古着屋のフォローをやめる話

インスタグラムなるものは、友達が多くて、オシャレなカフェめぐりが好きで、「#素敵な仲間」とか「#この出会いに感謝」なんて恥ずかし気もなく書ける、世に顔を晒せる人がやるものだと思っていた。だから一切手を出さなかった。

だが、古着屋をフォローしたくて、インスタを始めてみた。

誰かにファッションセンスを褒められたわけでもないし、ブランドの知識があるわけでもない。でも、古着屋は見てて心躍るものだし、かわいいけれども毒のある服の写真を目にしたとき、普段弱い自分でも、この服を着ることで強気になれるんじゃないか、って思ってわくわくする。気づけばよく行く古着屋から、行ったことのない場所の古着屋まで、幅広くフォローしていた。

毎日流れてくる入荷情報。普通のデパートでは売っていないような、どこの国のなのかも分からない服、一見地味だけれども素材にめちゃめちゃこだわっている服。そして、誰が見ても強そうで、話しかけにくい雰囲気を出している服。どの服も素敵だし、見ているだけでも十分。十分だと思っていても、欲しくなるときがある。

びびび、っときてしまった。なんだこれ、かわいい。いや、個性強すぎでしょ。でも可愛い。強い。強くなりたい、欲しい。

花と草の背景に、猫の顔。猫の顔は正面と背面、どちらにもいる。しかもそれらの柄はプリントではなくて、ゴブラン織になっている。上質な猫ちゃんだ!

場所は高円寺。ここから遠いし、用事なんて無いけれど、この服を見るために、行こう。

よく利用するピンク色を基調とした車両から、今度はシルバーに黄色のラインが入っている車両に乗り換える。いつも利用しない電車だから緊張していた。そして、閉店1時間前であったが、なんとかたどり着くことができた。

まだ、あの猫ちゃん残ってるかな…

どきどきするような、わくわくするような。たかが一着の服だけれど、私が強気になれる数少ない服の一つに加えたい。誰にも取られていないといいな。

心臓が高ぶっている顔をマスクで隠して、店内をじっくり見まわす。一着一着、やさしく手に取って、これもいいな、素敵な柄だな、と思いながらも、お目当ての猫ちゃんを探す。猫ちゃん、猫ちゃん、猫ちゃん…

じっくり一周した。見逃しているのかもしれないと思って、もう一周した。



ない。どこにも無かった。

もう、売れちゃったのかな。可愛かったもんなあ、猫ちゃん…私ではなかったけれども、誰かが強気で生きるために、わくわくして買っていったんだろうなあ…私も、欲しかった…

もう出ようかな、そう思ったとき、「お~元気してた?」ちょっとこわい顔をした店員さんが、声を上げた。

えっ、と思ったら、お店に入ってきた20代前半ぐらいの男女二人に対して店員さんが笑顔を向けていた。二人ともだぼっとした服を着ていて、私よりもよっぽど服が好きそう。常連さんが来たのかな。そして、帰ろうとした私の足が止まった。



猫ちゃん、いた。

私が欲しかった猫ちゃんは、店員さんによってお店の奥から出てきた。

「これ昨日インスタ上げてたんだけどさ~言われるまで気づかなかったよ~」「やっぱいいな~取って置いてもらってよかった」猫ちゃん、そこにいたの? 私が見つけられなかったんじゃなくて、見つけることができない場所にいたの?

さっきまで寡黙でお客さんに話しかけるなんてしなかった店員さんが、二人とともに、店内に響き渡る声で談笑している。猫ちゃんは、その中心にいた。

そっか、そうなんだ…そもそも私が猫ちゃんを手に入れる可能性なんて、はなから無かったのか。

悲しいな…この服を手に入れることができたら、ちょっとだけ勇気がもらえて、生きるのがちょっとだけ楽しくなるかな、って思っていたのに。思って、いたんだけどなあ…

帰ろうとしていたのに、足が動かない。



あんなにきらきらした人に、猫ちゃん、必要? もうすでに自信に満ち溢れているような人に、猫ちゃんは、もう要らないんじゃないかな…わたしが、わたしが、欲しかったのに。

常連さん大事だもんね、きっとこの古着屋で何着も、何十着も買ってきたんだろうな。だって取り置きするほどの対応だもんね。まだ初めて訪れたような私とは扱いが違うのは当然だよね…




高円寺の商店街を、泣きながら歩いていた。12月中旬の空気は冷たいのに、涙が、あつい。ぼろ、ぼろ、あつい涙がこぼれておちる。マスクをしているから、すれ違う人は私が泣いていることに気づいていないかもしれない。でも、別に気づかれてもいい。もう一生会うことなんて無いし、もうこんな場所、来ない。遠いし、猫ちゃんは、もう他の人のものになっていたし……




頼めば取り置きしてくれる古着屋なんていくつもある。だから、あの古着屋が悪いわけではない。ただ、タイミングが悪かった。私が入店する時刻が、あの二人が入店する時刻が、店員さんが猫ちゃんをお披露目する時刻が。

猫ちゃんを欲しかった人、ほかにもいるんじゃないかな。

そもそもインスタグラムなんか始めたのが悪かったんだ、猫ちゃんに出会わなければこんな喪失感を味わうことは無かった。

インスタグラムに流れてくる古着屋の情報が、とたんに色あせて見えた。一瞬なんだ、わくわくが絶望に代わる瞬間なんて。


全ての古着屋のフォローを外した。




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伊達正夢
家賃を払うために地道にためています。