【読んでみましたアジア本】 日本にもいる、歴史と政治に翻弄される人たち/陳天璽『無国籍と複数国籍 あなたは「ナニジン」ですか?』(光文社新書)
香港からの人材の流出が止まらない。そしてその動きは、香港のさまざまな面に影響を与えている。
最近もっとも注目されているのが「教師不足」だ。今年は7月に入っても新聞の求人欄に「教師募集」の広告が出ているとメディアが報じた。これはそれだけ読むと何を意味するかわからないだろうが、9月から始まる新学期を前に7月に入ってもまだ教師陣を固められない学校が、それも校名を見るとかなりの著名校が複数ある、ということを意味する。
香港でも少子化は始まっている。通常にみても今後、香港の学校はどこもこれまで通り学生を集められないだろうと言われている。だが、そのスピードを上回る形で、教師が足りなくなっているのが現状だ。香港教育局の統計によると、今年5月の時点で2021/22年度の離職人数は4000人あまり。この数には定年退職などの正規の離職も含まれているものの、離職者全体が前年度2300人余りに比べて7割(!)も増えていることを教育局も認めている。
実は香港から海外への移民における高学歴者の率が高いことが指摘されている。移民受け入れ諸国の条件が高学歴者に有利なこと、そして高学歴者こそ移民先での「第二の人生設計」をしやすいこと、あるいは世界的に認められやすいキャリアや資格を有していること――などが理由だ。また、現在の移民目的のトップが「我が子の教育問題」であることから、教師が一家揃って香港を離れるスピードも当然加速する。
そうやって、高学歴者や高スキル保持者が集中的に香港を離れたあと、香港社会や経済にどんな影響を与えるか――は想像に難くない。7月末に人気ボーイズグループ「MIRROR」のコンサートで、ステージ上から吊るされたスクリーンのワイヤーが切れて落下、下敷きになったダンサーが大ケガをした事件でも、「経験豊かな現場従事者が移民した」という分析も流れた。80年代からずっとステージ上空のスクリーンは「お約束」で、そのワイヤが切れるなんて事故はこれまで一度も起こったことがなかった。「経験豊かな作業者が香港を離れた結果、不慣れな、あるいは未熟な事業者が舞台製作を担当した」という説は多くの人たちに真実味をもたらした(但し、これを書いている時点では事故の直接責任がどこにあるのかはまだ明らかにされていない)。それくらい、人々は日常において「見慣れた香港の光景が崩壊しつつある」と感じているのである。
もちろん、受入国が提示する条件にしたがって移民手続きを取るのは、今回取り上げた書籍のテーマ「無国籍」とはまったく別の話である。だが、わたしたち日本人が「国籍」、それも流動するものとしてのそれについて考えるとき、「移民」という概念についても今より深く理解する必要性が求められるように感じる。
●ロヒンギャ、ベトナム難民…そして日本にもいる「無国籍」
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