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誰かの願いが届くとき 26 仕方ない結婚

 沙織が出てくるのを病院のエントランス近くで待っていた松田は、自分に気が付かずに通り過ぎていく沙織を追いかけた。

「沙織ちゃん!どしたん?」

 松田が声をかけると、珍しく沙織は不安そうな顔を向けて言った。

「冬がおかしかったのよ。

 精神的に何か抱えているんじゃないかしら?
 カウンセリングさせた方がいいかしら?
どうしましょう?」

 いつも冷静な沙織が動揺しているのを落ち着かせるのに、松田は沙織の肩を寄せた。

「大丈夫!

 冬には皆んな付いとるじゃろ。

 今更何でそがにに心配するんかの?」


「だって、あの子、駿が、あなたが羨ましいって涙流して言うのよ!

 絶対おかしいじゃないの!!」

 目を見開いて訴える沙織を見据えて松田は、


冬のヤツ、一体どがな技を繰り出したんじゃ、、

相変わらず恐ろしいヤツよの、、

 まっ、ええわ!


 このチャンスを絶対モノにすると決めた松田は、優しく沙織に言い聞かせる。

「冬は今、色んなこと考えとる最中じゃから、多少メンタルきとるかもしらんが、そげに弱い男じゃないんよ。

 沙織ちゃんが今出来ることは、冬は絶対強くなって戻ってくると信じることじゃないんかの?」

 沙織は不安で潤んだ目を松田に向けていたが、いつの間にか直ぐ側にくっ付いている従兄に気がついて飛び退いた。


「取り乱してごめんなさい。

 そうよね、冬は大丈夫。

信じるわ」

 そう言って赤くなった顔を背けた。


「沙織ちゃん、ワシと結婚しようや」

 病院のエントランスという全くロマンティックとは無縁の場所で松田は真剣に告白した。

「ワシは何でも沙織ちゃんの言うこと聞くぞ。

 嫌がることも絶対にせん。

 沙織ちゃんが首を縦に一回振るだけで、親もワシも皆んな大喜びするけの」


冗談で茶化さない松田の言葉に、沙織は固まった。

 沙織は物心つかない頃から松田の事を良く知っていた。

 ふざけているように見えるが、意外に優しくて頼りになることを。

 子供好きで、腹違いの弟も可愛がっていたし、誰とでもすぐに打ち解けられるオープンな性格、冗談が好き過ぎて自惚れるのは難点だが決して悪意や嫌味には思われない。

 それに沙織は甘え下手で生真面目な性格が邪魔をして、簡単に誰にでも心を開けないでいる事も、わかっているのだろう。

 決して無理強いせずに、付かず離れずで見守ってくれていた。

 それでも踏み出せない沙織は言った。


「私はお酒とタバコは嫌いです。

 駿は辞められるの?」


「もちろん、今からスッパリ辞めます!」


 あまりにも綺麗に間髪入れずに答えた松田に、沙織は驚いた。

「本当に?辞められるの?」


「沙織ちゃんの為なら当たり前じゃろ!」

 自信たっぷりに答えた松田だったが、これは冬に聞かれてなければ迷いなく言えなかっただろうと、内心ヒヤリとした。

 が、何とか乗り越えた。

 まだ難関が残っているのかと待ち構える松田に、沙織は正直に言う。


「私、駿と結婚したいのかどうかよくわからないの、、」


 ヨシ!ここまで来れば行けると思った松田は畳み込んだ。


「そんなんわからんでええ。

 考えても分からんことは放っときゃええ。

空でも見上げときゃええ。

 大事なんは、沙織ちゃんがどうして欲しいか、ワシがその都度聞けばええだけじゃ。

 それでもワシが嫌いになったら、ワシを何処ぞに放り捨ててくれてええから。

 一回、結婚してみようや!なあ!

 どうせ冬が復活するまで、1年はかかるじゃろ、丁度いい運命のタイミングなんじゃって!」

 自信たっぷりに言われると、どうしていいのか分からない沙織は、こう答えるしか無かった。


「、、、仕方ないですね」


「マジか!?

 ありがとう!沙織ちゃん!!

 ずっと愛しとるからの!」


 喜びの松田は沙織をギュッと抱きしめ、嬉しさを隠せなかった。

 こんな所で何をするんですか!と本気で怒る沙織に


「おお、ごめんごめん!

 つい、嬉しゅうて!

 今後は気ぃつけるけの!」


 それから速攻で自分の義母に電話をかけ、結婚式までの全ての手配を任せた。

 義母は姉に、つまり沙織の母にすぐさま電話をかけ、両家は沙織の気が変わらないうちに外堀をどんどん埋めていく。

 あれよあれよと言う間に、1週間後には結納が交わされ、1ヶ月後には地元で盛大な結婚式を挙げ、1年後には双子の男の子と女の子を授かるという大偉業をやってのけた自分を、松田は自分の功績として周りに高笑いを響かし、大いに讃えたのだった。

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