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インターネット時代の「ボツハガキ」「ハガキ職人」

小学生5、6年生のころからラジオの深夜放送が好きになって、ずっと聴いていました。当時(今でもそうでしょうか?)ラジオの深夜放送ではリスナーからのハガキを募集していました。私は数度しか、ハガキを送ったことがありませんでしたが、1度だけ番組で読まれてうれしかったのを覚えています。一方、深夜放送には「ハガキ職人」と呼ばれる人たちがいて、この人たちは毎回のように番組の中でハガキが読まれていました。

ラジオをいろんな人が聴いていて、投稿されるハガキもいろいろだっただろうと思いますが、ラジオ番組が成り立っていたのはその日の番組で読み上げるハガキがきちんと選別されていたからだと思います。また「ハガキ職人」たちが質の高い投稿をしていたことも番組を支えたでしょう。

番組で読み上げられなかったハガキのことを「ボツハガキ」とか、そうなることを「ボツになる」と言っていました。この「ボツ」があるシステムというのはとても重要なように思います。今、SNSでひどい誹謗中傷がおこなわれたりしますが、そこに「ボツ」があれば、それは相手まで届かずに済むことになります。もちろんSNS上でそんなことをすれば検閲になってしまいますからそれはできないのですが、「ボツ」がある前提のSNSがあればいいのかもしれないですね。

SNSなどにある「いいね」の数というのも、ある意味「ボツ」に近いのかもしれません。「いいね」の多い記事がラジオ番組で言うと読み上げられるようなもので、そうでないものは「ボツ」ということになります。でもそこにある違いは、「いいね」は無数に付けることができますし「いいね」することにあまり責任はありませんが、ラジオ番組で読み上げるハガキと「ボツハガキ」を選ぶということは、内容の良し悪しに対する判断がもちろんありますし番組の決まった時間内でどのハガキをどの順番で読むかという編集作業が加わっています。

インターネットが発達して、誰でも何でも公表できるようになったことは良いことだと思いますが、ここまで話したラジオ番組や、あるいは本、新聞・雑誌の記事には当然に加えられている編集ということは重要で、インターネット上で評価される記事というのは、もし編集が加えられていなかったとしても、作者自身が自分の記事を客観的に評価して、ある意味、編集を加えているのだと思います。おそらくそういう作者は「ハガキ職人」に近いのでしょう。これからインターネットを皆が使っていくときにラジオ番組での「ハガキ職人」のノウハウは重要になってくるのかもしれないですね。

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mna mra (mon_amura)
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