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デリカシーのない犬(4812字)
介護やペットのお見送りの美談
インターネット、特にXなんかは
そんなんがウケますがほんまにそうかなぁ?
1匹の子犬お迎えから死ぬまで見送った笑いのプロの実話
わたしが以前飼っていた犬。
犬種はシーズー
名前はシーちゃん
シーズーやからシーちゃん
ひねりない?
センス0?
つけたの娘やからな!!!
そんな安易な名前を作家であるわたしが付けるわけない
そもそもわたしは元々犬が好きでも嫌いでもなかった
悠悠と散歩する大型犬に魅力を感じ、人に媚びてる小型犬をあざとく感じる、そんな犬が好きでも嫌いでもない男やった
当然わたし一人だったら犬を飼おうとは思わなかっただろう
「お父さん。。うちで犬飼えへん?」
娘が所望したのだ
「絶対に毎日散歩するから」
「絶対に毎日お世話するから」
自分以外の命を愛おしく感じる、そんな娘が愛おしかった
ある日シーちゃんは知り合いのツテでウチにきた
知り合いの知り合いが犬を飼うことに憧れてお迎えしたものの、数日するとくしゃみが止まらず、本人が検査にいったら犬アレルギーと診断され、とても飼えない状態になってしまったらしい
ほんまわたしが女性アレルギーじゃなくてよかった
そんなこんなでシーちゃんはウチにやってきた
目を輝かせる娘
「絶対に!絶対にシーちゃんの面倒を見るから」
子供の絶対は絶対ではない
スロットでいう「チャンス」並の信頼度
これはしようがないこと
子供の興味は移り変わりやすい
しばらくすると
「今日は雨だから散歩にいきたくない」
「友達と遊びに行くからお父さんやっておいて」
すぐに不名誉なシーちゃん係は私になった
シーちゃんはちっちゃくて愛らしい見た目だ
3kgに満たない小さなカラダで好奇心旺盛で人に媚びを売りつづける
まるで自分がかわいいことがわかっているような振る舞い
そしてキレイ好き
最初から誰に教えられるともなく最初からペットシーツが載せられたトイレで用を足している姿には家族一同驚かされた
せやけどちょっと尖ってる
ウチにきたてのころはストレスなのか自分のう〇こを隠れて食べていた
(デリカシーない犬やなぁ)
なんでトイレは間違えへんのにう〇こ食うねん
この世からう〇この質量を無くすことでキレイにしようとしてるんかな
性癖は
人
いや犬それぞれやから好きにすればええと思う
でもドックフードとう〇こならんでてなんでう〇こ食うねん
あまりにもシーちゃんが自分が捻り出したう〇こに執着するので
わたしが誰が本当の飼い主か分からせるように注意すると
シーちゃんは
「クゥーン」
と鳴いて可愛らしい顔をした
顔はかわいいけどやってることかわいくないねん
「1歳でスカ〇ロに目覚めるなや!!」
最悪、う〇こ食べるのは、個人の自由やしええ
でもシャンプーした後にう〇こを食べて口の周りにつけたり、真っ白い手足を茶色くするのだけはやめてくれ
それとう〇こ食べたあと上機嫌で散歩にいって、近所の女子高生の顔を舐めるのは違うと思うぞ
「かわいい〜♪ペロペロなめてくる〜♪」
(3分前う〇こ食べてたけどな)
(ほんまデリカシーない犬やな〜)
女子高生に軽く会釈をするとシーちゃんが颯爽と歩き出した
毎日違う街並みと毎日違う人並みはシーちゃんにとって刺激的だったのだろう
歩みを進めては立ち止まり私を逐一みつめるシーちゃん
生憎クソ喰いに心配されるわたしではない
そんなこんなで家族とシーちゃんと過ごした日々が10年経った
娘は中学校を卒業し思春期を迎え高校生になり、そして大学生になった
シーちゃんはう〇こを食べるのを卒業した
わたしたち家族と一緒にいつもシーちゃんがいた
時には喧嘩や仲違いもあったが、いつのまにかシーちゃんが家族の一員になりわたしたちを繋いでくれていたのだ
しばらくすると
下の娘が就職の為に家を出た
シーちゃんは14歳になっていた
人間でいったら還暦をこえる年である
小型犬やから見た目はそんな変わらんけど、人間に換算すると、いつのまにかわたしより年上になってしまっていた
散歩をする足取りはゆっくりとしたものになり
ジャンプしてベッドに飛び乗ることもなくなった
高齢者がスキップしないようなものだ
犬と過ごす日々は、時の流れを加速度的に感じさせてくれる
1年後
娘が男を家に連れてきた
「今日はご挨拶に伺わせていただきました」
チュートリアルの徳井を北国で育てたような色白な男
挨拶もしっかりしとった
わたしはどんな表情をすればいいか分からず、ただオトコとして舐められないように精一杯表情筋に力を込め沈黙した
そのときシーちゃんが男の方に走り出した
シーちゃんは男の匂いを嗅ぐと、すぐさま後ろに飛び下がり、イソイソとわたしの方に近寄ってきた
「こんな何処の馬の骨かわからん男に娘は譲れん!!」
と言っているようだった
「なんや!ええとこあるやないか」
わたしとシーちゃんの猛反対にも関わらず、すぐに2人は結婚した
諸行無常の鐘の音が響きわたった
娘の結婚式にもシーちゃんを連れていった
犬用ケーキを出されたにも関わらず、シーちゃんは特に祝儀は包んでいないことをわたしは知っている
しばらくして
2人の新居に妻とシーちゃんと伺った
玄関に入るなりそわそわするシーちゃん
すぐさま携帯用トイレを広げると、待ってましたという表情でペットシーツにとびのり、シーちゃんははみ出すことなく用を足した
(なんや、デリカシーあるやないか)
新築汚したら価値が下がるからな
幼きときからう〇こは食べてても死んでもトイレは失敗せん
そんな変態紳士のような矜恃をもったシーちゃんだったが
なにげなく過ぎる日々の中で
いつからかトイレを間違えるようになった
(またデリカシーなくなったんか?)
よく見ていると成功するときもあれば失敗するときもある
その正否に法則性はないように思えた
無事犬用トイレで用を足した3時間後に、「なにか間違ってます?」という顔つきでシーちゃんはフローリングの上でもよおしてしまうのだ
ペットシーツの質感と無垢材をまちがえるかね?
わたしのこだわりの床材は思わぬ所でオシッコのシミに汚された
御歳16歳のシーちゃん
犬も高齢になるといままで間違えなかったトイレを失敗してしまうようになることは珍しくないらしい
そこからあまりに失敗することの方が多くなっていったのでオムツをつけてもらうことにした
もちろんシーちゃんのオムツ交換大臣はわたしの役目だ
息子のオムツを替え、娘のオムツを替え、なせかそこから20年以上経ってからシーちゃんのオムツを替えている
オムツには特に抵抗がなかったシーちゃん
犬も歳をとるとトイレが近くなるらしく、いたるところでオムツに用をたしている
でもオムツを替えた直後にう〇こするのだけはやめてくれ
(さすがにデリカシーないぞ)
娘が赤ちゃんだったとき、カレーを食べている時にう〇こしたのを思い出した
そこから春が巡り
暑い夏を過ごして秋になるかと思う時
普段ほとんど鳴かないシーちゃんが雄叫びをあげるように声をあげると腰が抜けて立てなくなってしまった
すぐさまかかりつけの獣医さんに連れていくと
「小型犬に見られる股関節の消耗」
らしい
当時シーちゃんは17歳
人間でいうと90近くになろうシーちゃんに根本的な回復につながる医療はないとのことだった
自由に歩けなりながらも前足をバタつかせて必死なシーちゃん
ペットショップで介護用の持ち上げる紐がついたハーネス購入し、シーちゃんの介護生活がはじまった
筋肉が落ちないようにハーネスで支えながら家の中をシーちゃんを歩かせる
もともと散歩が大好きなシーちゃん
人の迷惑は考えず、金ちゃんの仮装大賞のようにわたしが影で支えながらリビングを闊歩する
再び歩けて誇らしげなシーちゃん
しばらく歩くと股関節の痛みからかとんでもない鳴き声で絶叫が響く、その場にへたりこむシーちゃん
でもしばらく休むと、それでも歩きたいのか、歩かなければ寝たきりになってしまうのがまるで分かっているかのように再び立ち上がる
こんな日々が半年も続いた
もうシーちゃんを連れて外を散歩することもなくなってしまった
旺盛だった食欲もめっきり落ち、あれだけ好きだったおもちゃにも興味をしめさなくなった
シーちゃんの体重の減少と反比例するように、身体を休めるようにウトウト寝ているだけの時間がドンドン長くなっていった
いつのまにかお腹が大きくなった娘が家に来ると、歩けなくなったシーちゃんの姿を見て涙していた
「もっとちゃんとワタシがお世話すればよかった・・・」
いや、シーちゃんまだ死んでへんぞ!!
目は生きてるぞ
そんな要介護シーちゃんと紙オムツ交換大臣のわたし
ある日、娘のお腹が小さくなったかわりにこの世に生を受けた、五月蝿くてちっちゃいやつが家に来た
犬よりもワンワン鳴き叫ぶ、その小さな存在を宥めるようにシーちゃんがそいつの手を舐めた
2874gで生まれたちっちゃいやつはまともに飯も食わんくなったシーちゃんよりすぐにおっきくなった
孫が日々成長を遂げる中
一方、シーちゃんの足腰はますます悪くなっていった
もう、持ち上げ式介護ハーネスでは辛い
本人は歩きたいが身体が全くついてきていない
床ずれした足が痛々しく擦れて赤くなり白い体毛にアクセントを加えている
人の心を持たないと評判の私もさすがに可哀想に思い、かかりつけの獣医さんに相談したところ
「犬用の車イスを使ってみたらどうですか?」
と提案された
早速家に帰ってオススメされた犬用車イスを調べてみる
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お値段はオーダーメイドで5万強
皆さんもご存知のように犬の大きさは千差万別。同じ犬種でも2kgに満たないやつもいれば10kg近い小型犬もいる
「こんなまともに歩けんくて死にそうな犬に5万もだすやつがこの世におるんか?」
1週間後
大急ぎで作ってくれるようにお願いした犬用車イスが届いた日の朝にシーちゃんは亡くなった
すぐに死ぬようには見えんかったけどみんなが寝ている間に一人で息を引き取っていた
いつも通り朝起きると、いつもと同じ体勢でシーちゃんがすやすや寝ていた
用事をすませもう一度シーちゃんを見ると、全く同じ姿勢で微動だにしていないように見えた
シーちゃんを起こさないように気を遣いながら触ってみると、すでに体温が失われていた
「家族に見守られながら静かに息を引き取るのが犬の死に方の相場やなかったんか?」
(あれだけ迷惑をかけて見送りもさせんとはデリカシーないやつやな)
それから冷たくなったシーちゃんの亡骸を連れて近くのペット斎場に伺った
家族とシーちゃんとの最後のお別れをした後
小さな犬の火葬が始まった
ペット斎場のスタッフが丁寧に説明してくださった
「皆さんからなにかご火葬について質問はありますか?」
という提案に
「焼き加減はウェルダンでお願いするわ」
とついついボケてしまった
悲しいことに家族もペット斎場のスタッフも誰一人笑っていなかった
2人の娘は思春期の時のような鋭い眼光をわたしの方に向けた
おかしい
息子が言った
「オトンも気が動転してんねん」
違うねん
滑っただけやねん
シーちゃんもデリカシーのない犬だったが、どうやら飼い主も犬に似るらしい
火葬が終わり
シーちゃんは小さな骨箱に入れられて帰ってきた
小さかったシーちゃんがさらにちっちゃくなってしまった
シーちゃんを弔うために集まった家族と別れ自宅に戻った
「人間も犬もお葬式は大変やね、ちょっと休ませて」
わたしは妻が寝たのを確認して
一度も使われることのなかった車イスにシーちゃんの骨箱を固定し、リードをつけてリビングを引っ張ってみた
車イスはわたしがリードを引っ張った方にスイスイと歩みを進めた
ベアリングつきのホイールが備えられた犬用車イスは右に左に自由自在に動くことができた
骨壷と思いを載せてスイスイ進んでいく
しかしこの車イスを使う予定だったシーちゃんはすでにこの世にいない
せっかく用意した車イスにものらんと最後までデリカシーのない犬やったなぁ
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