民営企業を国有企業と見間違える伝統的中国観は危険:Business Insider Japan《岡田充:アリババの香港上場と香港デモの関係。香港民意に立ちはだかる厚いカベ》
まぁ、こういう記事が出てくるのは想像できたし、不思議でもなんでもない。「アリババ=中国を代表する企業=中国政府の代弁者」とみなしている人たちが香港人を含めてたくさんいるのも事実だから。アリババの元会長、ジャック・マーが習近平の横に立って、海外でも客集めパンダよろしくにこにこしていたのを見るならば、単純にそう思い込むのも無理はない。
だが、逆に考えて見てほしい。中国で個人の経営者が成功して民間企業を大きくした際に、政府がほっておいてくれるかどうかを。小さい成功なら地方政府が、大きな成功になると中央政府がすり寄ってくる。それを蹴飛ばしたときに、企業が今の中国という国で生き残っていけるかを。
それを「国側」あるいは「政府の代理」とみなすのであれば、文字通り中国で生き残れる企業はどこも「中国政府の代理人」である。ただ、その単純模式は間違っていないかどうかの検証は必要である。
もう過去記事でこの点についてわたしは何度も書いてきたが、アリババもまたその過程でなんども政府及び政府系あるいは国有企業体からの嫌がらせに遭ってきている。たとえば、以前NewsPicksに書いたこの記事をご覧頂きたい。わたしがここで説明したいことは基本的にこの4年半前の記事にまとめてある。当時は日本のビジネス界のほとんどが、このビジネス・インサイダー(BIJ)の記事と同じく、「巨大企業アリババ=政府じゃないの?」という見方をしていた。
ここに書いていないが同様の例もたくさんあるので、ジャーナリスト諸氏は、特に中国に関わる人たちは、知らなければきちんと調べてから言ってほしい。ただ、日本語化されている中国原本のアリババ関係書はこの点において役に立たない。中国で出版される場合、「中国政府とのあつれき」は絶対書けない、書かれない話だからだ。日本語、あるいは英語が原著のものを参考にしてほしい。あるいはニュース記事だ。
●《この「親中派」の票数には、デモの最先端で過激化する「勇武派」(武闘派)の暴力を批判する民意も含まれる》の根拠はどこに?
さて、このBIJ記事だが、香港区議会選挙にまつわる民主派圧勝についての客観的数字には特に問題ない。だが、
この「親中派」の票数には、デモの最先端で過激化する「勇武派」(武闘派)の暴力を批判する民意も含まれる。
という点はいかがだろうか。わたしは「含まれていない」とは断言できないものの、「親中派」の票数だけに含まれていると特筆する根拠がわからない。筆者の思い込みである可能性が高い。
というのも、選挙戦は直前まで民主派関係者でも「どうなるだろう」という不安を抱えていた。「圧勝」を希望的に語る人はいても、政治ウォッチャーや世論統計関係者にも慎重論が多かった。「投票率が高くなれば民主派に勝ち目はあるが、」という予想論もあったように、「投票率が高くなるはずだ」という確信は誰もなかった。
また、選挙直前に発表された民間世論調査では、前月10月の世論調査で「警察ゼロ信頼」が50%を超え、また70%以上が「警察不信」を示したのに比べて、11月時点では「警察を信頼できる」とする層が多少増えていることも指摘されていた。それは文字通り、「暴力的な行為」に対する市民の反応といえるはずだ。つまり、世論は多少なりともこの1ヶ月で起きた路上封鎖や商店襲撃になんらかの意志表示を見せた。それがこの世論調査の微妙な変化となって表れている。この調査についてはツイートしたので参考にしてほしい。
だが、「暴力的行為に対する批判」が「親中派の票」に入っているとはっきり言い切る資料はない。実際には民主派圧勝に市民全体が驚いたように、「暴力的な行為が続く現在でもこれほどの支持者がいた」こと、つまり「サイレントマジョリティ」たちが物申したと判断されている。たとえ、昨今過激化しつつある暴力に対して心を痛めていて、それを理想的な状況ではないと思っていても、それでも政治的には民主派に与する、そういう市民の多さが現在の香港デモの実情であることを改めて示した結果という方が現実に近い。
なので、前述の記述は根拠を出せない限り、完全に日本に住む、日本慣れした、観察者の勝手な個人的判断によるものでしかない。
●選挙投票日とアリババ上場日の関係
区議会選直後の11月26日、中国IT大手のアリババ集団が、香港取引所に株式を上場した。このタイミングは決して偶然ではない。
この文言に至っては、やっぱりこの方はアリババの動きをきちんと理解して論じているわけではないんだな、としか言いようがない。
アリババの香港上場は今年はじめから決まっていた「事実」である。8月末を目標にしていたが、香港デモの拡大で一旦延期を発表している。つまり、わざと投票日にぶつけたわけではない、ということだ。
もちろん、延期を利用してぶつけた、といえないこともない。だが、アリババがなぜ香港上場に至ったかの理由をこの記事は説明しておらず、その点でもやはり勝手な思い込みによる理屈付けというしかない。
中国は昨年から、国内IT優良企業が米国で上場し、海外で資金を集めてプールしていることに警戒感を持っている。特に中米貿易戦争によって多くの規制を受けるようになった結果、外国に貯め込まれた資金で悠々自適な中国IT企業と、貿易戦争で苦しめられる国内産業及び経済のギャップにも頭を痛めており、こうしたIT企業に海外と同時に国内での上場を義務付け始めた。
そのへんのことはこちらの中国NewsClipで触れているのでご参照いただきたい(読まずに言うな、言うなら読めよ)。課金記事なので、課金がお嫌な方は、「中国CDR」などで検索して関連説明をきちんと読んで理解してほしい。
政府の求めるCDRに応じる場合、国内上場先には中国A株市場と香港H株市場の2つがある。だが、アリババは香港を選んだ。もともと、アリババは香港市場に上場済みの企業で、その後改めてグループ全体で上場する際も香港での上場を希望していた。しかし、その経営体制が香港市場が当時定めていた規約に合わず、なんども掛け合ったものの規約改正をがんとして行わなかった香港市場を見切って、米国で上場し、過去最大の資金調達を達成して世界中の注目を浴びた。その後、香港側は大きな魚を逃したことを悔やみ、規制を改め、中国のさまざまなIT企業の上場を受け入れている。そして、今回アリババは香港市場への回帰を果たしたわけである。
なぜ、アリババが中国国内A株ではなく、香港に固執し続けるか。それはきちんと歴史的資料と、アリババの戦略を読み解く必要があるが、ここでは触れない。だが、BIJ記事の筆者は確実にそこまで理解せずに勝手に「偶然ではない」と断言し、「アリババ上場の政治的意図」を読者に植え付けようとしていることは、警戒すべきである。
なお、
米中貿易戦争が激化し、アメリカで中国企業への締め付けが強まる中、資金調達先を分散する必要に加え、国際金融センターとしての香港を支えようという思惑が透ける。
という点は文字通りそのとおりであるので、否定はしない。だが、ここから飛躍してアリババを国有企業と同じようにみなすのは、前述した通りの背景から無理がある。だったら、もっと有力な中国国有企業を上場させればいいだけの話である。まさか、アリババの当初の香港上場からして中国政府の政治的意図であったというのであれば、漠然とした印象論ではなくその根拠をまず示してほしい。なお、アリババのライバル「騰訊 Tencent」(以下、テンセント)も香港上場企業である。
●アリババ上場が「香港無用論」を払拭
中国にも抗議活動を放置できない理由がある。/第1は、香港の混乱が現在は安定している大陸社会に波及する懸念。第2に国際金融センターとしての香港の地位が損なわれかねないこと。そして第3は、アメリカ議会が可決した「香港人権・民主主義法案」に代表される欧米の介入だ。
(注:noteの仕様で行をまたぐと引用符がつけられないので、「/」で原文の改行を示した。)
「中国が抗議活動が放置できない理由」としては、このとおりである。だが、これをアリババ上場陰謀論とくっつけて論じるのは、これまで書いたとおり色眼鏡以上の何者でもない。
実のところ、この時期にアリババの香港上場が一度は延期されたものの選挙前にスムーズに進んだのは、これまであちこちで無責任に言われていた「天安門事件の再来」だとか、中国による「香港無用論」だとか「香港を潰す気である」の反証だといえる。
前傾のNewsPicksでの記事で触れたとおり、アリババは今や「政府も頼る巨大企業」になっている。大事な海外へのカードでもある。そのアリババが上場したのに、自らの手で香港市場を潰してしまえば、あるいは「無用」のレッテルを貼ってしまえば、中国政府は自分で自分のツラをひっぱたくに等しい。
米国との関係が微妙な時期に入っているときに、そんな無駄な力を払う余裕は中国にはない。総合的に考えて、中国国内でつぶやかれる「香港無用論」はアリババ上場で払拭されたということになる。
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