常識vs笑い
どうもホスピタリ将です。
僕は恐らく発達気味な人間です。
これまでの人生、突飛な行動をとって周りの人をたくさん振り回して来たなと思っています。
発達気味の人には特殊能力を持っている人が多くいます。誕生日覚えるの得意な人、異常に手先が器用な人…
僕の場合のそれは「笑いをとるのが好き」でした。突飛な行動って笑いに繋がりやすいですしね。そのため発達気味ですが、それが武器になり友達にも恵まれました。
でも発達気味は遅かれ早かれ、学習していきます。人並みに追いついていきます。スピードが遅いかもしれませんし、それを望まないがしれませんが。
社会に否応なしに揉まれる結果です。ここで悩み、理解されないことから鬱になる人が多いこと。
持論ですが、鬱は薬を飲んでも治らないと思っています。
す、すみません…早速突飛に話がズレましたw
僕は社会に出て、発達気味が薄くなってきていると実感しています。生きやすさが、生きづらさを一歩リードしてきています。
でも、その代わりに「笑いをとるのが好き」と訣別しつつある気がします。笑いへの貪欲さが少なくなってきました。
中々常識が邪魔して笑いを取りづらくもなりました。周りを気にすると、冗談を言っても「どこかの誰かが一人でも傷つく」気がしちゃうんです。気のせいかな。
大人になると笑いが取りづらくなります。発達気味の強制と大人の階段、この飛車・角が僕を凄い速さで攻めて来ます。
もう詰まれそうw
でも最近は発達気味を公表している人増えていませんか?
自分の性格を咀嚼して飲み込んで、受け入れて、能力を長所として、短所は無視して成功している人も増えてきました。いいことだと思います。
苦手なことは無理に伸ばさなくてよい。苦手なことは今世のあなたのテーマじゃないと割り切りましょうw
大人ごっこするのは良いことなのか、常識通りやるのはいいことなのか、学歴が人を左右するのか。
周りの迷惑にならないように人生好き勝手するほうが大事じゃないかな。
色んな常識、しがらみぶっ壊していきたいですね。ぶっ無視していきたいですね。お笑いであれ、何であれその先にあなたの「伸身の月面が描く放物線は、栄光への架け橋だー!」があると思います。
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