【ぶんぶくちゃいな】前代未聞! 香港スパイ事件

とうとう、香港でも中国国内並みにVPN(Virtual Private Network)を利用しなければ、「自由なインターネット」を楽しむことができなくなってきた。

週刊中国ニュースクリップ(2024/5/12-18)」でも取り上げたが、5月15日、YouTubeが2019年の反政府デモの「テーマソング」と呼ばれてきた「願栄光帰香港」(香港に栄光あれ)を使った動画32本への香港からのアクセスを遮断した。前の週に裁判所が香港政府律政司(法務省)による訴えを受け入れて臨時禁止令を交付したことに対し、YouTube側が対応した形である。ただし、遮断されたのは香港のIPアドレスからのアクセスのみで、これらの動画はその他地域からはこれまで通りアクセスし、鑑賞することはできる。

律政司が裁判所に禁止令を求めたのはある意味、「苦肉の策」だった。というのも、2022年11月に韓国で行われたラグビーの国際試合で、「願栄光帰香港」が「香港の国歌」として流れたからだ。香港の「国歌」は当然ながら、中国の国歌である「義勇軍進行曲」である。なのに、反政府デモのテーマソングが国際的な場で堂々と流されるとは面目丸つぶれだった。

慌てた政府は各種目のスポーツ協会とその管理トップに圧力をかけて、海外に遠征する香港チームに中国国家を入れたUSBメモリを携帯させ、主催者に説明した上でそれ手渡すよう義務付けた。しかし、現場ではインターネットで国歌を検索して流すという手順が慣例化しており、香港事情を知らない外国人たちの間ではそのメモリよりもネットから「香港の国歌」で検索した結果、トップに表示された「願栄光帰香港」が流れるという事態が何度か繰り返されたのである。

業を煮やした律政司はGoogleに掛け合い、「願栄光帰香港」に関する情報削除を依頼。だが、Googleは法的根拠に乏しいと拒絶。政府はネット削除を求めるため、裁判所に頒布禁止令の交付を請求したが、昨年7月に律政司の要求は適用範囲が広範すぎ、「萎縮効果」につながるとして、裁判所はこれを却下した。

しかし、律政司は今年に入って訴状の内容を練り直し、再度禁止令交付を請求。裁判所は5月8日、「法庭は香港行政長官が『香港香港国家安全維持法』に基づいて発行する『評価証明書』に従う義務がある」として、「『香港独立』などの扇動の意図をもつ楽曲配信」に対して頒布禁止令を交付した。その結果、律政司の訴状に書き込まれていた32本の動画へのアクセスが遮断されたわけである。

ただし、裁判所の判断理由から、この禁止令は「願栄光帰香港」自体を禁止したものではなく、その伝播や頒布が「扇動の意図」を持たない、ただの楽曲として取扱われるならば大丈夫だとも判断されている。このため、Spotifyなどの音楽プラットホームやカラオケプラットホーム、さらには律政司が指定した32本以外の「願栄光帰香港」楽曲を使った動画へのアクセスはいまだに可能だという。

律政司はYouTube以外のすべからくのプラットホームからの削除を求めてはいるものの、「抵抗勢力」はなかなかしぶといようだ。だいたい、海外でのアクセスは禁じられていないので、そのきっかけとなった「国歌取り違い」騒ぎが起こる可能性は消え去っていないのだが、いつの間にか香港政府は「香港内」での削除に躍起になっているというのも皮肉なことだ。

もちろん、この判例自体が「インターネットの自由」に挑戦するものとして香港にとっては大きな出来事ではあるものの、「香港国家安全維持法」(以下、国家安全法)下で暮らさざるを得ない香港市民たちは、すでにいちいち大きな声を上げなくなっている。上げてどうなることもなく、ことの次第を見守るしかないからだ。

だが、そんな国家安全法下の生活に馴染み始めた市民も、香港時間の5月13日夜半に流れたニュースに度肝を抜かれた。それは、香港経済貿易代表部ロンドン事務所の職員が「香港の諜報機関の諜報活動に従事した」としてイギリスの国家安全保障法違反で起訴されたというニュースだった。


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