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【短編小説】最新家電

ショッピングモールの一角にある小さな電気屋に目が止まった。

『最新家電を取り揃えております。是非お手に取ってお試し下さい』

家電オタクの私の心を揺さぶる店頭のPOPに足が向く。外から店内が見えない造りになっていて、一歩店に入ると、異次元に入ったような不思議な感覚に陥った。中に入ると、意外と広い。振り向くと先ほど入ってきた入口は閉鎖され、外の雑踏もかき消されていた。不安を感じつつも、店内を見て回ることにした。案外、若い客で賑わっている。

『珈琲メーカー』の説明を受けている男性の後ろで私は立ち止まった。今朝のこと、珈琲メーカーが故障したのだ。私と同じ背格好の30歳前後の男性だった。

「こちらの『こひメーカー』は最新式でございまして、まず濃さが3段階『濃い・普通・薄い』からお選び頂けます。そして、じっくりとお楽しみになられたい方は焙煎ばいせんを、逆に早くお楽しみになられたい方は即席そくせきをお選び頂けます。自分好みにされたい方は育てるところから始めることもできます。それぞれ違った味わいがありますよ。『薄い・即席』ならお試し頂けますがいかがなさいますか?」

『どこが最新なんだ? その程度の機能はこれまでもついているだろうに』

説明を聞いていた男性は恍惚こうこつとした表情でこう言った。
「『お試し』したいです……」

「かしこまりました。こちらでお待ちください」
スタッフが横にあるソファへ男性を促す。

『薄い・即席』にダイヤルを合わせて、ボタンを押すと何の変哲もないコーヒーが注がれる。それを男性に丁寧に手渡すと、目を瞑ったまま、コーヒーを口に含んだ。次の瞬間から、男性は目を閉じたまま、難しい顔をしたり、にやけたり、悲しい顔をしたりした。5分ほど経過して、男性は目を開けた。

「なるほど……」

「いかがでしたか? 恋《こひ》はお楽しみできましたでしょうか?

「はい。焙煎や濃いを選択すると、より濃厚なものを味わえるのでしょうか?」

「はい。深く味わえると思います。但し自分の理想通りにいかないこともございます。自分の理想通りに一から育てるコースも、オプションにて購入可能ですので、ご検討ください」

「わかりました。一先ず、この『こひメーカー』をください」

「かしこまりました。お買い上げありがとうございます」

恋《こひ》メーカーだって? なんだそれ? 胡散臭いな』
私は頭をかしげながら、今度は電子レンジ売り場で足を止めた。

今時風の若い女性がスタッフと話している。
「私、推し活にお金をかけすぎちゃってて。今の彼と結婚も考えてるから、そろそろやめなきゃなって……わかってるんですけど、やめられなくて。あと、付き合い始めた頃のときめきというか、熱い想いがなくなってしまって、このまま結婚しちゃってもいいのかなって悩んでるんです」

『電子レンジ売り場のスタッフにする話ではないだろう?』とあきれていると、スタッフはにこやかに女性に対応し始めた。

そんなお客様にぴったりの商品がこちらの最新式の電子レンジでございます。こちらの商品に『取り戻したい熱い想い』にまつわる思い出の品を入れていただき、『あたため』ボタンを押していただくと、たちまち熱い想いが復活致します」

「ほんとに? 彼氏の写真とかでいいの?」
「もちろんでございます。お試しになられますか?」

女性は鞄から、彼氏との思い出の写真を取り出すとスタッフに渡した。スタッフは女性をソファに促すとダイヤルを調節してボタンを押した。
20秒後、女性は頬をピンク色に染めて立ち上がった。

「すごいわ。今すぐ彼氏に会いたい。これってどのくらい持続するの?」

「そうですね。温める思い出の品にもよりますし、熱の感じ方は人それぞれですので。一つ気を付けて頂きたいのは、一度加熱した思い出の品は劣化しますので、再度温めたい場合は、別の思い出の品をご準備して頂ければと思います」

「温度調節とかできるの? もっと熱烈に愛してもらいたい時とか?」

「もちろんできます。但し、一度に加熱し過ぎないことです。熱すぎると火傷やトラブルの元になりますからね。何事にも適温がございます」

「そうね。私って熱狂しやすいから気をつけなきゃ」

「お客様、それでしたらこちらの冷却装置もご一緒にいかがでしょうか? こちらの商品は、ベスト型になっておりまして着用すると、ベストに張り巡らされた管に流れる冷却水が循環し、熱を持ちすぎた心のエンジンを放熱・冷却し、適温を保ってくれます。過剰な推し活の歯止めにも有効かと思われます」

「そうなの? じゃぁ、この2点を頂くことにするわ!」

「かしこまりました。お買い上げありがとうございます」
スタッフは女性に深々と頭を下げた。

『なんだ、この店は? 最新家電? 変な家電ばかりじゃないか!』

気味が悪くなって出ようとしたその時、スタッフから声がかかる。

「お客様! お客様にぴったりの最新家電がございます。こちらへどうぞ」

「いや、今は欲しい家電はないので……」

「お話だけでも是非ぜひ!」

私は半ば強引に洗濯機売り場に誘導された。

「こちらは最新式の『せんたく機』でございます」

そこには何の変哲もないドラム式洗濯機があった。

「こちらのボタンからコースをお選び頂くことができます。いくつかのボタンを組み合わせて自分のお好みのコースを作ることもできますが、『お試し』は、ボタン一つだけでお願い致します

見ると、恋愛、交友、仕事、転職、楽しみ、苦しみ、悲しみ、幸せ、不幸、わくわく、ドキドキ、結婚、離別、孤独、出産、死など、たくさんのボタンが並んでいた。

「幸せコースや、おまかせコースが人気ですね。喜怒哀楽ミックスコースというのもございますよ? どのコースをお試しになりますか?」

人生の選択……ですか? わざわざ、不幸や苦しみのコースを選ぶ人なんています?」

「そうですね。みなさん初めは、楽しみや幸せというポジティブなものを選択されますが、そればかりだと飽きてしまうようで、悲しみや離別などちょっとしたスパイスを足される方が多いようですね。不幸を経験したからこそ、より幸せを実感できるのかもしれません」

「これって疑似体験ができる装置ということですか?」

「さぁ、どうでしょう? 疑似体験ともいえますし、あなた次第でリアルにもなり得るかもしれません。最新家電がどのような影響をもたらすかまでは、当店では保証致しかねます」

「わかりました。では『死』のボタンをお願いしてもいいですか?」

「『死』でございますか?」
「はい」

「本当によろしいのですか?」
「はい。お願いします」

「では、せんたく機の中にお入りください」

せんたく機の中は真っ暗だった。ピッ、ピッという操作音の後、スタートの音楽が流れる。

途端に私は深い海の底にいて、静けさに包まれた。目を開けると、自分の動きに合わせて小さな泡がキラキラと揺らいでいる。綺麗だ。

マナ、私も君の元へ逝くよ。

そんな余裕もつかの間、呼吸がだんだんと苦しくなった。美しい視界は失われていく。ゴボッゴボッ。息苦しくて何かにつかまろうとするがつかまるものは何もない。息を吸おうとしても水が流れ込むばかり。もがき苦しむ。息がしたい。このままでは死んでしまう。

助けて! 嫌だ! 死にたくない!

次の瞬間、マナとの幸せな思い出が溢れてきた。高校生の時、初めて手を繋いで帰った日。初めてキスをした日。喧嘩をした日。デートをするお金がなくて寒空の下、公園で缶コーヒーを飲んだ日。

マナはいつも笑っていた。

そして結婚して二人で暮らし始めた。家電オタクな私を呆れながらも一緒に楽しんでくれたね。二人でいる時間はとても愛おしくて、この上ない幸せだった。でもまさか、あんなに早くに逝ってしまうなんて。君は病院のベッドの上でも、いつも笑っていたね。

「私がいなくなっても、あなたは幸せになってね。約束よ。でももし生きるのが辛くなったら……」

そんな言葉を聞きたくなくて、私は君の言葉をさえぎった。あの時、君はとても悲しそうに笑っていたね。

あの時、君は一体何を言おうとしていたんだい?


もし生きるのが辛くなったら……

私の夢をあなたが代わりに叶えて。あなたの命はあなたのものだけれど、『生きる選択』をしてほしいの。私の代わりに生きてほしいの」

え? あの時、聞かなかったはずの言葉が聞こえてくる。


あぁ……やはり君は強く、しなやかで、美しい人だ。自分の命が尽きようとしているのに、未来の私を心配してくれていたのだね。

わかった、生きるよ。君の夢は私の夢。叶えてみせるよ。

せんたく機の終了を知らせる音楽が鳴る。私は扉を開け外に出た。スタッフがにこやかに出迎える。

「いかがでしたか?」

「お試しのボタンは1つだけではなかったのですか? 操作音が2回しましたよ?」

「あ、バレていましたか。他のお客様には内緒ですよ」
おどけた顔のスタッフが人差し指を口にあて、内緒のポーズをする。

スタッフは、『死』と『幸せ』の2つのボタンを押したのだろう。

「ありがとうございました。お陰様で大切なことに気付けました。感謝致します」

「そうですか。それは良かったです。ご購入はいかがなさいますか?」

「すみません。人生の選択は機械任せではなく、自分でやっていきたいので購入はしません。それに……『命の洗濯』は、そう度々するものではないですしね」

「かしこまりました。おっしゃる通りですね。また『命の選択』を迷われた時には、『命の洗濯』をするために、この最新型『せんたく機』のご購入を検討されてみてください。またのご来店を心よりお待ちしております」
 
私は晴れやかな気持ちで電気屋を後にした。

結婚後間もなく、幸せの絶頂期に妻を亡くし、茫然自失ぼうぜんじしつしていた。今日は妻とよくデートで利用したショッピングモールに来て、思い出に浸っていたのだ。私は生きる選択を放棄しようとしていた。

***

数年後、私は白い砂浜が見える海岸沿いに、青い屋根のペンションを建てた。私の傍には白くて大きな犬がいる。

「マナ、気に入ってくれたかい? 君と私の夢、叶えたよ」

海の向こうから、マナの笑い声が聞こえた気がした。


(約4100字)


※追記 
note公式様より「今日の注目記事」に選んで頂きました♪
ありがとうございます🙏

note運営様 感謝💕



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