【ぶんぶくちゃいな】ムーランvs花木蘭:矛盾だらけの夢物語
ディズニーの新作映画「ムーラン」があちこちで話題を呼んでいる。調べてみると、日本ではもともと今年のゴールデンウィークの目玉になるはずだったのが、新型コロナの影響で頓挫。9月4日にやっと、ディズニーのオンライン配信サイト「ディズニー+」で米国や中国市場と同時に配信され始めたようだ。
「ムーラン」、つまり中国語の「花木蘭」(ふぁー・むーらん)は中国人ならほとんどの人が知っている英雄伝中の人物で、調べてみるとその伝説のおおもととなった「木蘭辞」という抒情詩は教科書にも取り上げられているようだ。
中国の歴史は実在、伝説含めて英雄には事欠かないが、花木蘭が特に注目されるのは、女性の身でありながら男装をして、男たちだらけの軍隊で12年間も闘ったという点だろう。中国語では女傑という意味の「巾帼英雄」と形容される。
「木蘭辞」は中国の南北朝(420年〜)に書かれたとされ、木蘭は北魏(386年〜)時代の人だとされる。ただ、実在を示す証拠は残っておらず、伝説の人物とみなされている。「木蘭辞」によると、彼女は鮮卑族拓跋珪部落で育ったとされ、資料によると鮮卑族は遊牧の騎馬民族で「可汗」(ハーン)によって統治されていたとされる。遊牧民で騎馬民族、そして「ハーン」といえば…たぶん、今のモンゴル族に近い部族だったはずだ。
彼らには外部民族と戦うための「兵役」があり、家族から1人を兵士として差し出すように求められた時に、彼女は年老いた父とまだ幼い弟に代わって自分が徴兵に応じたとされる。実際には彼女の姓が「花」だったのかどうかは「木蘭辞」には書かれておらず、その後彼女の伝説が語られ、脚色されるうちにそう呼ばれるようになったようだ。さらにはその活躍ぶりに、唐代(618年〜)には将軍に封された(もちろん、実在していたとしても本人は亡くなっているが)とも伝えられている。
今からすれば、プライバシーなんてないだろう男だらけの軍隊で、12年間も女性の身であることを周囲に悟られず、戦いを生き抜いたというだけで驚くべき存在だったわけだ。そこに年老いた父と幼い弟の代わりに自ら兵士役を買って出た、というのだから、確かに想像力がかき立てられる。
そこから、古代から現代まで「花木蘭」はさまざまなジャンルでさまざまに肉付けされて出現し、今に至ってきた。それでも中国ならば、「one of them」でしかない「ムーラン」のはずだった。
その「ムーラン」を、なぜここでわたしが取り上げようと思ったかというと、9月11日に開かれた中国外交部の記者会見で、昨今話題の「戦狼」外交の象徴的な人物である趙立堅・報道官がこのディズニー映画について発言したからだ。彼はこの作品を巡って今起きているさまざまな騒ぎについて、「花木蘭は中国古代の女傑で…何度も映画化されては世界中の人たちに愛されている」と言い、ムーランを演じた女優、リウ・イーフェイさんを「わたしは彼女に『イイね!』する」「彼女は本当の中華の子女だ」と述べた。
ただ、最後の一言は中国外交部の記者会見の記録には残っていない。たぶん、中国で活躍しているが、アメリカ国籍を取得しているリウさんを「中華の子孫」と呼ぶのはマズいと後から判断されたのだろう。
つまり、映画「ムーラン」にはかの「戦狼」報道官ですらうっかりと踏んでしまうような、地雷がたくさん隠れているからだ。
●炎上した「現代ムーラン」
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