金はあった方が良い。色恋はあっけらかんが望ましい。……荒井由実さん「卒業写真」①
ユーミンこと荒井由実さんのコンサートを堪能したことがある。
1973年秋(今から50年近く前ですね)、私が大学1年生のときだ。
場所は東京・渋谷の小劇場「ジァンジァン」(収容200人)。
教会の地下に劇場があり、長い階段を下りた。秘密のシェルターのような不思議なスペースが広がっていた。
中央にグランドピアノが置かれ、やがてユーミンさんが現れた。
スラっとした体に、黒いワンピース、黒いハットをまとっていた。
たちまちオーラが周囲を圧倒した。
まだ無名に近いといってよかった時期だ。でも早くも親衛隊のような少年たちが、多数ピアノを取り囲んで熱過ぎる視線を送っていた。
演奏された曲では特に「12月の雨」が印象に残った。
♪♪……雨音に気づいて、遅く起きた朝は、
まだベッドのなかで、半分眠りたい……♪♪
へー、こんな曲があるんだあ。
そう思った。
なんだか、初めて触れる世界のような気がした。
https://www.youtube.com/watch?v=x2ANyT0QnG4
◇
このコンサートのひと月ほど前ことだ。
発表されたばかりの南こうせつさん「神田川」を聞いて感動していた。
♪♪……あなたはもう忘れたかしら、
赤い手ぬぐいマフラーにして、二人で行った横丁の風呂屋
……三畳一間の小さな下宿……♪♪
〝同棲ソング〟である。
部屋は狭くて、暗い。センベイ布団かしら。
金はない。未来も見えにくい。
その分、相手の優しさが一層切なく、愛が痛い。
https://www.youtube.com/watch?v=v7NV8OjeyvM
◇
ユーミンの世界は違った。
暮らす金には困っていないのが前提である。
親の財布がしっかりしているからね。
ベッドのある個室。そこに彼が訪ねてきたこともあった。
でもう別れてしまった。
もちろん一定の哀感は漂う。
でも、どこかあっけらかんとしている。
スポーツカーに乗ったデート。
海の見えるしゃれたレストランでの食事。
明るくて豊かで快適なのだ。
1973年の初秋に私の心を占領した「神田川」は、
同年の秋が過ぎると「12月の雨」に取って換わられた。
金はあった方が良い。
できれば個室に暮らしたい。
車はほしい。大衆用でかまわない。
性愛は、あっけらかんとまではいわなくても、
切な過ぎるのも扱いにくいよね。
時代はバブル経済が始まっていた。
人間の本音がむき出しになろうとしていた。
(この項続く)