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親の呪縛から自分を解放する
親の影響は大きい、と思う。
生まれた環境、かけられてきた言葉、親の行動を見て育ってきた。
成人して自分で働けるようになるまで、お金と時間と労力と愛情をかけてくれた親には感謝の気持ちがあると思う。
一方で、かけられてきた言葉、かけてもらえなかった言葉のせいで、大人になっても苦しんでいる人もいる。
親だって完璧じゃない
ある友人は、自己肯定感が低いのは親のせいじゃないか、と兄弟で話をしたらしい。
もっと褒められたかったのか、
受け止めて欲しかったのか、
関心を持ってもらいたかったのか。
自己肯定感が持てないのは、親のせい、育った家庭環境のせいかもしれない、と話していた。
親が子供が思うように育ってくれないのと同じように、
親にこう育てて欲しかったと思っても、
期待通りにならないのも仕方ない。
完璧な人間はいないし、親だって完璧じゃない。
「感謝すべき」よりも、自分から感謝したいか
過去は変わらないけど、今から自信を育むことはできる。
社会は、親に感謝しろ・親の言うことを聞け・親に逆らうな、という圧力をかけてくるけど、成人した自分が親からの呪縛を大切にするか、解放するかは選んでいい。自分の人生なんだから。
そして、「感謝するべきだ」と言われるから感謝するのではなくて、完璧な子育てではなかったかもしれないけど、ここまでこれたのは親のお陰だと、自分の心から感謝の気持ちが湧く方が、健全だと思う。
親はこう思ってるだろう、を整理する
親から、どんな言葉をかけられてきただろうか。
言葉にはしないけど、親はこう思っているだろうという刷り込みも、呪縛につながってる。
自分が刷り込まれている思い込みはなんだろうか。
いつまでも結婚しないから心配されている
いずれは地元に帰ってくることを期待されている
兄弟と比べて成績が良くなかったからダメな人だと思われている
親の望んだ職業についていないので、自分の仕事を認めてもらえてない
親には、独り立ちするまで育ててもらった感謝の気持ちはちゃんとあるだろう。
しかし、その先まで親の希望通りに生きるかどうかは、選んでいい。
結婚なんてしてもしなくてもいい。
地元に帰らなくてもいい。
兄弟よりも成績が悪くてもいい。
自分の仕事は自分で決めていい。
その代わりに、育ててもらった感謝はちゃんと伝える。
それで関係性はフェアだ。
実家に帰るたびに嫌味を言われるかもしれないし、
たまに電話すると同じ心配をされ続けるかもしれない。
親の言うような子供であろうと頑張るのも人生。
自分は自分の好きな生き方を選ぶのも人生。
それよりも、親の育て方を隠れ蓑にして、
自分らしい選択が何か、自分がどう生きたいかを
知らないで過ごすのはもったいない。
今日ここから、親の呪縛から解放していい。
ここから何ができるか
親から与えてもらえなかったものは、今から獲得すればいい。
むしろ、与えられてこなかった人の気持ちがわかるのは、大きな強みでもある。
いつだって、足掻いていい。
なりたい自分に、なっていい。