【ぶんぶくちゃいな】蘇州殺傷事件が中国社会に巻き起こした感情の渦

6月24日、中国の江蘇省蘇州市で日本人学校のバス待ちをしていた30代の母親とその子供がナイフで切りつけられてケガをし、犯人を後ろから羽交い締めにして止めようとしたバスの女性搭乗職員が逆に刺されてその後亡くなった。

Twitter(現「X」)でもつぶやいたが、この事件を朝のNHKラジオ放送で聞いたとき、その報道の仕方にとても違和感を抱いた。「日本人の母子が切りつけられてケガをした」「命に別状はない」という部分にほとんどを割き、最後に付け加えるように「中国人職員が止めようとして刺され、重体(態?)となっている」と一言だけ伝えられたからだ。

あとでネットで文字ニュースを確認すると、日本メディアの報道はどこもほぼそれと同じで、タイトルに「日本人の母子が切りつけられる」と大きく書かれていても、やはり中国人職員のことは中身で1文触れられているだけだった。その時点で、わたしが確認した限りでは中国メディアにはまだ報道は流れていなかった。

「日本人が切りつけられた」ことが大事件なのは分かる。だが、明らかに中国人職員のほうがケガの状況が深刻なのに、「軽く」扱われているのはなぜなのか? 日本の報道にとって伝えるべきことが「事件で深刻なケガをした人が出た」ではなく、「日本人が、が、がーー」だったということか。

ただ、その時点でのメディアのソースはたぶん、関係者からの第一報を受けた在中国の日本大使館あるいは日本領事館、あるいは外務省だった可能性が高い。というのも、どこのメディアの報道も内容がほぼ同じだったこと、そして同じ時間帯に外務省が同じような発表をしているのを目にしたからだ。

そうであれば、ある意味納得はいく。外務省及び大使館、領事館は在住邦人を管轄する部署としての役割を負っており、間違いなく「日本人関連事務」が彼らの役割だからである。

だが、報道の多くには「外務省によると」のようなただし書きはついていなかった。そのことにもやもや感が消えなかった。外務省、つまり政府機関とメディアの役割は違う。もちろん、読者のほとんどが日本人だが、だからといって報道の重点がお役所と同じでいいはずがない。もしそのことすらわからないならば、中国の政府系メディアがやっている差別的官製報道を笑えない。

その後、日経新聞が運営する中国語ニュースアカウントでも流れたが、それは完全に日経の日本での報道を中国語訳にしたもので、タイトルのそのまま「蘇州で日本人親子が襲われてケガ」を中国語化したのみだった。それを見て、日本人に伝えるニュースならまだ理解もできるが、中国人向けニュースですらも中国人職員のケガは二の次なのか、とニュース媒体のセンスのみならずその志を疑った。

だが、中国人職員の胡友平さんが救命のかいなく亡くなったことが伝えられると、日本メディアでも胡さんを大きく取り上げ始めた。それと引き換えのように今度はケガをした親子と日本人学校のことはもう完全に伝えられなくなった。


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