【読んでみましたアジア本】新しいテーマを古くさい視点でまとめる「罪」/中澤穣『中国共産党 vs フェミニズム』

筆者は昨年、中国から日本に住処を移して、ちょうど10年となった。「彼岸」から彼の国を眺めていて感じるのは、ここ10年間の中国の変化はすさまじいということだ。

まず10年前は習近平時代が始まったばかりだった。すぐにその変化が伝わってきたのはメディア界隈からで、かつて北京市でメディア規制を担当していた人物が、国務院(内閣に相当)インターネット弁公室の責任者になったとジャーナリストたちが口々に論じていた。それは今振り返っても間違いなく、胡錦濤時代とは全く違う「習近平時代」の始まりの合図だった。

その結果、これまで10年あまりの間にメディアは激しく弾圧され、21世紀最初の10年間にメディア「開放」のムードさえあった業界で名を挙げたベテランジャーナリストたちのほとんどが、今やその職を去った。当然ながらメディアの役割も、またメディアに「できること」も大きく変わった。調査報道で全国的に人気を博し、全国の新聞スタンドで販売されるようになった地方新聞の経営責任者として党が指名した役人が送り込まれ、再び地方の一新聞に戻った。

ある意味、中国には人々が関心を持つ話題を、真剣に取り上げて広く専門的な視点で論じるマスメディアはほぼもうなくなってしまった。

同時にその間、人々の生活も大きく変化した。

まずなによりもきっかけとなったのは21世紀直前から年々大学進学機会が倍々ゲームのように拡大されたことで、今や大学教育を受けた世代が社会の主流を握るようになった。また、経済成長に後押しされ、消費意欲やその形態も以前とは大きく変化した。以前は(バブルを経た日本人からすれば)ほんのわずかな生活必需品だけで暮らしていた人たちが、大量の贅沢品や嗜好品など生活余剰品にお金をつぎ込むようになり、それは海外でも「爆買」と言われる現象に結びついた。

人々はお金を手にしたことで、「モノを手に入れる」楽しみを知った。好奇心や興味の赴くままに商品を手に入れ、自らの所有物にする。それは同時に権利の意識を醸造する過程にもなった。自分が自分の知識や時間、労働力を使って働いて得たお金を、自分が欲しいものに投じる。そして手に入れたそれは間違いなく自分の所有物となり、自分が権限を行使できるもの――消費とはつまり権利を手に入れる行為だ。次第に人々は所有を繰り返しながら、自然に自身が持つ、あるいは行使できる権利について意識するようになった。

中国ではフェミニズムは「女権主義」と呼ばれる。つまり、読んで文字のごとく「女性の権利」だ。

本書は著者の中澤穣氏(以下、「著者」)が東京新聞の記者として中国総局に赴任した2018年以降に目にした、中国でのフェミニズム活動を記録、その周辺を取材してまとめたものである。

日本の中国駐在記者が本帰国すると、共産党界隈の話を出版して「帰国記念」にする例はよくある。だが、ほとんどが「わたしが見聞きした共産党」のような話ばかりで、逆にこうした具体的な社会現象をまとめたものは珍しい。


ここから先は

3,406字

¥ 500

期間限定!Amazon Payで支払うと抽選で
Amazonギフトカード5,000円分が当たる

このアカウントは、完全フリーランスのライターが運営しています。もし記事が少しでも参考になった、あるいは気に入っていただけたら、下の「サポートをする」から少しだけでもサポートをいただけますと励みになります。サポートはできなくてもSNSでシェアしていただけると嬉しいです。