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グレーム・ウッド「この先の10年はさらに悪くなるかもしれない:ある歴史学者は『社会の興亡を予測する鉄則』を発見したと信じてる。彼は、悪い知らせを携えている:ピーター・ターチンとは何者か?」(アトランティック誌2020年12月号):要約&意訳

〔本エントリは、アメリカの著名な雑誌『アトランティック』に掲載された、ピーター・ターチンの取材記事の意訳・要約である。重要な部分はなるべく拾って文章化しているが、あくまでも意訳・要約であることを留意した上で読んでいただけると幸いである。
なお、この記事に関して、ターチン本人は、自分の研究を紹介してくれたことに感謝を示しつつも、「自分は預言者と呼称したことはなく、予言を行ったこともない」「私は歴史学者を敵視していない」等々の理由から困惑を示している。〕

The Next Decade Could Be Even Worse
A historian believes he has discovered iron laws that predict the rise and fall of societies. He has bad news.
Story by Graeme Wood

ピーター・ターチンは、松食い虫の世界的な専門家の一人であり、おそらく人間についての専門家でもある。彼は今夏、教鞭を執っているコネチカット大学ストアーズ校のキャンパスで、嫌々ながら私に会ってくれた。パンデミックの渦中、多くの人は他人に会いたがらないが、彼もそうだ。「君の知りたいことは、私の数理モデルが既に全て伝えているじゃないか。どうしてまた、直に会いたがるんだ」と彼は訝しがった。

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彼とは大学内で会ったが、彼は大学には留まってはいられなかった。「私がロシア人である証拠を知りたいなら、それは物事を座って考えることができない性質にある。散歩に出かけよう」と話す。当時、パンデミックによって国がロックダウンされて数ヶ月が経過していたが、互いにロックダウン以降に始めて会った他人だった。キャンパス内は静まりかえっていた。「一週間前だと、中性子爆弾が飛んできた感じだったね」とターチンは言う。「リス、ウッドチャック、鹿なんかの動物が大学内に帰ってきてるんだ。時にはアカオノスリすら見かける」。大学内を一緒に歩いていた時に唯一見かけた人間が、敷地の管理人とスケートボードに乗った数人の子供だった。

ある理由から2020年は、ターチンにとっては好ましい年であり、同じ理由から彼以外の人間にとっては地獄のような年となっている。炎上する都市、選挙で選ばれた指導者達が暴力を是認している、殺人の急増――これらは、普通のアメリカ人にとっては、黙示録の兆候に他ならない。ターチンからすれば、これら出来事は、人類の歴史に関する数千年ものデータを組み込んだ、自分のモデルが正常に機能している証拠に他ならない。「人類史全てじゃない。一万年だ」と彼は一度だけだが訂正を求めた。彼は過去10年に渡って、いくつかの鍵となる社会・政治的トレンドが、ほとんどのアメリカ人が経験したこともない、暴動と大虐殺の「不和の時代」の予兆を示している、と警告してきた。彼は2010年に、「2020年頃には、騒乱は深刻化し、鍵となっている社会・政治的トレンドが反転するまで収まらないだろう」と予測している。彼の予測によるなら、「最良のシナリオは1960年代後半から1970年代前半のような大混乱であり、最悪のシナリオは全面的な内戦である」とのことだ。

根源的な問題となっているのは、「社会病理における暗黒の三元素だ」とターチンは言う。
①「肥大化したエリート階級:見合った仕事があまりにも不足している」
②「一般民衆の生活水準の低下」
③「財政状況を維持できない政府」である。
彼のモデルは、この3ファクターを歴史上の様々な社会で追跡したものだが、一般向けの書籍で説明するには複雑すぎる内容となっている。ところが、彼のモデルは、一般向け出版物の書き手達に感銘を与えることに成功し、ジャレド・ダイヤモンドや、ユヴァル・ノア・ハラリといった「メガ・ヒストリー」の著者達と並び称されるようになっている。ニュヨーク・タイムズのコラムニストであるロス・ドゥーサットはかつては、ターチンの歴史モデルは説得力がないと考えていた。しかし、「2020年」は、彼をターチンの信奉者へと転向させた。

ダイヤモンドとハラリは、人類史を描くのを目的としている。ターチンは、人類同胞達の、SF的に遠く離れた未来に目を向けている。彼の最も分かりやすい本“War and Peace and War(戦争と平和と戦争)”(2006年)では、アイザック・アシモフの『ファウンデーション』シリーズに登場する「破天荒な数学者」ハリ・センダンに自身を例えている。「過去の1万年のデータによって、人類社会の運命を左右する鉄則を発見した」とターチンは考えている。

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「我々社会の運命は、少なくとも短期的には良くはならないだろうね。もう手遅れなんだ」と、我々がミラー・レイク(鏡湖)を前を通り過ぎた時に、ターチンは話してくれた。ミラー・レイクはコネチカット大のウェブサイトで「学生に好まれる場所です。皆は本を読んだり、リラックスしたり、木のブランコに乗っています」と説明されている。「問題は、深刻で、構造的なものであり、民主主義的な変更のような退屈なプロセスでは、騒乱を未然に防ぐ時間がもはや残されていないんだ」。ターチンは、アメリカを氷山に向かって進んでいる巨大な船に例えている。「乗組員の間で、どの方向に曲がるべきか議論してる間に、船は曲がりきれず、氷山に激突してしまう」。議論は10年近く前から続いている。鋼鉄がねじれ、リベットが弾け飛ぶような不快な音が読者にも聞こえているはずだ――船が氷山にぶつかる音に他ならない。

「我々には、地獄のような5年間がほぼ間違いなく保証されている。おそらく10年以上になるだろうね。君のような人間が多すぎることが問題なんだ。君は支配者階級なんだ。君は、髪の毛を茶色に染めているし、私より新型のiPhoneを持っているだろう」と彼は言う。ターチンの理論では、社会的暴力を引き起こす3つのファクターの内「エリートの過剰生産」が最も重要視されている。サウジアラビアでは、支配者階級のポジション数より、王子や王女が多量に生まれている。つまりサウジでは、生物学的要因だ。アメリカでは、経済・教育の上昇志向が、エリートを過剰生産している。誰もが金持ちになり、教育を受けられることを望んでいる。これは悪いことなのだろうか? 問題は、お金とハーバードの学位が、サウジアラビアの王室の肩書のようになっていることだ。多くの人がこの肩書を持っていても、見返りの権力は極一部の人にしか与えれない。見返りが与えられない人は、権力者に牙を剥くことになる。

「アメリカでは、一流の法律事務所や、政府の有力機関、他だと――」(ここで私に矛先が向かって来た)「全国紙なんかの仕事への志願者が過剰競争化している。君にも見えているはずだ」。私のTシャツに空いた穴をチラリと見て、「人は経済エリートより、イデオロギー・エリートの一翼になりたがるんだ」とターチンは言う。(彼は、自分はどちらのエリートにも属していないと考えている。「大学の教授はせいぜい数百人の学生に影響を与えてるだけだよ。君は何十万もの人に影響を与えている」と話す。)エリートの仕事の数は、エリートの人口生産数よりも速く増えない。上院議員の議席数はいまだ100席しかない。なのに「俺が国を動かすべきだ」と考えている潤沢な資金や学位を持っている人はかつてないほど大量になっている。「今や、同じ地位を争うエリートが多量に存在し、そのうちの一部がカウンターエリートに転向する状況となっている」とターチンは言う。

例えば、ドナルド・トランプは、一見エリートに見える(父親は金持ち、ウォートンでの学位、金ピカの便器)かもしれない。しかしトランプ主義は反エリート運動なのである。トランプの政府には、過去の政権では締め出されていた「資格を有する才能の無い人間」で溢れている。「トランプの元顧問で、チーフ・ストラテジストのスティーブ・バノンは、カウンター・エリートの『典型例』だ」とターチンは言う。バノンは、労働者階級の出自から、ハーバード・ビジネス・スクールに通い、投資銀行家として富を手に入れ、一攫千金を手にしている。ここで重要なのが、バノンは金持ちになったにも関わらず、一般大衆と同盟するまでは、権力を入手できなかったことだ。「バノンは、トランプを利用して、白人労働者の男性の地位復権に火を付けようとしたんだ」とターチンは言う。

エリートの過剰生産は、カウンター・エリートを生み出し、カウンター・エリートは一般人の中から同盟者を探し出す。一般人の生活水準が(エリートとの相対的なものではなく、以前の生活水準と比べて相対的に)低下していれば、一般人らは、カウンターエリートの口説き文句を受け入れ、タンブレル〔ギロチン台までの死刑囚移送者〕の車軸に油を差し始めることになる。一般人の生活水準はさらに悪化し、カウンターエリートはエリート用の救命ボートに乗り移ろうとし、現行エリートに叩き落される。崩壊の最終的なトリガーは、国家の債務悪化がきっかけになる傾向がある、とターチンは言う。〔不安定性が〕ある地点まで到達すれば、安全性の向上にはコストが掛かることになる。エリートらは、補助金やバラマキで不満な市民を宥めねばならなくなるからだ。このバラマキが尽きると、エリートらは、反対者を警察力で取締り、市民を弾圧しなければならなくなる。最終的に、これまでまとまっていた文明は崩壊する。

ターチンの予言は、今アメリカの崩壊が進んでいなければ、占い師の託宣のような屁理屈にすぎないと見なされ、終わっていただろう。もし、この先の10年が、彼の予言のように変動すれば、彼の洞察は、歴史学者や社会科学者による研究対象となるだろう――もちろん、その時に研究者を雇う大学が残っていればだが…。

ピーター・ターチンは1957年にロシアのオブニンスクで生まれている。ソビエト連邦がナード(専門家)のための天国のような街として建設した都市である。父のヴァレンティンは物理学者にして反体制派。母のタチアナは、地質学者として訓練を受けている。彼は7歳の時、モスクワに移住し、1978年には父と一緒に、ニューヨークに政治亡命している。父のヴァレンティンは、ニューヨーク市立大学で教鞭を取り、ピーターはニューヨーク大で生物学を学び、デューク大で動物学の博士号を取得している。

ターチンは、アメリカとグアテマラの間の地域に生息し、マメ科の植物を食べるインゲンテントウ虫についての論文を執筆した。ターチンが研究を初めた1980年代初頭、生態学はいくつかの分野で既に進化を始めている。昆虫の古い研究方法は、昆虫を集めて類型化することだった――足の数を数え、腹部を測定し、後で参照できるようにパーティクルボードに標本としてピン留めしておく。(ロンドンの自然史博物館に行くと、古い保管庫には、今でもガラス瓶やケースに入った標本が棚に並んでいるのを見ることができる。)1970年代に入って、オーストラリアの物理学者ロバート・メイは生態学に着目し、蝶を網で捕まえたり、瓶で罠を仕掛けるような伝統的な研究手法に追加して、スーパーコンピューターを使用しての数理科学への変更に貢献している。「もっとも、キャリアの初期だと、ほとんど生態学者は、まだ相当の数学恐怖症だったね」とターチンは私に言う。

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実際、ターチンもフィールドワークを行っている。彼はフィールドワークで集めたデータを使用して、個体群の動態をモデル化することで、生態学に貢献している。例えば、彼は、松食い虫の個体群が森林を侵食したり、場合によっては減少するプロセスを数理化して特定している。(他にも、彼は蛾、野ネズミ、レミングなどの研究も行っている。)

ところが、90年代後半、ターチンは危機に見舞われる。彼は「甲虫について知りたいことを全て知っている」ことに気づいたのだ。彼は自分自身を、トム・ストッパーの劇『アルカディア』に登場する天才少女、トマシーナ・カヴァリーに例えている。カヴァリ―は、カオス理論が発展する1世紀前に生まれた悲劇の天才少女だ。「カヴァリ―は自身の洞察が、当時の科学で扱うにはあまりに複雑すぎたので、研究を諦めたんだ。自分が、甲虫の研究を止めたのには、問題を解決したからなんだ」とターチンは言う。

ターチンは、生態学分野での最後の専門書“Complex Population Dynamics: A Theoretical / Empirical Synthesis(個体群動態の複雑性:理論/経験の合成)”(2003年)を発表した後、「自分はこの分野に永遠のサヨナラをしようと思う。もっともテニュア持ちの教授として給料はもらい続けるがね」と大学の同僚達に伝えた。(彼は「もう昇給することはないが、快適なレベルに達しているし、君も知っているように、私はそんなにお金を必要としていないんだ」と言う。)「“中年の危機”だよ。もっとも普通の中年の危機は、年老いた妻と離婚して、大学院生を結婚する。どっこい私は、古い科学と離婚して、新しい科学と結婚したんだな」と言う。

ターチンの生態学分野での最後の論文は、雑誌『オイコス』に掲載されている。彼は〔昔、生態学を研究していた頃に〕「昆虫の個体群の生態には、一般化できる法則はあるのだろうか?」と彼は周りの生態学者に尋ねた。ほとんど生態学者は「ノー」と答えた。昆虫は、個体群ごとに独自の動態を持っており、それぞれの状況は異なっている。松食い虫は、松食い虫の事情で繁殖し、森林を荒廃させる。蚊やダニの個体群は、同じリズムで、増減を繰り返さない、と。ターチンは、生態学に適用できる「究極的に一般化できる法則命題がある」と提唱した。生態学は、集収と分類の長い青年期を経ており、普遍法則を記述するのに十分がデータが蓄積されていたのだ。全ての種が、固有の特異性を持っているかのような言い方を止めようではないか、と。「生態学者はこういった“Laws(様々な行動基準)”を知っているなら、それらを〔統合・一般化して〕“Law(法則)”と呼ぶべきだ」とターチンは言ったのだ。例えば、「生物の個体群は直線的ではなく、指数関数的に増加、もしくは減少する」とターチンは提唱している。これはつまるところ、モルモットを2匹飼えば、すぐに数匹のモルモットになるだけに済まず、ご近所にあふれかえるだけの個体数になってしまうのと同じ理由である(餌を与え続ける限りだが)。この法則は、高校数学の生徒が理解できるほど単純で、ダニからムクドリ、ラクダに至るまで、あらゆる生物の運命が記述可能だ。ターチンが生態学に持ち込んだこの法則――「法則と呼ぶべきである」と彼が主張したことで、当時丁重な論争を引き起こしている。そして、この法則は、今では教科書に記載されている。

ターチンは生態学を離れ、異なる動物種である人間についても、生態学と同様に一般化された法則を定式化しようとする。彼は、長い間、個人的趣味として歴史に興味があったのだ。ただ、彼は学問のサバンナを調査し、弱い獲物に飛びつく捕食者としての本能を持っていた。「あらゆる学問は、数式化へと移行する」と彼は言う。「中年の危機に見舞われた私は、数式化への移行可能な学問分野を探していたんだ。残されていた分野は1つだけだった。“歴史学”だよ」

歴史学者は、書籍や手紙のようなテキストを解読する。考古学の場合は、陶器の破片や硬貨の発掘だ。しかし、ターチンからしてみれば、こういった方法だけに頼ることは、昆虫をパーティクルボードに針止めし、触覚を数えて研究するのとさして変わらない。もし、歴史学者が数式化の革命を行わないなら、ターチンは彼らの陣地に襲いかかり、取って代わるだろう。

「歴史に一般的な法則があるかどうかについて、科学者や哲学者の間では長い間議論されてきた」と“Secular Cycles”(2009)でターチンと共著者は書いている。「我々の研究の基礎的な前提は、物理学者や生物学者が、自然システムを研究するのに用いているのと同じ方法で歴史社会の研究は可能だということにある」。ターチンは、「歴史的社会の機能と動態を説明できる一般原理の探求」に特化した雑誌クリオダイナミクス(歴史の女神「クリオ」を元にした彼の造語である)を創刊している。彼は、雑誌の創刊前に、『ネイチャー』に投稿した論文の中で、この学問分野野の到来を宣言している。ネイチャーの論文で、ターチンは、歴史学者が一般原理の構築に消極的なことを批判し、「虫食い鳥の私生活に執着する生物学者」に例えている。「歴史学は、特殊事例にだけ関心を向け続けている」と。歴史学者達が、大学の地下室で鐘の壺のホコリを払っている間に、ターチンとその支持者達は、2階に上がって大きな疑問に解答を行っている

クリオダイナミクス誌の研究素材の為、ターチンは、歴史と考古学のデータのデジタルアーカイブを作成した。「記録をコード化するには、巧妙な処置が必要なんだ。(例えば)中世フランスにおけるエリート志願者の階級の規模を規定する方法は、現在のアメリカのエリートと志願者の尺度とは異なっている。当時のフランスだと貴族の次男や三男坊達だ。支配する城や荘園を持てなかったあぶれ者の集団だよ。今のアメリカだと、弁護士の数になるね」と彼は言う。一度データが入力されると、ターチンと彼の支持者である歴史周期の専門家達は、精査を経て、即座に強力な歴史の現象についての示唆を提示する。

宗教史家達は、複雑な文明の台頭と神の関係について長年を考察を続けてきている。特に罪人を罰する「道徳的な神」と呼ばれる神だ。「人類は神の概念を発見したことで、複雑で大規模な社会の形成が可能になったのだろうか?」それとも「社会が複雑で大規模な社会になったことで、人類は見知らぬ他者を監視するために“道徳的な神”が必要となり発明したのだろうか?」と。ターチンは十数人の共同研究者と共に、この問題をデータベース化して研究を行った(全世界の過去1万年、30の地域から、414の社会の記録を取った。それから社会の複雑性を、51段階に尺度に、道徳の超自然的な強制力を4つの尺度にしての研究となっている)。結果は「複雑な社会は道徳な神を持つ傾向が高い。神は社会が複雑になってから説教を始める傾向がある」だった。ターチンのデータベースが拡張するにつれて、人文社会科学の領域から疑問は消え失せ、多くは「回答済み」のマークが付けられて一件落着となっていくだろう。

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ターチンの研究で、最も歓迎されない結論の一つが、「複雑な社会は戦争によって生じる」というものだ。人は、戦争で戦い、生き残る為に組織を形成する。戦争によって、人は、コミュニティを報酬として獲得する。そして、戦争による自己組織化は、小さなコミュニティを一掃する傾向を生む。「“豊かで複雑な社会は、大学や美術館、哲学や芸術を生む。しかしそのような社会は、戦争のような醜い営為によって存在している”との結論は、誰しも受け入れたくない」と彼は言う。しかし、データは明確だ。ダーウィン的プロセスによる淘汰は、単純な社会を破壊し、複雑な社会を生み出す。「民主主義の強みは、制度に内在する本質的な善性と、ライバル政体との道徳的向上の競争にある」との考えも、彼に言わせると、空想的なものに過ぎない。民主主義政体が繁栄するのは、外敵によって消滅しかけた記憶によるものだ、と。人は、集団行動によってのみ絶滅を回避してきており、絶滅を回避した集団行動の記憶・伝承こそが、現代の民主政治を円滑化している、と。「民主的制度を採用と、生存のための戦争の必然性には、非常に密接な相関関係がある」とターチンは言う。

もう一つの歓迎されない結論は、まもなく我々社会に混乱が降りかかり、国は崩壊する瀬戸際まで達するかもしれない、との結論である。2012年、ターチンはアメリカの政治的暴力の分析をデータベースに基づいて発表した。1780年から2010年までの事件(暴動、リンチ、最低1人が死亡した政治イベント)が分類されている。穏やかな時期もあれば、血なまぐさい時期もあり、残虐性のピーク1870年、1920年、1970年と50年周期だった。ターチンは、南北戦争(1861-65)を、“sui generisイベント(例外的イベント)”として〔自身の理論から〕除去している。この除去は疑念を抱かせるかもしれない。しかし、統計学者からすれば「異常値のトリミング」は当たり前の実務なのである。対照的に、歴史学者やジャーナリストは、(興味深い出来事なので)「外れ値」に焦点化する傾向があり、結果、より大きなトレンドを見逃してしまう。

このターチンによる歴史の循環的側面からの観察は、エリートの数に格別の注意を払って、アメリカ史を再研究しなければならないものとなっている。「19世紀半ばに始まった北部の工業化は、膨大な人々を豊かにした」とターチンは言う。工業化による経済成長によって生まれたエリートの群は、南北戦争や、戦争後の相次いだ共和党の政治家の暗殺によって「淘汰」されている(最も有名なのは、20代大統領ジェームズ・A・ガーフィールドが、弁護士によって暗殺された事件だ)。エリートの過剰生産が、実際に減少し始めるのは、1920年代の進歩党の改革、そしてその後のニューディール期になってからだ。少なくとも戦後の「淘汰」はエリートの過剰生産の増加を一時的に減速させている。

このエリートの過剰生産による暴力と平和の振動理論に基づいた2020年の予測は、繰り返し湧き出てくる「アメリカは崩壊する」との黙示録予言として、当初は見なされた。2010年にネイチャー誌が、この予言について科学者達に問い合わせたが、ほとんどの科学者は、「自分野の進歩を、誇大妄想的に自己診断して、狂喜乱舞している」と見做した。ターチンは、「根本的な対策が行われなければ、暴力への転換を止めることはできない」と反論している。

ターチンの処方箋は、全体としては曖昧で分類できない。エリザベス・ウォーレン上院議員が提唱しているアイデアのように聞こえるものもある(エリートが少数になるまで、彼らに税金を課す)。アメリカ人労働者の賃金を高く保つために移民を減らすようにも求めている(これはトランプ的な保護主義に似ている)。これ以外の政策は単に異端である。例えば、資格取得に特化した高等教育への反対だ。このような高等教育は、エリートの雇用枠を増やさず、エリート予備軍を大量生産する手段になってしまっている、と彼は言う。このような政策を立案すれば「あぶれたエリートを作り出し、その内の一部エリートはカウンターエリートと化す」と彼は続ける。懸命なアプローチは、エリートの数を少なくする一方で、一般国民の実質賃金をコンスタントに上昇させることだ、と。

こういった処方箋は、実行可能なのだろうか? 「具体的にどうすればよいのは私には分からない。それを調べるのは私の仕事ではない。我々はエリートの過剰生産の急騰を止める必要がある。その為に何が有効なのか、私には分からない。他の人も分かってないだろう」とターチンは言う。「増税は?」「最低賃金の引き上げ?」「ユニーバーサル・ベーシックインカム?」と聞いてみたが、彼はこういった処方箋が予測不可能な効果をもたらすかもしれないと認めた。こうして質問したところ、彼は自分が生態学者だった頃に聞いた話を思い出し、話してくれた。森林局はかつて殺虫剤でキクイムシの個体数を減らそうとしたが、結果、キクイムシより、捕食者を駆除しまった。介入の結果、以前よりもさらにキクイムシが大量発生している。この教訓から、「“適応的管理(臨機応変な管理)”を実践することだ。アプローチを変えたり、調整したりすることが大事なんだ」とターチンは言う。

最終的に、歴史の動力についての理解が成熟すれば、数学的に運命づけられた危機に向かっている時点で、政府はなんらかの政策を決定できるようになるだろう、とターチンは期待している。危機の先行指標を監視し、それに応じてアドバイスするアシモフのファウンデーションのようなものが想定できる。これはFRBがインフレを監視して通貨供給量をコントロールするようなもので、インフレの管理代わりに文明の崩壊を回避する任務を与えられた機関となる、とターチンは言う。

歴史学者達は、総じて、ターチンの降伏条件を寛大に受け入れたわけではない。少なくとも、19世紀以来、歴史学という学問分野は、歴史は不可逆的で複雑であるとの考えに立ってきている。そして、今でも、ほとんどの歴史学者は、人間活動の多様性が、一般的な法則、特に予測可能な法則を見つけ出そうとする試みを挫くだろう、と信じている。(サザン・メソジスト大学の歴史学者ジョー・ガルディは「天文学者がノストラダムスを見ているように、一部の歴史学者はターチンを見ているわね」と私に打ち明けてくれた。)歴史学は法則を発見するのではなく、一つ一つの出来事を愛情を込めて記述せねばならず、一つの出来事は特異的であり、他の出来事との関連は限定的だと理解しなければならない。あるイベントが別のイベントを引き起こすと想定し、歴史上の別の場所や別の時代での因果関係のパターンを教えてくれる、こういった考えは、歴史学の領域外にある考え方である。

「歴理学とは、古典研究の活動である」と定義するのは、「歴史は科学的法則に支配されていない」との信念の現れと言えるかもしれない。歴史学では、人間社会の機能要素は、ビリヤード玉ではないとされている。「歴史は不可逆的で複雑なので単純化できない」とターチンは聞かされ続けている。「科学的手法を着実に適応することで、複雑性を管理することに成功した」と彼は反論する。ターチンが曰く「温度の概念について考えてみてほしい」。「人は、気温を知る前だと、『暑いか』『寒いか』かしか言うことができなかった。昔の温感概念は、風、湿度、感覚の違い、といった多くの要素に依存している。今は温度計がある。私は、人間社会がいつ戦争に発展しそうなのかを図る温度計を発明しようとしているんだ」とターチンは言う。

ターチンと対等に数学言語で話すことができる社会科学者の1人に、シカゴ大学の社会学者のティンシン・シャオがいる。彼は、なんと社会学者になる前は、数理生態学者だった。(彼は、中国の政治社会学で博士号を取得する前に、アリモドキゾウムシの個体群動態をモデル化によって博士号を取得している。)「私は自然科学の出身で、ある意味でターチンに共感しています」とシャオは言う。「自然科学から社会科学に越境した人は、世界を見る強力な手段を保持している。ただ、間違いを犯す可能性もあるのです」。

シャオは「人間は虫よりずっと複雑です。〔人間以外の〕生物種はあまり柔軟な戦略を立てないんですよ」と述べる。「何千年にも渡る進化のR&D(研究と開発)によって、キツツキは食べ物を求めて、木にくちばしを突き刺す独創的な方法を思いつくかもしれません。αキツツキは、βキツツキを進化的に上回り、一番美味なシロアリを先に食べられる社会的特徴を獲得するかもしれないですよ。でも、人間もっと懸命な社会的生物です。人間は常にイデオロギーに基づいた権力志向によって行動しているんです」とシャオは言う。シャオによるなら「自然科学者が、ドナルド・トランプや習近平の決断を理解するのには、人間の戦略・感情・信念などの無数の複雑な要素を取り入れねばならない。自然科学から社会科学に移った私は、このような複雑さを取り入れて変化しました。けれども、ターチンはそうではないのです」とシャオは私に言う。

批判があるとはいえ、ターチンは、歴史学の空白を埋めている。アカデミアの歴史学者が過去を幅広いアングルから見ようとしないことで生まれた空白だ。彼は、トルストイのようなロシアの伝統に連なる、歴史の経路を壮大に思索する傾向がある、と自認している。ターチンに比べてみれば、アメリカの歴史学者は、ちっぽけな歴史学者のように見える。ほとんどのアメリカの歴史学者は、「アメリカ史」を書こうとはしない。ましてや「人類文化史」を書こうとはしない。ターチンのアプローチは、ソ連の国家イデオロギーだったマルクス主義の歴史的進歩論を棄却しており、ロシアもしくはポスト・ソビエト的アプローチである。「ソ連の崩壊によって、国際的共産主義の知見、“歴史は弧を描く〔歴史は下部行動によって必然的な法則を示すとのマルクス主義の解釈〕”はたわんでしまった”と歴史学者は認めねばならない。私はイデオロギーを完全に捨てている」とターチンは言う。ターチンの見解では、「歴史の弧は、〔マルクス主義的に〕進歩に向かって弧を描くのではなく、“膨張”と“破裂”による終わりのないループを繰り返すだけだ」とされている。このターチンの見解は、アメリカの歴史学者と対立することになっている。アメリカの歴史学者達は「自由民主主義こそ歴史の終焉である」との暗黙の信念を抱いているからだ。

歴史を幅広く捉え、それが循環しているとの考えで歴史を書くには、歴史学の分野外の人の方が容易かもしれない。「このようなメガ・ヒストリーはの書き手達は、実際に歴史学者でないことが多い」とスタンフォード大学の歴史学者、ウォルター・シャイデルは言う。(シャイデルもまた、何千年にも渡る人類史の著作を書いており、ターチンの研究を真剣に受け止め、彼と論文を共同執筆をしている。)こういったメガ・ヒストリーは、タブーに支配されていない科学分野の学者によって書かれている。最も有名な本は人類史13,000年を一冊に纏めた『銃・病原菌・鉄』(1997)だ。著者である、ジャレド・ダイヤモンドは、胆嚢の生理学に関する世界有数の専門家として、キャリアの前半を過ごしている。スティーブン・ピンカーの本業は、認知心理学者であり、子供がどのように発話を獲得するのかについて研究だが、彼も人類の何千年にも渡る暴力の衰退や、啓蒙主義の誕生以降の人類の繁栄についてのメガ・ヒストリーを執筆している。私は、歴史学者に「このようなメガ・ヒストリーについてどう思うのか?」と尋ねてみた。ほとんどの歴史学者は「男性中心主義的であり、描写は偏向してるし、笑っちゃうような内容だよね」と返答する。

ピンカーは「自分は、科学的手法を人文科学に適用し、旧来の方法では得られなかった結論を導き出したことで、“専門分野のルールを墨守”する歴史学者は、土足で敷地を荒らされて憤慨しているのだ」と言う。ピンカーは、ターチンの歴史循環理論には懐疑的だが、科学的データに基づいた歴史研究は正しいと信じている。「人間の行動様式はノイズに満ちており、人間は認知バイアスが蔓延している生物であることを考慮すれば、人は歴史を執筆する際に、自身に都合が良い事象をピックアップして、心地よい物語を執筆してまう誘惑にかられてしまう。これに抗するのは難しい。抗するには、歴史に関する大規模なデータセットを使用することにある。伝統的な歴史学者達が、このデータセットを照合してくれたことに感謝している」とピンカーは私に電子メールで答えてくれた。「歴史学者達の独創的な研究(ある歴史学者は私に『歴史研究は、町役場の地下室のカビだらけの法定記録からネズミの糞を払い落とすことだ』と言っていた)は、並々ならぬ称賛に値する」とピンカー言う。ピンカーは、歴史学者に対して、降伏ではなく休戦を求めている。「伝統的な歴史と、データサイエンスが企業合併できない理由はない」とピンカーは書いている。「物事を知るのは本当に困難だ。我々は利用可能なあらゆるツールを使用する必要がある」と。

サザン・メソジスト大学のガルディ教授は、歴史学者がこれまで軽蔑してきたツールを取り入れた学者の一人だ。彼女は、人間の寿命を超えたタイムスケールを考慮するデータに基づいた歴史学のパイオニアである。彼女が行っている主要な技術は、テキストのマイニングだ。例えば、大英帝国の最後の数世紀の土地利用の歴史を理解するために、議会の議論から何百万もの単語を集収し、ふるいにかける。ガルディは、ターチンのクリオダイナミクスへの潜在的な新メンバーに見えるかもしれない。しかし、データセットへの彼女のアプローチは、伝統的な人文科学の手法に基づいている。彼女は、文明間の巨大で曖昧な類似性の比較する方法を見つけようとはしてない。単に、単語の登場頻度を数えているだけでである。「ターチンが出した結論は、単に彼のデータベース〔数字の羅列〕に過ぎないわね。“社会のエリートはどのような人によって構成されているか”みたいな複雑なものをコード化して、何千年の時間・海を超えた空間において比較しようとするデータベースは、伝統的な歴史学者から疑いの目をもたれるでしょうね。歴史学者の人生を捧げた知的営為が、エクセルのデータに化けるみたいなものですから」と彼女は言う。「しかも、ターチンのデータは、1万年に渡る巨視的な観察――これはおよそ200世代ね――に限定されているのよ。サンプルが200世代というのは〔普遍化するには〕少ないわね」と。

しかしながら、200世代は、少なくとも歴史学者が1回きりの1世代を観察する視野よりも遥かに多く、野心的な研究である。このターチンの野心の見返りは、彼に「人類に起こった全ての現象を私は説明できる」と自画自賛する権利を与え、あらゆる書き手(そしてその読者である大衆)の興味を惹き付ける。ただ、今は小さな紹介を除けば、ターチンはニューヨーク・タイムズでは引用されてはいない。彼はまだ、ダイヤモンドやピンカーやハラリほど大衆に受け入れられてはいない。しかし、ターチンは、差し迫った問題に対する、大きな答えを探し求めるジャーナリストや評論家、そして不確実性を克服し世界を改善するための科学を力を信じる人々を魅了してきている。彼の本は事実として、ほとんどのカブトムシの専門よりも売れている。

もしターチンが正しければ、歴史学は彼の洞察を受け入れる――つまり彼の洞察を否応なく直視しなけれならなくなるだろう。「彼のツールは、少し荒っぽいが、強力だと思うんだ」とこっそり私に打ち明けてくれた歴史学者もいる。クリオダイナミクスは、今はまだ「歴史学に革命を起こすだろう」と期待されたメソッド一覧に記載されているだけだ。ほとんどメソッドは、一時的な流行に終わっているが、流行を生き延びて、歴史学のツールキットが発展する中で正当な地位を占めるに至ったメソッドもある。ターチンのメソッドは、既にに有効性を示している。クリオダイナミクスは、科学的な仮説として提示されており、以後の人類の歴史は、その予測をチェックする機会を多く我々に与えてくれるだろう。ピーター・ターチンは、ハリ・セルダンなのか? それともノストラダムスなのか? 私個人としては、間違えていることが証明されるのをこれほど渇望している思想家はいまだかつて存在していない。

*グレーム・ウッドは、アトランティック誌の所属ライターであり、“The Way of the Strangers: Encounters With the Islamic State(異邦人の慣習:イスラム国との出会い)”の著者である。

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ピーター・ターチン:10月、コネチカット州のナッチャグ国有林で撮影。彼は、元生態学者で、人類史の研究に数学的緻密さを適用しようとしている。(写真撮影:マリケ・シディベ)


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