【ぶんぶくちゃいな】「圧力」が渦巻く香港、封じられた政治風刺漫画
いつの頃からだろう、中国で一旦公開された記事などがある日突然目の前から消え去った時、関係者が「以衆所知道的理由…」(周知の理由により…)とか「由于不能抗拒的情況…」(抗しがたい事情のため…)などという、隠微な言い訳を堂々と使うようになったのは。あるいはもっと口語的に「ニィドン的」(「ニィ」は「人」偏に「尓」、「ドン」はりっしん偏に「董」/「分かるよね」という意味)という言い方が一般的になったのは。
こういう言葉にぶつかった時、人々はすぐに「ああ、当局から指示があったのね」と気づく。当事者にとってその理由を公にするすらご法度なことが多く、またウソはつきたくないからそれを暗示する担当者の気持ちを組んで、人々は一旦訳知り顔でうなづくのだ。もちろん、特別な人間関係を手がかりにこっそりと個別に具体的に何があったのかを尋ねることはあっても、公の場で「周知の理由ってなに?」などと問い詰めるのは野暮だ。
こうした「分かる人には分かる」の存在は、外の人間からすると中国社会のわかりにくさの一つである。だが、そこには同時に当事者がこんな暗号のような言葉で政府に目をつけられたことを外部の人間に伝えることで、その情報を受け取った人たちにもまた注意をうながすという役割もある。堂々と理由を語らないことに腹を立てるより、周りへの微細な気遣いに気づく必要もある。
中国ではすっかりと情報が規制されることに「慣れて」おり、当局の力に一時の感情では太刀打ちできないこともみなが知っている。だから、最低限の注意をこうやってシグナルのように仲間内に知らせることで、「何が起きたのか」を伝えるという手段が庶民の間で浸透している。
だが、香港で暮らすにもそのスキルを学ばなければならない時代がこようとは。香港はまだそんな社会の到来に慣れていないため、そんな微細なやり取りもまだ確立しておらず、人々はただただ困惑し、その理由を探し求めるばかりだ。もちろん、それが「周知の理由」によるものであっても、公明正大にその理由を開示できないこと自体が社会にストレスを生み、社会全体の情緒が大揺れする。
今週発表された、政治風刺漫画家の尊子さんの作品連載打ち切りが今まさに、そんな大きな感情の渦を香港に巻き起こしている。
尊子さんは香港の主権返還が中英間で合意する直前から新聞に漫画を描き始め、トウ小平(「トウ」は「登」におおざと)、李鵬、江沢民など中国の政治トップ、香港の著名議員たちや返還後の香港政府関係者、さらに歴代イギリス人香港総督や英女王に至るまで多くの人たちをその風刺の俎上にあげてきた。天安門事件直後に中国に対してひたすら恐怖心しか抱いていなかった香港人に対して、ユーモラスなトウ小平やどこかネジが外れたような李鵬が登場する彼の漫画は、ある意味、逆にこれら政治指導者に親近感をもたらす大事な要素ともなった。この40年間、多くの人たちが彼の風刺漫画に慰められてきた。
●風刺漫画のデフォルメに激怒した政府
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