、「BIPOC」という用語の限界について、既に活発な議論がなされていることに気づいていたでしょう。批判的人種研究の手法では、さまざまなグループが不均等に人種化されており、抑圧が作用しているのは、人種・ジェンダー・階級の交差点であると認識されています。先住民の歴史に敬意を表して「IBPOC」という頭字語を使っている組織もあります。極めて重要なのが、BIPOC/IBPOCという用語は、白人至上主義による支配的な力を経験した様々な人種グループの連帯を築くのに有用ということです。こうした〔様々な人種グループによる〕協力関係は、カナダ全土で人種的正義を推進する上で重要です。
最後に、ヒースによるこのような記事が発表されたことは、今日の公共における知的偏重の力関係の有り様を教えてくれます。「アカデミアや主流メディアは、進歩派に取り込まれている」との物語は実態に反していています。正義を求める運動に対して、評論家が「中立」や「懐疑的」な議論を繰り広げて名を馳せる行為が常態化しているわけです。
このような〔評論家による中立を標榜した〕議論は、「ディベート」や「挑発」の多くは討論や注意喚起を標榜することで、白人の被害者意識の物語を正当化するものとなっています。結果、人種的に差別された人々が代償を払うことになるのです。私たちはレイシストによる被害者意識と戦わねばなりませんし、個人的なトラウマを語らないといけませんし、歴史的記憶喪失に直面している植民地主義と人種差別の遺産を説明し直さなければならないのです。今後、カナダの出版言論が、ヒースとは異なる、カナダにおける人種や人種差別がどのように機能しているかの研究に専念している学者の声を優先的に取り上げることを私たちは期待しています。
以下、本公開書簡執筆者:
Rémy Twahirwa, PhD Sociology, London Schools of Economics and Political Science, 2020 Scholar
Cindy Ma, PhD Information, Communication & the Social Sciences, University of Oxford, 2019 Scholar
Fahad Ahmad, PhD Public Policy, Carleton University, 2018 Scholar
以下、本公開書簡への賛同者の署名リスト:
Behbahani, Laya, Simon Fraser University, PhD Communication, 2020 Scholar
Bernbaum, Joel. University of Saskatchewan, PhD in Interdisciplinary Studies, 2020 Scholar
Boulebsol, Carole, Université de Montréal, PhD in Applied Human Sciences, 2020 Scholar
Brock, Samara, Yale University, PhD candidate at the Yale School of the Environment, 2015 Scholar
Carrier, Leah, Dalhousie University, PhD Nursing, 2020 Scholar
Curlew, Abigail, Carleton University, PhD Sociology, 2019 Scholar
Dionne, Jasmine University of Victoria, PhD Political Science, 2020 Scholar
Furniss, Allison, University of Cape Town, PhD Anthropology, 2020 Scholar
Gerrits, Bailey, PhD, 2015 Scholar
Greening, Spencer (La’goot), Simon Fraser University, PhD Individualized Interdisciplinary Studies, 2018 Scholar
Greyeyes, Jarita, Stanford University, PhD Race, Inequality and Language in Education, 2019 Scholar
Karamouzian, Mohammad, University of British Columbia, PhD Population and Public Health, 2018 Scholar
Kaufman, Andrew, University of Toronto, PhD Geography and Planning, 2018 Scholar
Kite, Suzanne. PhD Candidate in Fine Arts, Concordia University, 2019 Scholar.
Lake, Stephanie. University of British Columbia, PhD Population and Public Health, 2017 Scholar
Lavalley, Jennifer, University of British Columbia, PhD Interdisciplinary Studies, 2020 Scholar
Lazurko, Anita, University of Waterloo, PhD Social & Ecological Sustainability, 2020 Scholar
Lteif, Diala, University of Toronto, PhD Planning, 2018 Scholar
Malenfant, Jayne, McGill university, PhD Education, 2018 Scholar
Mohanty, Kalpana, PhD in History, 2020 Scholar
Mussell, Linda, Queen’s University, PhD Political Studies, 2019 Scholar
Nosek, Grace, University of British Columbia, PhD in Law, 2018 Scholar
Overlid, Veronica, Carleton University, PhD Law and Legal Studies, 2020 Scholar
Paynter, Martha, Dalhousie University, PhD Nursing, 2019 Scholar
Peirce, Jennifer, CUNY Graduate Center, PhD (c ) in Criminal Justice. 2015 Scholar.
Pennanen, Kelsey, University of Calgary, PhD in Archaeology, 2020 Scholar
Prince, Holly, Lakehead University, Joint PhD in Educational Studies, 2019 Scholar
Robert, Diane, Concordia University, PhD candidate in Fine Arts, Humanities Interdisciplinary Studies, 2019 Scholar
Roy, Stéphanie, Université Laval, PhD in Law, 2017 Scholar
Soubry, Bernard, University of Oxford, D.Phil in Geography and Environment, 2018 Scholar
Stephens, Phoebe, University of Waterloo, PhD Candidate in Social and Ecological Sustainability, 2018 Scholar
Thumath, Meaghan, University of Oxford, 2015 Scholar
Voon, Pauline, University of British Columbia, PhD Population and Public Health, 2016 Scholar
Weiler, Anelyse, Assistant Professor, University of Victoria, 2015 Scholar
Yona, Leehi, PhD Candidate in Environment and Resources, Stanford University, 2018 Scholar
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